第22話 本能の命じるままに

 フーシェが人車型に叩き落とされた瞬間をミヤビ以降のメンバーも視界に捉えていた。この状況で、もし縋れる者がいるとすれば一人しかいない。


 コウキだ。


 コウキは不調だが動けないわけではない。コウキが力を使えばまだ生存の機会はあった。だがコウキは今、力を使えなかった。


 コウキは不調故本来の力を出せなかった。

 三人の足手纏いを守る為、隊列の最後列、つまり隊列の後方から来た多数の小人型との最前列にマナミと共に出ていた。互いの背中を守れるよう背中合わせの形を取って。

 

 ここで力を発動すれば、自身の発する雷撃にマナミを巻き込むかもしれない。

 巻き込まず力を発動するには小人型を切り払い、この場を離れて使わなければならない。だが、不調のコウキではここで踏ん張るのが精一杯だったし、そんな状況にマナミ独りを残して行くなどという行動をそもそも選択できなかった。


 コウキが力の発動を躊躇したことは、幼なじみの勘でマナミにも直ぐに伝わった。コウキを行かせる為にマナミはすぐさま放電玉による状況の打開を考えたが、敵の数に任せた間断のない攻撃は、マナミに放電玉を取り出す暇を与えなかった。


 だからフーシェが落された瞬間コウキを見たレミナは、直ぐに状況を理解し、自らも小人型をスタンロッドで打ち払いつつ、コウキとマナミの救援へと向かったが、雨の様に襲ってくる小人型の襲撃に間に合わないと悟った。


(……ダメか)


 絶望の中でレミナの後ろからミヤビの叫び声が聞こえた。


「ヒトヤ!?」






 ヒトヤもフーシェが落された瞬間、これが絶望的な状況であると直感した。

 死の恐怖が胸に去来する。巨大な人車型が向かってくる。

 後はこの巨体に皆轢き潰されて終わるのだと悟った。


 その瞬間、胸が今までになく強く脈打つのを感じた。同時に熱い血流が前進を駆け巡る。

 突如ヒトヤの視界が色彩を失う。そして人車型の動きが遅くなった。


(違う)


 今ヒトヤの視界では全てのものの動きが遅い。

 飛び掛かる小人型が重力を忘れたように空中で動きを止める。

 色のないスローモーションのような世界の中で、ヒトヤは小人型の群れの中にある隙間、人車型へと続く道を見つけた。


(……行ける。いや、行くんだ)


 どうしてそう思ったのかはヒトヤにも分からない。

 襲い来る死という事象から抜け出すように、ヒトヤは本能の命じるままに飛びだした。


 切断機の刃を削り出した、丈夫さだけは一級品のナマクラを一閃し、目前の小人型を両断する。

 その反動すら味方につけて、高速でミヤビの横を抜けて、先に見つけた人車型へのルートを駆け抜ける。


「ヒトヤ!?」


 聞こえたミヤビの叫びを雑音と処理する。

 必要なものだけを見て、聞いて、感じ、不要な情報を全て切り捨てる。

 視界の外から刃を向けて降り注ぐ小人型を、気配だけで察知し、身体の角度を変えるだけで躱す。


 そして壁に向かって跳んだ。


 地面と水平に走る。コウキやフーシェがやってみせた重力に逆らう走行。

 進めた歩数は五歩。

 歩数ではコウキには遠く及ばない。だが人車型の後ろに回るには十分な歩数。


「ギッ!?」


 最後に壁を蹴った力でヒトヤは身体を回転させる。遠心力を乗せた刃は人車型の首の側面を捉え、


「ぁああああっ!]


 斬り飛ばした。




「……マジかよ、アイツ」


 フーシェの呟きはここにいる皆の心情を代弁していた。

 勇者の紋章もなく、フーシェ達のように修練を積んだはずもない少年が、彼等と同じように人車型の後ろに周り込み、その動きを止めて見せた。

 人車型が止まったところで小人型の襲撃は止んではいない。その戦いの最中にあって一瞬とはいえ戦いを忘れてしまう程に、ヒトヤの動きは全員の度肝を抜いた。


 頭部を破壊され進路を大きく逸らした先頭の人車型が、シャオン眼前で壁に突っ込んだ。


「あ、まずっ!?」


 後続の人車型が突っ込んだ先頭の人車型に突っ込んで、遺産と化した人車型が倒れ込んでくるのをシャオンは跳びすさり、間一髪躱して下敷きを避けた。


「ぶぉおおおお!?」


 人車型への一撃でそのバックパックに着地したヒトヤは、後続の体当たりによって人車型から投げ出された。

 小人型を下敷きにしてバウンドする身体。下手な受け身でダメージを減らそうとする試みたヒトヤは、硬い地面に激突する前にフーシェに抱き止められた。


「へへっ、よくやった! ボウズ!」

「どうも……はやく降ろしてくれ」

「可愛くねえな」




 人車型が止まった。

 それはこの絶望的な戦況を変えるに十分な一手だった。


 壁にめり込んだ先頭の人車型に二体目の人車型が突っ込む。

 しかし壁にめり込んだ二体目がバリケードとなって二体目が進むことを許さなかった。突っ込んだ二体目はしかたなく一体目を障害物として退かそうとする。そして退かすためには盾を手放さなければならなかった。


「カレン! 人車型の頭を狙えるだけ狙って!」


 レミナに言われるまでもなく、カレンの矢は人車型の二体目の頭を貫いた。

 二体目の人車型は先頭の人車型を掴んだまま、動きを止めた。


「後ろ! そのまま踏ん張りなさい!

 フーシェ! シャオン! カレンの射線を開いて!」

「おう!」

「了解」

「ミヤビ! カレンに小人型を近づけないで!」

「わかってる! よいしょおおおおおっ!」


 レミナに応える様に景気よく、小人型をまとめて斬り飛ばし、サムズアップをしてみせるミヤビ。レミナは笑顔を浮かべて前線は問題なしと判断した。


「ヒトヤ、大丈夫?」

「ああ」

「無理しないでね、って言える状況でもないけどね」

「問題ない。あ、でもさっきのもう一度やれと言われても無理だ。無理しないって状況じゃないとしても、できないぞ」

「そう。それは残念ね。じゃあ、もう一度やらずにすむようにしないとね。皆! ここが踏ん張り所よ! 死に物狂いで暴れなさい!」


 続く三体目の人車型が盾を前にまた前の機体に激突する。

 カレンが撃ち抜いた人車型はその衝撃で僅かに動いたが、しかし壁にめり込んだ先頭の人車型に引っかかってやはり前には出られなかった。完全に障害物となった一体目と二体目を撤去するため盾を手放す。

 そして撤去作業中にカレンに頭を撃ち抜かれた。

 

 小人型を迎え撃つだけならば、シャオンとフーシェを合わせたこの隊の前衛にとって敵ではなかった。

 その様子を見たレミナが後衛に駆けつけ、スタンロッドを振り回す。

 帯電する杖に打たれた小人型はその場に倒れ伏した。


 コウキとマナミも奮戦した。互いに互いを守る様に剣を振り回した。


 戦況が傾いたのを知り、ウジキ達も活力を取り戻した。

 そもそも甘えてられる状況でもない。時に不格好ながらも武器を振り回し、死なぬ為に全力で足掻いた。

 

「レミナ! もう矢がない!」

「フーシェ! シャオン! 行って!」


 カレンの矢が切れたが小人型の数は残り少ない。

 レミナは前線をヒトヤとミヤビに任せ、フーシェとシャオンを突っ込ませた。


「今度はしくじるんじゃないよ! フーシェ!」

「おう! さっきは良くもやってくれたなあ! っらあ!」


 フーシェの行く道を開くシャオンを追い抜いて、駆け抜ける復活したフーシェ。

 盾も持たず、走らぬ人車型は脅威ではないと言わんばかりに、撤去作業をする人車型に正面から飛び掛かり、敵の身体を駆け上り、放った跳び蹴りは一撃で人車型の頭部を破壊した。


「次ぃ! ボウズに負けてられっかあ!」

「先走るんじゃない! ったく……」


 引き返すことなく後続に襲いかかるフーシェを追って、シャオンもまた人車型を駆け上がり、人車型の上空へと躍り出る。

 ロイドバーミンの持つランスと盾をフーシェが抑え、その隙にシャオンが棍を突き立てる。

 フーシェを狙った後続のランスを躱し、またも頭部を破壊する。

 

 フーシェ達にとって人車型が早いのは走行速度だけ。装甲厚く、故に動きの鈍い人車型ではフーシェ達の動きを捉えられない。先頭の人車型を止め、減速させてさえしまえば、動きの妨げとなる小人型さえいなければ、フーシェとシャオンにとって人車型は怖れるに足らない。余裕の笑みすら浮かべ、二人は人車型の身体の上を飛び交いながら、一体一体確実に破壊していく。


 そしてまるで蹂躙のような二人の戦いが終わる頃に、小人型もまた最後の一体がマナミの剣で倒れた。


「……か……勝った……」

「い、生きてる……生きてるぞ俺達!」

「おお! やった、やったぞ!」


 喜ぶウジキ達の歓声を聞きながら、ヒトヤは武器を収め、その場にへたり込むように座った。


「何とかなるものね……」

「……そうだな……疲れたぁ……」

「そうね……」


 同じく座り込んだミヤビとヒトヤは小さく笑い合う。

 まだ油断できる状況ではない。

 それでもこの重い腰は暫く上げられそうになかった。


「暫く休憩にしましょう。さっきのエリアの機体数から考えて、残っていたとしてもそこまでの数じゃないはずよ。通路もコイツ等の死体で埋まってるしね」


 二人の様子を見たレミナが全員に休憩の号令をかける。


「それじゃ、遠慮無く……」


 戻って来たフーシェとシャオンもが倒れた人車型ロイドバーミンを椅子代わりに座ったのを見て、残りの者達も思い思いに座り込んだ。


(そういえば、なんで俺あんなこと出来たんだろう? ……火事場の馬鹿力って奴かな)


 集水スキットルに溜まった水で喉を潤しながらヒトヤは考える。

 理由は解らない。たとえ火事場の馬鹿力でも、今日できたことなら、いつか修練を積めば出来るようになるだろう。


(俺でもできるってことが分かった。今はそれでいっか……)


 そして先の戦いを思い返す。あの感覚を忘れぬように。


 ヒトヤの思いに応える様に、ヒトヤの胸が静かにゆっくりと脈打った。

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