第23話 遺跡の正体と声の主
二十を超える人車型と二百を超える小人型のロイドバーミンの亡骸を超え、ヒトヤ達は通路を進んだ。
その先にはやはり巨大な空間が広がっていた。
空間には三体程度の人間型ロイドバーミンがいたが、休憩も取り、万全とは言えぬまでも疲労を回復させた、人車型ロイドバーミンを撃ち倒す実力を持つフーシェ達の加わった隊の敵ではなかった。
空間は先に訪れた場所とは違い、完成していた。
同様に様々な装置が並ぶ他、大きな円柱状の硝子ケースが規則正しく並んでいる。
「なんだこれ?」
初めて見るものに興味を抱いたヒトヤがつい言葉に出した、独り言にレミナが応えた。
「栽培容器かしらね」
「栽培容器?」
「ええ。ガラスの中に土が敷き詰められているでしょう? でほら、天井のパイプから管が装置に繋がっている。つまり、薬草か何かがここでは栽培されていて、あのパイプから薬液が供給されいたって事じゃないかしら? 想像だけどね」
「へぇー。見て解るもんなのか?」
「一応人形狩りとしてのキャリアは積んでいるからね。いくつか遺跡も見たことがあるし、沢山の前時代の遺物を見ていればなんとなく想像できるようになるものよ」
「……そういうもんか。なんで地下で栽培するんだ?」
「えー、確か……天候依存の栽培方法が前時代には廃れたからって聞いたことがあるわね。植物の栽培には光や水、養分が適量必要で、それは多すぎても少なすぎてもいけないから調整が容易な屋内での栽培が主流になって。それで、アンドロイドに仕事を任せた前時代の人間は自分たちは地上にいることを好んだから、こういった仕事場をどんどん地下に移管した……って内容だったと思うわ。又聞きのうろ覚えだけどね」
「へー」
「ちなみに都市でも食料となる植物や薬草はビルの中で栽培されているのよ?」
「そうなのか?」
「ええ」
クデタマ村の畑やアランズマインドが食料確保の為に耕している小さな畑は野外で日当たりのいい場所を選んでいた。それが当たり前だと思っていたヒトヤにとっては随分カルチャーショックを受ける話だった。
前時代か都市か分からぬが、宙を見つめて何かを想像しているヒトヤの様子に微笑みを浮かべながら、レミナが指示をかける。
「さて、これで南ルートの探索は終わったわ。このルートは建設中だったこともあって規模が小さかったから短期間で探索を終えられたけれど、他のルートはどうなっているか分からないわ。しっかり休憩して、出発よ」
「レミナ」
「どうしたの? カレン」
「ある程度矢は回収ましたが、数が足りると思えません」
「そうね……他のルートに回るとき、地上との入り口を経由するから、ダメ元で矢の補給が出来ないか交渉してみる」
「お願いします」
「あくまでダメ元よ」
「分かっています」
補給が出来るのは探索開始より一週間後。
まだ五日程度待たねばならない。
騎士との契約上、補給交渉はおそらく却下される。だが、少なくとも武装を固めていない人車型に対し、カレンの矢は非常に有効な武器だ。
カレンにはダメ元といいながらもレミナは生存確率を上げるために、何とか騎士を説き伏せるための理論武装を頭の中で組立始めた。
残念ながらと言うべきか幸いにと言うべきか、レミナの理論武装は無駄に終わるのだが。
ヒトヤ達が休憩を終えて遺跡への入り口に戻ると、入り口の手前で同じく遺跡探索に潜ったチームと出会った。
「こっちに引き返してきたってことは……」
「ええ。南ルートは探索完了よ」
「本当か!? よし!」
「そういうってことは」
「ああ、他三ルートも全部探索完了だ! 依頼終了! お疲れさんってな」
「……そう……皆聞いた? 依頼は終了よ」
レミナの通達に皆がほっと息を吐く。
ウジキが歓声を上げたところにレミナが冷たく告げる。
「ウジキ、報酬の件忘れないでね?」
「え? ……あ……」
「端末に録音してあるから。しらばっくれても無駄よ」
先ほどの歓声も忘れ項垂れて落ち込むウジキ。
「どこに行けば報酬は受け取れるのかしら? あなたどこかに属してるの?」
「……ツルナリグループだ……」
「ツルナリ……ってあなた借金持ちだったの? ……はぁ、こんな人がなんで人形狩りやってるのかと思ったけど、どうりで……」
「……そうなんだ……だから、その……」
「言っとくけど、だからといって見逃して上げる義理はないわ。グループの取り立てにはそっちで説明しなさい」
「ぐ……」
「センターには録音記録を先に渡すから、逃げられるとは思わないで」
レミナはそう言い残し、端末情報を交換するため、合流した人形狩りについていった。
他人の不幸を理由に自分の受け取るべき報酬を捨ててはならない。他者への同情の為に、自分のチームのメンバーが駆けた命と引き替えの報酬を諦めるなどあってはならない。それはチームの命を蔑ろにする行為だ。
レミナの言動に、その場に残された他のメンバーは思い思いの感想を持った。
勿論ヒトヤも。
遺跡を出て騎士に待機を命じられたヒトヤ達は、騎士のところに向かったレミナの合流を待つ。
各チームの端末保持者は集められ、騎士がマップ情報の確認を行っている。
騎士の確認が終われば晴れて解散だ。
待っている間ヒトヤが周囲を見回すと、同じように自分のチームのメンバーを待つ者達が待機している。
数はヒトヤの体感では来たときの半分ほどに減っているように見えた。
(それだけ死んだって事か)
ヒトヤ達の通ったルートは他のルートに比べて安全だったのか、それとも運良く皆生きて帰れただけなのか。
そんな事を考えながら暫く待つと、レミナは何事もなく戻って来た。
「終わったわ。後は帰るだけ」
「よかったよかった。しかし、あれだな。北ルートに二十もチームが行ったからあっちはよっぽどだったんだと思ったんだけど。そうでもなかったのかね。まだ出来かけの俺達のルートと探索時間が変わらなかったってことは」
レミナが情報を合わせるついでに何か聞いていないか、ただの興味本位でフーシェが訊ねる。
「ファランクスやクレイモアが行ったのが大きかったみたいね。あっちは私達のルートより大分難易度が高かったらしいわ。栽培所の空間がいくつも繋がっていて、広い空間で合計百台以上の人車型とそれ以上の小人型に襲われたみたい。
人数はいたから、探索こそ人海戦術で早く終わったみたいだけど、相当な被害が出たみたいよ」
「うへえ。じゃあキツかったと思ってたけど、南ルートに行った俺達は運が良かったわけか」
「そうね。ファランクスやクレイモアがいなかったルートと考えれば運が良かったと言って良いのか解らないけどね」
「まあ、そりゃ確かに」
「これだけの犠牲を出して、北ルートの奥に見つかった遺物は薬草の種だけですって。あとは液漏れしてたのかキュアヴィッセラの花がいくつか」
「キュアヴィッセラ?」
聞き覚えのある単語にヒトヤは思わず口を挟んだ。
「キュアヴィッセラってあれか? あっちの湿地帯に生えてるやつ」
「……ああ。そうね。あ、なるほど……湿地帯に漏れた薬液ってこの遺跡のものだったのね。確かに地形的には合うわね」
レミナの推論が自分の直感と同じであった事から、ヒトヤはそう考えて間違いないと判断した。
そして、タマキに言われた言葉を思い出した。
「見つけられれば大金持ちさ。挑戦してみるかい?」
(……冗談じゃない。こんなに遺跡一人で探索なんて出来るか)
ヒトヤはあの時のタマキの笑った顔を思い浮かべて毒づいた。
現地解散とはいえここは都市外。安全であるとは言えない。
帰りも集団の方が危険が少ない。
疲れ切っただろうからと都市まで皆で帰ろうというレミナの誘いにヒトヤは乗った。
(あんなに人がいるんじゃ騎士を討つなんて出来そうにないしな)
ヒトヤは都市に住んではいないが報酬を受け取るためセンターにいずれ行かなければならない。
明日は動きたくなくなるだろうという自覚もあり、センターまで同行することにした。
ヒトヤがそう言うと、ウジキを除く同意した他メンバーもセンターへ同行すると言い出した。ウジキはレミナに強制的に連行された。
落ち込むウジキを余所に報酬を受け取ったヒトヤ達が今度こそ解散というところで、一人の騎士が近づいてきた。
騎士の顔など見たくないと足早にその場を離れたヒトヤは、しかしその声を聞いてその足を止めた。
「よう、お前ら」
「え、隊長!?」
「ムギョウ隊長!」
コウキとマナミと親しげに離すムギョウと呼ばれた男。
「なにやってんだ? こんなところで」
「あ、いや……これは……その……」
「なんてな。そう慌てるなよ。悪いことやってたわけじゃねえだろ。マナミのお袋さんに事情は聞いたよ。訓練のため、母のため、そして愛する彼女のため。それでこそ騎士じゃないか」
「いや……愛するって……」
あの日、大切な者を失った日。
ヤソジが斬り裂かれたあの時聞こえたあの声。
「そう照れるなよ」
「……それで隊長は何をしにここに?」
「新米二人が随分危険な依頼を受けたみたいだからな。心配になってな」
「どうやって知ったんですか?」
「遺跡の入り口にいたのは誰だよ? その位の情報直ぐに入るさ」
忘れもしないあの声。
「黙れ! 貴様等と話すことなどない!」
蘇るあの声が、ヤソジの倒れる姿が何度も脳の中で再生される。
その映像は再生される度に霞んでいき、いつの間にかヒトヤの脳内はただ真っ白に染め上げられていた。
「大丈夫ですよ。俺は隊長と同じ勇者なんですから」
「力の制御もまだまだなひよっこが、生意気言うな。ほれ、帰るぞ。来たついでだ、奢ってやるよ」
「マジっすか!?」
コウキとマナミとムギョウ。
三人の後ろ姿をヒトヤはただ眺めていた。
興奮し、身体が熱くなる。身体が空気を求め、呼吸が荒くなる。
ヒトヤは自制したのではない。我を忘れて飛び掛かる事を思考すら出来なかっただけだ。
余りに突然、自分の刃を突立てるべき敵が現われたことで、突如激しい興奮状態に陥ったことで、身体の動かせなかっただけだ。
だからその男が視界から消えてから暫く後、漸く少し冷静になったヒトヤは動き出した。
(そうか……お前か……お前らか……いいさ。今はいい。どうせあんな化物相手に勝てやしないだろうからな。無駄死にしなかった。そう思うことにする。斬るべき者が見つかった。それでいい……今は、だ)
廃棄地区へと帰るヒトヤの握りしめた手からは、血が滴っていた。
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