第29話 討伐パーティー

 野獣、エル=アーサスの討伐。

 その依頼を受け、待ち合わせの場所である都市の入り口に集まった人形狩りは六名。


「よお、ボウズじゃないか」


 その内の一人が気安くヒトヤに近寄ってくる。

 ヒトヤも気安くとは言うほどでなくとも、その顔見知りに警戒する様子は見せなかった。顔見知りだったからだ。

 少し前、地下遺跡で共に戦った人形狩り姉弟。


「ああ、久しぶりだな。フーシェ。それとシャオンも」 

「おう」

 

 ヒトヤが挨拶を返すと、フーシェはニカッと笑顔を浮かべ、シャオンは軽く手を上げた。


「それで残りの三人が……」

「初めてお目にかかるわ。キャリスよ」

「キャリスお嬢様の執事のアンドリューと申します」

「同じくメイドのラーナでございます」

「……ああ。ヒトヤだ」


 キャリスと名乗った少女は初めてと言ったが、ヒトヤはその三人に見覚えがあった。エル=アーサスに襲われる前、初めて森林地帯に入ろうとした時に出会った三人だ。

 ドレスに身を纏った少女とその両脇を固める執事とメイド。


(人形狩りだったのかよ……こいつら)


 戦闘機能から最も遠い服装のキャリスという存在にヒトヤは頭の中が混乱しそうになったが、他人の装備に口を出す義理もないとヒトヤは割り切ることにした。


 ヒトヤと違い、フーシェとシャオンは彼等と顔見知りであるらしい。


「ところで、フーシェさんはまたウチのラーナを口説こうとするのかしら?」

「あれだけ無視無言を貫かれたら流石に心折れるさ。お嬢ちゃんは……流石にまだ年齢的にあれだしなぁ……」

「あら、むしろ喜ばしいことね」

「相変わらず手厳しいね。しかし貴族街の生意気なお嬢ちゃんがどうなることかと思ったが、この依頼を受けたってことはランク10になったって事だよな……大したもんだな。メイソンプライド」

「ええ。おかげさまで今のランクは16。なかなかランクを上げられる機会に恵まれないけど、その内あなた達ウェイブランにも追いつくわ」

「相変わらず自信が凄いな」

「客観的な自己評価よ」

「さいで」


 大袈裟に肩を竦めながらも苦笑を浮かべるフーシェを見て、ヒトヤはなんとなくキャリスの実力はフーシェも認めているのだろうと察した。


「ついでだから、互いの実力は簡単に知っておきたいところね。そちらの子は?」


 キャリスがヒトヤを示しながらフーシェに訊ねる。

 先ほどのやりとりで知り合い同士だと察したキャリスは、フーシェからヒトヤの力を第三者の言葉で聞きたいと要望した。

 防護服や防護ベストを着込んだヒトヤは、見た目の上でみすぼらしさこそなくなってはいるものの、まだ子供。人形狩りとして少なくとも外観上は頼れるものは感じられない。


 言葉の裏に足手まといになるのでは? という意図を滲ませたキャリスの言葉に、フーシェは笑いながら応えた。


「おもしれえ奴だよ。まだ経験も実戦も足りない荒削りだが、ポテンシャルは目を見張るもんがある」

「……そう」


 フーシェが認める意思を示したことで、キャリスのヒトヤを見る目が少し変わる。


「……まあ、足手まといにならないのなら結構ね」


 戦場へと向かう者に身内でもない他者を贔屓にする者は少ない。足手まといを連れて行き、その割を食うのは自分なのだ。

 自身が実力を認めるものが、同行することを拒まず、積極的な態度を示している。

 それはキャリスにとって十分なヒトヤの力への保証であった。


 その後もフーシェとキャリスが雑談を交えていると、もう一人の人物が六人の元にやってきた。

 エル=アーサス討伐の依頼者だ。


「ふん、お前らが依頼を受けた人形狩りか…………まあいい。儂はワラタダ。この依頼を発注した者だ」


 ふとヒトヤは空気が少し冷たくなったような気がした。

 冷気が吹くその出本を探ろうと視線を動かすと、そこにはキャリスがいた。


(なんだ?)


 冷たい風がなぜ吹いたのか。その意味を考える間もなく、ワラタダは依頼の説明を続ける。


「報酬については依頼書にあった通りだ。説明する必要はないだろう。一応センターの決まりだから来たが、特に話すこともないし、儂は忙しい。解ったらさっさと行け」

「解った」


 追いやるかのような仕草でヒトヤ達に手を振るワラタダに、フーシェは苦笑を浮かべつつ声を出して従う意思を示した。

 このパーティーで人形狩りのランクが最も高いのはフーシェ達だ。

 そのことは依頼への参加者皆が知っている。

 

 そして例外はあれど基本的に人形狩りが一時的にチームを組む場合、最もランクの高い者がリーダーになる。

 だからフーシェはリーダーとして敢えて皆に大袈裟に依頼者の言葉に従う動作を示した。


 依頼を熟せば報酬は入る。そして報酬さえ支払われるのならば文句はない。

 依頼者の態度が如何に無礼であったとして、ここで揉めて得はない。

 その意図をフーシェは伝え、また参加者は皆それを受け止めた。




 森林地帯に向かう道中。ヒトヤは気になったことを呟いた。


「そんなに会うのが嫌ならわざわざ別に来なくても良くないか? あ、でもセンターの決まりっていってたか」


 別にヒトヤはワラタダの態度をそこまで気にしたわけではない。

 所詮依頼者と人形狩りは金を払う者と受け取る者という関係でしかない。

 良好な関係を築く必要などないと思いつつも、いちいち嫌われるような態度を獲る必要もまたないだろう。


 故によっぽどワラタダは人形狩り、或いは自分が金を払わなきゃいけない相手と会うのが嫌だったのだろうとヒトヤは考えた。

 だったらわざわざ来なければいいのでは? と思ったのだが、センターとの決まりで来たと言っていたことを思い出した。


「ああ。依頼を発注したものは、必ず依頼実行前に受注者と顔合わせする事がセンターの決まりだからな。まあ、市長とかのお偉いさんは代行でも構わないって事になっているけどな」


 ヒトヤの呟きを聞き取ったフーシェは道中の暇潰しがてら答えることにした。


 四大企業と呼ばれるセンターは都市内でも絶大な権力を有する。

 とはいえ、その権力に従わない者というのはいるものである。

 例えば依頼を出した後、報酬を払い渋る者などだ。


 センターの利益の一部は依頼報酬の中抜きで成立している。

 つまり報酬を払わぬ者がいれば、センターも収益を取り損ねる。


 だから報酬を支払わぬ依頼者に対してセンターは容赦をしない。

 あらゆる手段を使って支払わせるし、どのような手段を使うことも出来る力がセンターにはある。


 だから最終的にセンターが収益を取り逃すことはないのだが、一方報酬が遅れることで失うものがないわけではない。

 人形狩り達の信頼だ。


 依頼者が金を支払わねば、人形狩り達に支払う報酬の元手がなくなる。

 依頼者の支払い遅れは、センターの人形狩りに対する支払い遅れに繋がる。

 そして入ってくる筈の金がいつまでも入らないとなれば人形狩り達のセンターに対する不満は高まっていく。


 センターにとって人形狩りが何名か牙を剥いたところで大した脅威ではないのだが、だからといって横暴を重ねればいずれ大規模な人形狩りの反発に遭うかも知れない。


 そこで、センターは依頼を発注する者に対し、依頼前に受注者と顔合わせをすることを決まりとした。


 そうしておけば、依頼者が金を払い渋り、人形狩りへの支払いが遅れた場合、人形狩りが不満の目を向けるのは依頼者になるからだ。

 自分達は仲介役で悪いのは依頼者である。その立場を明確にするため、センターは依頼者に顔合わせをさせている。


「……いろいろ考えているんだな」

「あらゆる損害を避ける為の工夫を怠らない。それが企業ってやつさ」


 フーシェの説明を聞き、ヒトヤは望みを叶える為に危険を許容する自分のやり方とは正反対だと思った。


「人形狩りにとって知識も大事な要素って言うのは常識なのだけど、大丈夫なの?」


 フーシェの説明が終わるとキャリスがからかうように声をかける。

 話しながら歩いたおかげでヒトヤは短く感じたが、既にヒトヤ達は森林地帯の前に辿り着いていた。


「まあ、その辺はまだ大目に見てやってくれ。さて、で肝心のエル=アーサスの巣ってやつだが……」


 フーシェが視線を送ると、シャオンが端末を取り出す。

 そこにはエル=アーサスの巣の場所の情報が既に入っていた。


「ここから北西に一時間ってところだね」

「もう昼も過ぎているし、ならここで休憩と昼飯をとってから行くとするか」


 反対する理由もなくフーシェに従いキャリス達はすぐさま食料を用意する。

 アンドリューがバックパックから取り出し、広げたシーツに優雅にキャリスが座ると、ラーナがカップを取り出しそこに紅茶を注ぐ。


 そしてキャリスの前に皿を広げ、そこに数々の料理を置いていった。

 バックパックから取り出した料理は、どういうわけか湯気を立て、おいしそうな香りを周囲に広げる。


 その様子をヒトヤが賞味期限切れの携帯食料を片手に惚けた顔で見ていると、フーシェが笑いの混じった声を発した。


「どんな無能な人形狩りでも、アンタらには常識を説かれたかないだろうな?」

「あら。常識に捕らわれていることこそ無能の証拠よ?」

「言ってることが合ってなくないか?」


 言い合いながらも笑い合うフーシェとキャリス。

 その会話にヒトヤは全くついていけなかった。

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