第27話 ハクシオンとシュライン

 マナミはリクツネ派と呼ばれる、ロイドバーミン討伐と遺産獲得を主な任務とする騎士団遠征部隊「白獅音ハクシオン」の一員として隊の定期訓練に参加していた。


 マナミにとって人形狩りはあくまで副業だ。

 母ジアの治療代を稼ぐ為、本業である騎士団に入隊したのは七ヶ月程前のこと。

 その日以来、勤務日は支給された鎧で身を固め、騎士団の任務に精を出す。


 マナミはマナミが思う程に無能ではない。

 運動神経は同年代の者達と比べても平均以上であり、頭の回転も早い。

 だが、後を追うように入団した紋章持ちのコウキと比較できるほどではなく、また自身より以前から騎士団に入団し、訓練や実戦を経てきた同僚達に自力と経験で勝てるはずもない。


 隊長であるムギョウもその辺りは理解していたが、かといってマナミに合わせ、隊の訓練の質を落すわけにもいかない。

 故にマナミは本来過酷な、しかし他の隊員達がついていける訓練にやっとのことでついていき、或いは遅れ、そして劣等感に苛まされていた。


 コウキは特別で自分はまだ新人。

 そう割り切ってしまえば気持ちの整理も簡単だった。

 いや、地下遺跡の探索依頼に参加するまでは、実際心のどこかでそう割り切っていた。

 しかし、マナミの自己認識はヒトヤとの出会いによって変わった。


 自分と同年代の少年が、人車型のロイドバーミンを単独で撃破して見せた。

 その瞬間を目の当たりにして、マナミの心の表層に留まっていた劣等感は、今マナミの深層深くまで侵食していた。


「かはっ!?」

「やべっ!?」

「マナミ!」


 自分には向いていないのかもしれない。そう思っても騎士団を辞めるわけにはいかない。

 母の病気を治すため、騎士団で活躍し、出世して高い報酬を得る為には強くなるしかない。


 劣等感と決意がマナミにどこか鬼気迫る雰囲気を纏わせる。


 そしてそれが伝わったのか、マナミの実戦訓練の相手を務めるフカミは手加減を忘れ、本気の一撃をマナミに叩き込んだ。


「大丈夫か!? マナミ!」

「……ええ、大丈夫……」


 派手に吹き飛ばされたマナミに駆け寄るコウキに対するマナミの態度は素っ気ない。


「大丈夫じゃないだろう! ふらついてるぞ!」

「問題ない! まだやれるわ!」


 支給された頑丈な鎧が、模擬剣によるマナミへのダメージを軽減し、外傷と呼べるものこそ見つからなかったが、コウキの言うとおりマナミの足下はおぼつかなかった。


 だがマナミはそれでも訓練を続けようとしていた。

 心の深層に巣くった焦燥感が、マナミにこの程度で止まるなと急き立てた。


「マナミ。今日はこれまでだ」


 だが、そんなマナミも隊長にそう言われれば頭が冷える。


「負傷した身体で訓練を続けても意味がない。訓練とは強くなる為に行うものだ。真面に立てもしない中、ただ叩かれ続けても訓練にはならない」


 戦闘訓練というのは一言で言ってしまえば、どうやって自分の武器を相手に先に当てるかの練習だ。少なくともムギョウはそう考えていた。

 だから、ふらつく足で真面に攻撃を繰り出せぬ者が実戦訓練に参加してもサンドバックになるだけで意味がない。

 ムギョウは純粋にマナミを思ってマナミを止めた。


「……はい」


 そのムギョウからの言葉をマナミはどう解釈したのか。

 俯き暗い表情で応えたマナミを、ムギョウはしかし今は訓練中であり、また時間が経てば頭を冷やすだろうとの期待から、それ以上何も言わずに放置した。


 だからその直後に訓練場に響いた声には舌打ちを止められなかった。


「おやまあ。たった一回のお稽古でダウンする情けねえ騎士がいるから、何処の隊かと思って見れば。ははっ、白獅音かよ」

「ヤツシ! テメェ……」


 いつの間にか訓練場の隅からマナミを見下すヤツシに、コウキは今にも襲いかかりそうな気迫の表情で睨み返す。実際ムギョウが手でコウキを制せねばコウキは剣を抜いたかもしれない。


「隊長……」

「それで、朱羅印シュラインのエース殿がどのようなご用件かな?」


 コウキを眺めるように、僅かな間ムギョウはコウキに微笑みを向けた後、直ぐにその視線を冷たいものに変え、ムギョウはヤツシを見据えた。


「俺もこんなとこ来たくて来たわけじゃねえよ」


 隊が違うとはいえ、騎士団という大きな括りで見ればムギョウはヤツシの上官だ。

 だが、規律を大事にする騎士団であるにも関わらず、ヤツシの態度にはムギョウに対する敬意など一欠片もなかった。


「テメエ、誰に向かって口効いてんだ!?」

「見て解んねえのか? 白獅音に所属すると目までおかしくなんのかよ?」

「それが上官への態度かって言って……」


 怒りを顕にするコウキをムギョウは再度手で制し、先ほどよりも冷たく、僅かに殺意すら感じる視線でヤツシを射すくめた。


「ウチのが失礼した。さて、もう一度伺おう。何用かな?」

「……ふんっ。ただ隊長からの伝言を伝えに来ただけだ」


 ムギョウの視線に怯みつつも、ヤツシは態度を変えようとはしなかった。


「はっ。要は使いっ走りじゃねえか。何がエースだ」

「んだとぉ、テメェ……」

「コウキ!」


 ヤツシの怯んだ様子に少し気を良くしたコウキの嘲りを含んだ声に、今度はヤツシが表情を怒りに染める。

 ここで問題を起こす気などないムギョウは眉間に皺を寄せ、コウキを叱咤しつつ話を進めるべくヤツシに用件を再度促した。


「それで伝言とは?」

「チッ……今話題の義賊だ。その程度知ってんだろ?」

「ああ」

「これ以上奴らの好き勝手させるわけにはいかねえからな。俺達騎士団防衛隊朱羅印は暫く都市内の警戒態勢に入る」

「……それは我々への任務支援の依頼かな?」

「そうじゃねえ! ……邪魔すんなって言ってるんだ! 誰が外で剣を振り回すしか能のねえ蛮人共に依頼なんぞするかよ」


 神出鬼没の敵を補足するためには、大規模な部隊展開が必要になる。

 防衛隊が警戒態勢に入ると言うことは、即ち都市内の様々な場所を朱羅印の騎士が闊歩するということだ。


 騎士団は派閥に分かれている。

 そして各々が管轄する縄張りが分かれている。

 言わばヤツシの伝えた内容は、朱羅印が縄張りを無視して活動するという宣言だった。


「そうか。心得た。隊員には私から伝えておこう」

「ふんっ。言うべき事は言ったぜ。じゃあな」


 ヤツシの宣言を一見快く受け入れたムギョウの態度を意外に思いながらも、悪態をつきながら去るヤツシ。


「いいんですか? 隊長」

「ヤツシの態度はともかく、朱羅印にとって今の情勢は好ましいものじゃない。貸しにしておくさ。少なくともアサギはその辺りは解っている」

「……そうですか」


 ヤツシの後ろ姿を鋭い視線で見送りながら、コウキはムギョウに縄張りを侵害されていいのかと不満を示したが、ムギョウが笑顔すら浮かべて応えたのを見て、その不満を飲み込んだ。


 実際ムギョウにとってヤツシからの申し出は不本意なものではなかった。むしろ朱羅印からそういった申し出が来ることを予め予想していたし、来れば最初から了承するつもりでいた。


 四大企業であるレリックトレードセンターの社長がスポンサーにいる通称ナミナギ派、朱羅印はその中でも最も都市内の縄張りが広い。


 人形狩り達の持ち帰る前時代の遺産などの成果を中抜きできるセンターは、他の企業に資金提供されている騎士隊程に都市外への遠征を必要としていない。

 その為、センター長のナミナギは自身の所持する騎士隊に防衛隊を名乗らせ、都市防衛に任務の重点を置くことで、都市内での権力を高めてきた。

 彼等の存在は通称貴族街に住む富裕層の覚えよく、それ故に都市内での縄張りの規模は他の隊に比べるまでもなかった。


 しかし、ここに来て地下遺跡で騎士がロイドバーミンに殺害され、更にはにより、隊員の数名が自滅という隊の実力を疑われるニュースが続いた。


 そこで朱羅印は何か手柄を立てて、この不祥事を拭い去り、再度富裕層からの支持を集める必要があった。


 そんな中での義賊の出現。

 朱羅印としては義賊を捕まえ、都市防衛の要は朱羅印であると示したいところだ。


 縄張りが広ければ良いことばかりがあるわけではない。縄張りを持てば管理する責任を負う。そして管理のためには人手が要る。

 仮に朱羅印が失墜し、縄張りを手放せば、その縄張りを他の隊が引き継がなければならない。そして純粋に騎士の遠征によって成果を上げる白獅音には、都市内防衛に回せるほどの人手がなかった。


 敵で有り、持ちつ持たれつでもある。

 それが同じ組織に属する派閥の関係なのだ。


 ムギョウはそう言った事情を鑑みて、ヤツシの態度に目を瞑り、朱羅印の事情に理解を示したのである。


 そんなムギョウの言葉を別の角度から聞いていた者がいた。

 マナミだ。


「義賊……」


 富裕層やあくどい業者を襲い、金目のものを奪い、あるいは施設を破壊する。そして、奪ったものを時に貧困者達に配り回るという。

 今、母を直す為に生きるマナミにとって他者への施しなどする余裕はない。


 騎士であるマナミにとって、義賊は許すべからぬ敵だ。

 同時に弱者たる、少なくとも自身でそう考えているマナミにとって、義賊という存在にはどこか憧れに近い感情もあった。


(会ってみたいな……)


 義賊の出自など知らないが、騎士に属さぬ者であれば紋章使いではないはずだ。

 マナミは都市の常識からそう考えていた。


 才能あれど特別な存在ではないマナミは、常人の強者との邂逅を望んでいる。

 強さを望む。その一念で、彼等の持つ力の秘密を僅かでも知ることが出来たならと願ってやまなぬが故に。

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