第30話 キャリス達の実力
食事を兼ねた休憩を終えたヒトヤ達六人は、端末に従いエル=アーサスの群れの巣を目指していた。
「どうした? ヒトヤ」
「……ロイドバーミンだ。足音の感じ多分二足歩行。人間型かな。数は……三体? ……だと思う」
「またか。まあ対処可能な数だな」
既に森林地帯に入ってヒトヤの警告は四度目。初めはキャリス達が疑い半分だったが、実際その後にロイドバーミンが現れた事で、もうここにヒトヤの索敵情報を疑う者はいない。
樹木が視界を遮る森林地帯では視覚による索敵は必ずしも有効ではない。
しかしながら周囲の情報を特に視覚によって取得する人間たる人形狩り達は、それ故に周囲への警戒を万全なものへと近づける為にチームを組む。
「そうか。じゃあ今回も俺達が突っ込んで先手必勝、片付けるとするか……いや、ボウズがいると助かるわ」
「いいえ。ここは私たちがやらせて貰いましょう」
「? キャリス?」
「自分よりランクの低い人形狩りに頼りきりで依頼を終えた、などと噂がたつのも迷惑というもの……なに?」
「ん? いや、言ったろ? 面白い奴だって」
「……ふん」
キャリス達もそれは変わらない。
だがここにいる誰よりも敵を早く見つけて見せるのは、一人で活動する人形狩り、ヒトヤだった。
森林地帯の真の危険性は敵による不意の襲撃にある。それをキャリス達も体感しているが故に、ヒトヤは気付かなかったがキャリス達のヒトヤを見る目は森林地帯を進む度に変わっていった。
森林地帯において優秀な索敵能力は戦闘能力より時に貴重だ。
ランクが下の者が自分達の持ち得ぬ能力を持っているとなれば、プライドの高い人形狩りであれば穏やかではいられなかった。
そのキャリスの感情に気が付いたフーシェがからかうように浮かべた笑みに、キャリスは若干眉根に皺を寄せた。
「膨れんなよ。じゃあ、頼んだ」
「誰も膨れてなど……ふん。それでは。アンドリュー、ラーナ」
「はっ」
キャリス達は嫉妬を理由に当たるような下品さは持ち合わせていない。能力を見せつけられたなら、自分たちも見せつけ返す。そういう主義だ。
これまでもヒトヤが警告する度、フーシェとシャオンが軽々と迎撃していた人間型のロイドバーミン。次もフーシェ達に任せておけば良いところではあるが、キャリスはヒトヤへの対抗心から次は自分達がと申し出た。
アンドリューとラーナはキャリスに従うのみと言わんばかりにキャリスの声に丁寧に頭を下げ、特に感情を見せることもなく武器を抜く。
一泊遅れてキャリスも自身の獲物を抜いた。
キャリスの武器は装飾も鮮やかな剣。
ブロードソードと呼ばれる武器に近い形状の剣は片手で扱える長さだ。
アンドリューが抜いた武器は短剣。キャリスと違い装飾は質素だ。
両手に諸刃の短剣を逆手に持ち、半身になってヒトヤの指す方向へと構える。
ラーナはやはり質素な長い鞭をメイド服のスカートの中から素早く取り出した。
「ガギッ……ギッ!」
茂みの奥からロイドバーミン特有の機械的な呻き声が聞こえた。
ヒトヤとフーシェ、シャオンはその声から少し間合いを取るように後ろに下がった。
こういう場合、当然援護した方が戦力的にはよいだろう。実際ヒトヤも先の警告時はフーシェ達を援護しようとしたが、人形狩りが自分達でやると宣言し、それに同意した時は手を出さないのが礼儀だと教えられた。
(よく解らない礼儀だよな)
ヒトヤの中では礼儀より命の優先順位が遙かに高い。
だからフーシェの言うことにはまだ納得できたわけではなかったのだが、ランクが上の者達には従うのも人形狩りのルールであり、そもそも危険に身を投じているのは自分ではない。
実際危なげなくフーシェ達はロイドバーミンを倒して見せたし、自信がないなら宣言などしないだろう。わざわざ危険に身をさらしたいなら勝手にやればいい。そんな思いで従った。
呻き声が聞こえた僅かに後、ザッザッザと何者かが茂みを駆ける音が聞こえる。
既にその音はヒトヤだけでなく他のメンバーにも聞こえる程に大きい。
そしてその音の主、樹木の影から姿を現したロイドバーミンは他のロイドバーミンと違わずヒトヤ達に向かって狂ったように駆け寄ってきた。
「シッ!」
アンドリューが投げた高速の短剣がロイドバーミンの顔面を捉え、深々と突き刺さる。一体が前につんのめるように倒れたことに構わず、残りの二体がキャリスとラーナに飛び掛かった。
ラーナは鞭を振るい迎撃する。鞭がまだ空中にいるロイドバーミンを捉え、そのまま顔面を破壊した。
そしてキャリスに飛び掛かったロイドバーミンはすれ違い様にキャリスに首を切断された。
華麗とも形容できる僅かな時間の戦闘。
ロイドバーミンは人間同様頭部で思考する。頭を胴体から切り離し、或いは頭を破壊すればその動きを止める。
一手でロイドバーミンの急所を破壊する、最もスマートな戦い方ではあったが、並みの腕ではこうはできない。
少なくともヒトヤは今の戦いが自分にできるとは思えなかった。
(……すげ)
特にヒトヤはキャリスの動きに目を奪われた。刀を使うヒトヤにとって自分と最も比べやすい相手だったからだ。
キャリスの攻撃は特段早いというわけではなかった。
ただ敵の攻撃を最小限に躱し、体の回転を使ってコンパクトに剣を振り切った効率的な動きに、ヒトヤは自分にはない技術を感じた。
(イクサに剣筋が大雑把って良く言われるけど、こういうことか……)
普段ヒトヤはこれ以上の技術を見てはいる。だがその技術を見せている訓練相手のイクサは力が強く、動きも速い。だからヒトヤはそれ故にイクサの振りがコンパクトでも十分な威力を出せるのだと思っていたし、その為にヒトヤはイクサに対抗しようと、訓練時の剣筋が余計に大振りになりがちだったのだが、それをよくイクサに咎められていた。
イクサの身体能力が高いが故に、説得力に欠けていた教えを、ヒトヤは今キャリスの動きから実感した。ヒトヤの感情に応じるようにヒトヤの胸がズクンと音をたてた。
「どう?」
「大したもんだ。なあ、ヒトヤ」
「ん? ああ」
そんなヒトヤの表情に何を感じたのか、若干余裕の笑みを見せるキャリス。
「では、行きましょうか」
多少なりとも自尊心を満たしたのだろうその様子に、僅かに苦笑を浮かべつつもフーシェはキャリスに同意し、エル=アーサスの巣への進行を皆に指示した。
日が傾き始めた頃、辿り着いた目的地。
ヒトヤの聴覚と嗅覚はエル=アーサスの存在を感知していた。
先日たった一頭のエル=アーサスに襲われ、危うく死にかけ、高い防具を壊された事は記憶に新しい。
更なる強さを求めて覚悟を決めたヒトヤであったが、やはり現地が近づけばあの時の恐怖が顔を覗かせる。
「ヒトヤ?」
少し顔色が悪くなっていたヒトヤに気が付いたシャオンが、フーシェを叱る以外では珍しくも声を発する。
「?」
「大丈夫かい? 少し調子が悪そうにみえるけど」
「……問題ない」
「そう。ならいいけど……もうエル=アーサスの巣の近くに来ている筈なんだが、ヒトヤには解るかい?」
「ああ。かなりの数がいる。多分十頭以上」
エル=アーサスの鳴き声。足音。
それらの情報からヒトヤはそう判断していた。
「マジかよ」
ヒトヤの発言にロイドバーミンとの戦いでは表情を変えることもなかったフーシェも顔をしかめた。
「あら、ウェイブランともあろう方が怖じ気づいたの?」
「そこまでじゃないが、面倒な数だとは思うってところだな」
挑発するようなキャリスの物言いに、強がることもせずフーシェはそう答えた。
言い換えれば勝てない数ではない。フーシェのその言葉にキャリスは笑みを浮かべる。キャリスも若干の不安を感じる数だったのかもしれない。
しかしフーシェがそう答えたことで、危惧が消えた。
フーシェにはエル=アーサスとの交戦経験があった。一方キャリス達にはなかった。だからキャリスは挑発しながらフーシェの反応を見たのだ。
フーシェの反応に強がりはなかった。ならば問題ないだろうと。
ただキャリスのその笑みは続くフーシェの言葉で僅かに歪むのだが。
「ただし、変異体を考えなければだけどな」
群れをなす獣にはボスがいる。
そして大きな群れをなすボスは変異体である可能性が高い。
十頭以上のエル=アーサスの群れは大きな群れといって間違いない。
間違っても油断の出来る相手ではない。
フーシェの表情はそう語っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます