第28話 野獣討伐依頼

「おいおい。何をしたらこうなるんだ? 低ランク用防具ったってそう柔なもんじゃねえぞ」

「なんか森林地帯でデカい獣にあって、思いっきり殴られたんだ」

「デカい獣? どんだけ奥に入ったんだ?」

「? いや、そんなに奥まで行ったわけじゃないけど」

「んー? ……まあ、いいや。何にせよこりゃあ修理は無理だな……買い直しを勧めるぞ?」

「……そうか」


 新しい装備の中でも最も高額だった防護ベスト。

 買い直せるだけの金はあるが、買い直せばヒトヤの懐は随分と寂しい物になる。


(仕方ないよな)


 金がなくても生きてはいける。防護ベストがなければ死ぬかもしれない。

 少し迷った上でヒトヤは新しい防護服の購入を決めた。


「毎度あり。今度は気いつけな」


 ドヴェルグの笑みは儲けが出た事への喜びか、それともヒトヤの財布事情をある程度知るが故に漏れた哀れみの苦笑か。ヒトヤには判断がつかなかった。


(森林地帯に入ったとたんこれか……まあいいか。生きてたんだ。勉強代だと思おう)


 騎士達への復讐を叶える最も確実な方法は、森林地帯での騎士達を暗殺すること。

 その為には森林地帯で生き延びる力が必要だ。


 森林地帯に入った途端に死にかけた。

 それがヒトヤには何者かにお前はまだまだだと言われているようで、僅かな悔しさを感じながらも、更に強くならねばならないのだと改めて決意を固めた。




 ヒトヤは家にいるときは、午前中の訓練とガラクタ集めを一日おきに行っている。

 金を得る手段として考えるのならば、今のヒトヤにとってガラクタ集めは大した意味を持たない。

 売ったガラクタの費用は、防具代の足しにもならないからだ。


 それでも続けているのはイクサの指示であり、イクサに家賃代わりの金を渡すためというのもあるが、眠れる寝床を確保する為というのが大きな理由だ。

 人が生きていくには眠りが必要だ。そして眠った者は誰とて無防備となる。


 都市の外にある廃棄地区には防壁がない。

 瓦礫を積み重ねた頼りないバリケードの中で住民達は生きている。


 だから廃棄地区に生きる者達は徒党を組む。

 眠るときに見張りにつくものが常にいる。寝床を守る者がいる。それが廃棄地区で生きるための絶対条件だ。


 そして人は徒党を組めば、必ず勢力争いを起こす。

  

 ヒトヤがイクサの家で眠れているのも、イクサの家がアランズマインドの庇護下にあるからだ。

 ガラクタの収集と洗浄により都市の覚えよく、また力なき者を無碍に扱わない。

 そういうアランズマインドの評判は人を集めた。


 数は力だ。人が集まればそれだけで周囲は警戒する。

 更にいざ実戦となればイクサが出てくる。廃棄地区最強と噂されるイクサの存在は他の徒党にとってアランズマインドの防壁だった。


 故に他の徒党の者達はアランズマインドの縄張りに手を出さない。

 持ちつ持たれつ。それがイクサとアランズマインドの関係だ。

 そしてその関係が続ける為には二つの条件がある。


 一つはイクサが強くあり続けることであり、もう一つはアランズマインドが人を集め続けられる徒党であること。


 ガラクタを売る。その行為は僅かかもしれないがアランズマインドの都市からの評価を上げる一助となるだろう。

 そしてアランズマインドが勢力を伸す程に、ヒトヤ達の寝床を守る力もまた強くなるのだ。


 イクサから受けた説明をヒトヤは理解し、納得していた。

 だから不満もなく、今日も黙々と売っても端金にしかならないガラクタを集めてアランズマインドを訪れた。


「ヒトヤ!」


 今日もいつも通り笑顔で出迎えるイノリに軽く手を上げて挨拶し、いつも通り案内されてアランの待つ部屋まで向かう。


 午前中頑張って集めたガラクタを、いつも通り千五十ゼラという端金に変える。

 そしていつも通りならばここでアタロが絡んで来る筈なのだが……


「……今日は静かだな」

「ああ、アタロのこと? 仕事中だからかな。朝、アランにウミネの看病をするように指示されてたの」

「ウミネ? 聞いた覚えがないな。新入りか?」

「んー、まだアランズマインドに入ったってわけじゃないんだけどね。昨日ウチの縄張りにふらふらーって入って来たのをアカヤシさんが見つけて。捕まえたらそのまま倒れたんだって。意識を失う前にかろうじて名前は聞けたから、解るのはウミネって名前だけ」

「……そうか」


 廃棄地区で行き倒れて野垂れ死ぬ者など珍しくもない。

 むしろ拾われただけ運がいい。本人はどう思うか知らないが。

 ヒトヤはそう本心から考えていたから、特にウミネに対し同情する気持ちはなく、また向けるべき感情のない相手にそれ以上の興味も持たなかった。


 ただ、いつも煩い場所が急に静かになるとこんなに違和感があるのかと、複雑な気持ちを抱えて家に向かった。




 午後になり、人形狩りの依頼を見にセンターへと足を運ぶ。

 森林地帯で直ぐに防護ベストを破壊されたならば、また破壊されることを心配するのは当然のことだ。

 懐が寂しくなったヒトヤにはもう一度破壊された時に買い直す金がない。


 だから稼げる金を増やせまいかと、ヒトヤは報酬の良い依頼があることを願った。

 そしてセンターの掲示板には、ヒトヤの願いに応えるように報酬の良い依頼があった。


(報酬はいいんだけどさ……)


 掲示板に貼り付けられたばかりの真新しい依頼書。内容は野獣、エル=アーサスの討伐依頼。

 ランク10からの参加が可能で、ヒトヤも参加出来る依頼ではある。

 だが、先日防護ベストを破壊したのが野獣であると言う事実が、ヒトヤの表情を歪ませた。


(一人でやるってわけじゃないし、なんとかなるか? でも相手も群れなんだよな……)


 森林地帯の一角に最近巣くった野獣の群れ。

 騎士や人形狩りにとって非常に邪魔な存在だ。

 成功報酬一人二十万ゼラ。参加は六人まで。

 倒すも追い払うも自由だが、倒したなら追加報酬もでる。

 ただし倒したことを証明する為、討伐部位であるエル=アーサスの手を切り取って持って帰ってこなければならない。


(そもそもエル=アーサスってなんだ?)


 ヒトヤは野獣の名前に詳しくはない。

 少なくとも廃棄地区には動物園も動物辞典もないからだ。


 ヒトヤは迷い、結局ヒメノに聞きに行くことにした。


「いらっしゃい、ヒトヤ」

「ヒメノさん。あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「どうしたの?」


 タマキの依頼以降他人に敬語を使うことをやめたヒトヤだが、ヒメノに対してだけは何故か自然に敬語が出てくる。そんな自分に首を傾げながらヒトヤは大熊についてヒメノに訊ねた。


「そうね。ちょっと待って……こんな野獣よ」

「……う」


 ヒメノが自身のデバイスのモニターに映した野獣。それはヒトヤの防護ベストを破壊したあの熊の様な獣だった。


「アーサスと呼ばれる野獣は何種類かいて、その中でも身体が大きな種類だからエル=アーサスって都市では呼んでるの。多分ヒトヤは討伐依頼を見て聞きに来たのよね」

「はい」

「お薦めしない……っていうと森林地帯でお薦め出来る依頼なんてなくなっちゃうけど。かなり危険な依頼になるわよ。ヒトヤは遠距離攻撃手段を持たないから」

「?」

「人間なんていうのは、生身で比べるなら生物の中でも弱い種族なの。野獣と力比べをしようなんて無謀よ。だから野獣討伐っていうのは本来弓矢とかで野獣の手の届かない場所から行うものなのよ」

「……なるほど」


 ヒメノの言葉を聞いて、ヒトヤはカレンを思い出した。

 矢がなくなれば無力になる弓矢。ヒトヤはそのメリットを知解しつつも、基本ソロで活動する自分には不向きだと考えていた。


 言い方を変えれば、チームを組めばデメリットを他のメンバーがカバー出来る。

 そしてメリットを生かすことが出来る。


 少しアマゾンスイートを羨ましくも感じたが、ヒトヤはチームを組むわけにはいかない。限定期間組むことは出来ても、恒久的には組めない。

 騎士の暗殺を目的とするヒトヤにとってソロでの活動は絶対条件だ。


「それに野獣は変異している可能性もあるの」

「変異?」

「ええ」


 ロイドバーミンは人間を象る機械だが、その表層は生きた細胞で覆われている。

 細胞は生命活動がなければ腐る。だからロイドバーミンは細胞に栄養となる薬液を供給し、人間同様古い細胞を捨て、新たな細動を生み出し続けることで、人間同様の姿を保っている。


 人間は空腹の野獣にとって襲うべき獲物だ。それは生きた細胞を持つロイドバーミンが相手でも例外ではない。


 故に野獣はロイドバーミンを時に襲い、また人間以外を襲おうとしないロイドバーミンはそれ故に野獣たちの餌食となる事がある。


 そして身体を覆う生体部分を食われるのだが、この際、野獣たちはロイドバーミンが細胞に供給する薬液を一緒に飲み込むことになる。


 この薬液を生物が取り込むと、希にその生物は変異を起こす。

 凶暴化するもの、肉体が巨大化するもの。変異内容は個体によって様々だ。中には特殊な力を得る個体もあるという。

 そして変異した野獣は大抵、元の野獣に比べて厄介な存在となることが多い。

 それも当然と言えば当然だ。

 仮に変異した結果弱体化した個体がいたとすれば、自然の摂理の下に人に姿を見せる前に命を散らしているだろうから。


「群れというのは、他の個体を率いるボスとなる野獣が中心にいるの。そして群れの規模が大きいということは、ボスの力が強いということでもあるの。つまり、群れの規模が大きくなるほど変異した個体がいる可能性が高くなるのよ。今回の依頼の群れの規模は……少なくとも私は聞いたことがないわ」

「……そういうものなんですね」


 ヒトヤはそう聞いて依頼を受けることを本気で戸惑った。

 あの巨大な化物のような存在が、更に力を増して襲ってくることになるという。


(勝てる気がしない。でも……)


 だからと逃げたなら、いつ自分は勝てるようになるというのか?

 ヒトヤは自問する。


 ヒトヤは強くならなければならない。

 森林地帯で騎士を暗殺する為には、森林地帯で生き残る力が要る。

 今の自分にそれはない。

 ないならば学び、身に着けねばならない。


 そしてこの依頼は幸いにもチーム戦になる。

 報酬の良い依頼だ。受けようとする者はいるだろう。

 そして依頼を受けた者が、ヒトヤの望む力を持つものであれば、それはヒトヤにとって大きなチャンスだ。


(きっと、やるべきだよな)


 そう考えたヒトヤはヒメノに依頼の受注意思を伝えるのだった。

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