第24話 各々の思い

 ヒトヤ達が遺跡から帰還して数日後。


「……はぁ、はぁ、はぁ」

「今日はこれまでだ」


 午前イクサの訓練が終わる。


「……まだだ。まだやれる」

「体力があるのは結構だが、時間だ」

「……わかった」

「結構。さ、飯にしよう。食ったらセンターに行ってこい」


 木刀を片付け、金網を広げる。

 火を熾し、イクサが獲って来た魚を捌いて金網の上に乗せる。


「デカいな」


 イクサの獲って来た名前も知らない魚はヒトヤが今まで見た者の中で一番大きかった。


「少し罠を改良したんだ。そのおかげかもな」

「へぇー」


 イクサの言葉を聞いて、ヒトヤはふと思い出した様にイクサに告げた。


「そういえば俺も罠を仕掛けたんだ。初めての挑戦だから、上手くいくかは分からないっていうか、いけば儲けものって感じなんだけど」


 イクサはヒトヤの表情に垣間見える黒い感情を察しながらも、少し自慢するような少年の笑みに微笑みを返す。


「そうか。上手くいくといいな」

「うん」

「さ、さっさと食ってセンターに行け。稼げる依頼を誰かに取られても知らんぞ?」

「そうだな。頂きます。あ、依頼を見るついでにこの前の依頼の報酬で装備を買ってくる。ランクも上がったからな。帰りは遅くなるよ」

「わかった。なら早く行ってこい」


 ヒトヤは焼けた魚を味わうことなく掻き込む。

 直ぐにイクサの家に戻り、いつも通りバックパックを背負おうとして、その動きを止める。バックパックを開けると中には集水スキットルと、遺跡で手に入れたライト。その中に騎士達から手に入れた放電玉は既になかった。


「上手くいくといいな……」


 イクサの言葉を思い返し、自分の口で紡ぐ。

 そうすると本当に上手く行く気がして、ヒトヤは少し上機嫌でセンターへと出発した。






「しかしマジで多いな。回収に何日かかるんだ?」


 遺跡の入り口で人形狩りに依頼内容を告げた騎士、エザワは仲間と共に地下遺跡へと入っていた。既に人形狩り達が遺跡内のロイドバーミンを倒したから、念の為武装はしているものの、その表情はだらけきっている。


「さてね。まあ、回収だけで済むことを喜ぼうや。こんな奴らと戦わされてたら何人犠牲が出てたか分かんねえよ」

「そうだな……人形狩りの奴らが金欲しさに死んだおかげで、こちとら運ぶだけで給料貰えるんだ」

「人形狩りの皆様に感謝ってかよ。俺達の安全の為に死んでくれてありがとうってか?」

「そういうことだ」

「ふはは。ま、違いねえな」


 自分達がこれからする事になるしたくもない労働を、他人の不幸を原動力に乗り越える。

 ある意味でとても人間らしいその騎士達がいるのは、南ルートとレミナ達が呼んでいた通路を進んだ先にある、階段の下。ヒトヤ達が最初に戦った人車型ロイドバーミンの遺体が並ぶ場所だった。


「さて、で、どうやって運ぶんだ?」

「車輪が最初からついてんだから、あとは頑張って押すしかねえだろ?」

「まあ、そうなんだけどよ」

「あ、一応後からカバラスを連れてきてくれるって話だぞ。だから最初にカバラスが来る前に回収する遺物の数を数えて、追加のカバラスが何頭必要か言えるようにしておけってさ」

「へいへい。そら有り難いことで」

「さて、じゃあお仕事しますかね」


 人車型のロイドバーミンの遺体を数えながら乗り越えるエザワ達。

 その途中何かが軋むような音が響いた。


「何の音だ?」

「……パイプが軋んだ音じゃないか?」

「びびんなよ」

「うるせえな」


 エザワはふと物言わぬ目の前の人車型ロイドバーミンを見上げる。

 何かで斬りつけられ、所々焦げたように黒ずんだ遺体。


 その目が自分と合ったような気がして、背筋にゾッとしたものが走った。


「チッ」


 そんなわけがないと思いながらも、自分の中に走った僅かな恐怖心。

 それを誤魔化すようにエザワはその遺体を強く蹴った。


 すると斬られた傷からいくつかの球体がポロリと落ちた。


「ん?」


 球体が地面に落ちる直前、エザワの目はそれが何かを判別した。

 それはスイッチの入れられた放電玉だった。

 無機物同士がぶつかる音がカーンと通路に響いた直後、エザワ達を強烈な電撃が遅う。


「ぎぁあああああああ!?」


 その場にいた騎士達は絶叫を上げ、身体から煙を噴きながらその場に倒れ伏した。






「どう? 身体の調子は?」

「何も問題ないわ。母さんは元気よ」

「そう……」


 ベッドに寝る母親ジアが虚勢を張っていることを知りながらも、ジアの言葉にマナミは微笑みを返す。

 きっと虚勢を張れる元気がある内は大丈夫。

 そう無理矢理自分を信じ込ませる。

 でなければ希望が潰えてしまう。


「そういうマナミは余り元気そうじゃないわね」

「ん? そう……かな」


 自分が騎士であるということが人形狩り達の間に広まってしまったかもしれない。

 センターでムギョウが現われたとき、チームのメンバー以外は周りにいなかったが、チームのメンバーが言いふらせばそれまでだ。


 奢って貰った食事の中で、そうムギョウに告げると気が回らなくてすまないと謝罪されたが、そもそもコウキが紋章の力を使っているのだから、ムギョウが現われなかったとしても大した違いはない。

 コウキがいなかったら、あの時自分たちは死んでいたかもしれない。

 だからコウキを責めるのも違うだろう。

 結局全部自分の運が悪かったということなのだろうか。


 しばらく周囲の動向に気をつけつつ、人形狩りの仕事はソロで受けるしかないだろう。となると受けられる依頼も限られてくる。


 マナミに力があるのなら、依頼など気にせず、奥地に進み自分の力でロイドバーミンを狩って売却する手もある。

 だが力がないから、誰かの依頼で稼ぐしかないのだ。


 マナミは遺跡の中で改めて自分の力のなさを痛感していた。

 勇者であるコウキはともかく、紋章使いではない他の人形狩りも人車型を倒してみせた。特にヒトヤが見せたあの動き。

 同世代の少年が見せた力と自身をつい比べて、マナミはより一層無力感に苛まされていた。


(ヒトヤ……)


 今、マナミの心の中はヒトヤが占めている。

 どうやってそれ程に強くなったのか、聞いてみたい。教えて欲しい。


 思考に沈んでいたマナミが我に返るとマナミの視線とジアの心配そうな視線が合った。


「本当に大丈夫?」

「え、ええ。大丈夫よ」

「本当に?」

「そりゃ仕事してるんだから、多少の悩みとか考え事とかあるわよ。別に大した事じゃなくてもね」

「そう?」

「ええ」


 マナミは母親に無理矢理つくった笑顔を向けながら、自分を叱咤する。


(こんなんじゃダメね。隊長も言っていたじゃない)


 奢って貰った食事の席でムギョウが言った言葉を思い出す。


「人には強くなれる限界がある。修練を積んでも今以上に強くなれるとは限らない。だが、強くなれないと諦めて修練をやめた者がそれ以上強くなることはない。強くなりたいなら、強くなれると信じて強くなろうと努力するしかない」

(そうよ。私は強くならなきゃいけないんだから)


 だからこんな迷いなど持ってはならないのだと、自分に纏わり付く無力感を、発する言葉を大きくして振り払った。


「待ってて、母さん。母さんは私が必ず治してあげる」






 レミナ達アマゾンスイートの三人は都市内の自分たちの拠点。借家でゆっくりとした時間を過ごしていた。


「トータル二百万ゼラか……目標金額にはまだまだ遠いわね」

「それはそうよ。目標金額は最低でも十億ゼラでしょう?」


 レミナが報酬を見ながら呟く愚痴に、ミヤビが苦笑を浮かべる。


「分かってるわよ」


 大きく息を吐き立ち上がったレミナは借家の一角へと近づく。

 そこには大きなベッドが牢屋の様な金属の格子で囲まれていた。


 家の中にあるものとしてはかなり異様なものだが、その中にあるものはそれ以上に異様だった。

 格子に囲まれたベッドの上には、肉の塊としか表現し得ないものが、生きたように蠢いている。


「……レミナ」

「ええ」


 仲間を気遣うカレンの声にレミナは短く答え、そしてミヤビとカレンを見据える。


「まだまだ先は見えないけれど……私は絶対諦めない」

「そうね」

「分かっています」


 仲間達が頷き同意を示す姿にレミナは胸をなで下ろし、再度視線を肉塊へと移した。


「待ってて、クレハ。私達が必ずあなたを殺してあげるから」






 ヒトヤがセンターへと向かった後、イクサはロイドバーミンの遺体を手土産にアランの元へと訪れた。

 

 地下遺跡から地上に出現したロイドバーミンは騎士に討伐されたが、それが最後だったわけではない。その後も数体のロイドバーミンが地下遺跡から這い出てきて、廃棄地区を襲ったのだ。


 そのロイドバーミン、騎士達が苦戦した人車型五体を単独で迎撃し、特に疲労した様子もなくイクサは倒したロイドバーミンの遺体をアランの拠点まで運んだ。

 そしてイクサの力を知るアラン達も、また見慣れたことだと驚く事もなくイクサを迎えた。


「いつも助かるよ」

「なに、気にするな。定期訪問の日も近かったからな。少し早いがついでに片付けさせて貰う」

「おお、もうそんな日か……歳をとると時間が経つのが早いな」

「因みにエネルギーパックは貰ったぞ?」

「ああ、承知している」


 なにやら機械が並ぶ自分のデスクから席を立ち、アランは所々破れた古ぼけたソファに腰掛ける。同じようにイクサも破れたソファに座った。


「いつも足労かけてすまないな」

「なに、大切なクライアントだ。気にするな」


 アランの礼にイクサは肩を竦めた。


「変わったことは?」

「先日の都市からの依頼で多数の死者が出ただろう? こんな廃棄地区にまで噂が届いているんだ。相当な死者の数だったんだろうな」

「そうらしいな」

「レックスリゾートの奴らも人をそれなりに割いたようだ。人員を失って勢力が縮小するのを怖れて泣きついたのかな。ツルナリグループの使いが何人か来ているのをアカヤシが確認したそうだ」

「こっちへの影響は?」

「お前がいるからな。下手な手出しはしないだろう。下手に余所に戦力を割けばロックスラムの連中から痛手を受けるかもしれん」

「連中が潰し合うと?」

「いや、少なくともツルナリグループが裏にいる限りそれがないのは分かっているとは思うが、人間は万が一を怖れるものだ。どこにでも馬鹿はいるしな」

「……そうだな」


 イクサに話すべき事は話したと判断し、アランは今度は聞きたいことを聞く番だと身を前に屈めた。


「……それで、ヒトヤはどうだ? さっきの都市からの依頼。ヒトヤも受けたのだろう?」

「気になるか?」

「まあな」

「日々成長してるよ。心も体もな」

「……」

「だが……進化と呼べる程のものじゃない」

「……そうか」


 アランは乗り出すようにしていた身をソファに沈めた。


「がっかりしたか?」

「いや……どうかな。自分でもよく分からない。少しほっとした気持ちもある」

「ふん……」


 暫く続く沈黙が流れる。

 その様子からイクサは話は終わったと、席を立つ。


「まあ、あいつの紋章はそういうものだ。気長に見守るさ」

「……そうしてやってくれ。心の成熟していない者が力を持った先に待つのは大抵碌な未来じゃない」

「実感がこもっているな」

「まあな」


 イクサは少し皮肉を含んだ言葉を残し、自分の住処へと帰って行った。

 イクサと入れ替わるようにイノリがアランの部屋に入ってきた。


「アラン。洗浄作業終わったよ」

「おお、そうか。すぐに行く」

「うん」


 そう言って直ぐに部屋から出たイノリの後ろ姿を見てアランは思う。


(かつての過ちを償えぬと知りながら、それでも贖罪を求めている。我ながら勝手なものだな)




<あとがき>


一巻完。

二巻は一週間程休暇を頂いたのち更新いたします。

今後とも宜しくお願いいたします。

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