第21話 避けた道

 レミナは分かれ道まで到着し、嘆息しながらその通路を睨み付けた。

 来たときは避けた南ルートに残る最後の通路。


「皆聞いて」


 音から近くに敵がいないことを確認し、レミナは明りを点けて床を指し示した。


「私達が入った南ルートはここが最後の通路になるわ。ヒトヤが見つけた血痕から先行したチームがここでロイドバーミンと戦闘になり、遺体が片付けられたと思われるわ。おそらく戦った敵は人車型。車輪の跡から敵は複数いるわね」


 レミナの言うとおり、床にはいくつかの車輪の痕が残っていた。

 その車輪の跡はレミナの記憶では先に確認したときよりも増えていた。

 それを見てレミナはフーシェ達46番の前に来たチームの者だと結論づけた。


「戦略が二つ考えられるわ。一つはここで敵の出現を待つこと。ここは通路に比べて空間が広い。人車型の厄介なのは突進による圧殺よ。横に回り込めるスペースがあれば戦える」

「……デメリットは?」

「この遺跡には小人型もいるってことね。小人型の厄介なところは敏捷性。それと他の通路で見た通り、小人型はかなりの数がいると思うわ。おそらく群れで来るわね。敵の進行方向が前方に限られる通路ならともかく、広い空間で天井や壁のパイプを通る奴らが群れで来れば囲まれ、隊列を崩される。そうなれば犠牲を覚悟しなきゃいけない」

「ちょ、ちょっと待て……」

「最後まで聞いて」


 犠牲が出るという言葉にその犠牲が自分であろうと考えたウジキが挟もうとする発言を、レミナはウジキを視線と言葉で封じる。


「もう一つの戦略はこの通路を進むこと。メリットとデメリットはさっきの逆よ。私はこっちを薦めるわ」

「理由は?」


 ほっとするウジキを横目にヒトヤが確認する。といってもヒトヤはどっちでも従うつもりではあった。

 強さは生き残り、勝つために必要な要素の一つに過ぎない。

 的確な判断の出来ない者は如何に屈強であれ生き残れない。そして的確な判断は正しく必要な情報を手に入れられる能力の持つことで初めて可能となる。

 イクサの教えと、強くなると決意した後ということからヒトヤは情報と力に貪欲になっていた。


「簡単に言うとウェイブライン……フーシェとシャオンがいるからよ。通路を塞ぐ巨体。逆を言えば先頭の一体を潰してしまえば後続は詰まるのは見た通りよ。人車型の腕力があれば先頭のロイドバーミンを退かすのに大した時間はかからないとは思うけど、隙はできる。その隙にカレンの弓で順次人車型は潰せばいい。つまり現状の戦力で勝機が高いのは通路の方ってことよ」

「なるほどな」


 レミナの説明に納得するヒトヤやウジキ達の姿を見て、レミナはまだ言っていないことを言うべきか迷い、ただ考えるに留めた。




 薄暗い道をヒトヤは注意深く進む。

 レミナは通路を進む前に隊列の変更を指示した。

 ヒトヤを前衛に加え、後衛にウジキ達三人を配置した。


 コウキの調子は戻っていない。むしろ顔色は悪化していた。

 勇者の紋章は強力な雷撃を操る代わりに自身のスタミナを著しく消費する。

 その為勇者の力の使い手は、戦場にカンフル剤を持ち込むのだが、勇者の力を隠すことをマナミと約束していたコウキはその薬を持って来ていなかった。

 コウキが回復するためには十分な食事と休養が必要だが、このような場所ではどちらも望めない。


 レミナは勇者の事情など知らなかったが、コウキの顔色を見て完全に現時点では戦力外と判断した。

 分かれ道からの探索はこの通路を残し終えている。後ろから襲われる可能性は低い。そこで同じように戦力外のウジキ達三人とコウキを後ろに回し、護衛としてマナミをつけ、戦力となる者を全て前衛に置いた。


 フーシェとシャオンを先頭にミヤビの後ろにヒトヤを配置し、その後ろをレミナとカレンが続く。


 カレンとしては想定できる前方からの脅威に最大効率の布陣を敷いたつもりだった。そしてその思惑は裏切られた。


「来る……嘘でしょ」


 その音はヒトヤにも聞こえていた。

 小人型の這う音が前方と後方から聞こえる。

 そして前方からは更に人車型の進む音が聞こえた。


 レミナの警告に明りを点けた他のメンバーも顔が引きつる。

 彼等の視界もまた姿を捉えたからだ。


 百を超える小人型が後方から通路と天井と壁のパイプを這って迫ってくる。

 前方からは通路を人車型が走り、その上と横を小人型が固めるように迫ってきた。


「カレン! 上を止めて!」

「了解!」

「後衛は死に物狂いで戦いなさい! フーシェ! シャオン!」

「分かってるよ」

「チッ」

「ミヤビ! ヒトヤ! 小人型を蹴散らして!」


 レミナが発言を躊躇ったケース。それは人車型と小人型の同時攻撃だった。

 更に後方からも小人型の襲来が追加されている。

 襲来に武器を構えるレミナはこの最悪の状況に、既に絶望を感じていた。




 フーシェとシャオンはレミナのかけ声に応え、前方へと突っ込んだ。

 波動転勁を名乗る武道流派の元で格闘術と棍術の修練を積んだ姉弟である彼等は、互いの得手不得手を理解した上で、息の合った動きを見せる。

 まずは先んじて襲い来る小人型をシャオンが棍を旋回させるように振り回し、払い除けた。


 重要なのはこの後間もなく来る人車型を止めること。人車型が一体隊列に突っ込むだけで、隊は全滅すらあり得る。

 頭を破壊し人車型を一台でも止められれば状況は改善されるが、人車型は盾を持っていて前方からの攻撃は受け付けない


 フーシェは素手故敏捷性が高く、また技の破壊力にもシャオンは信を置いていた。

 だからこの戦いはまずフーシェが人車型の後ろに周り込み、先頭の機体を止めることが出来るかどうかが肝になる。


 だからフーシェの進路を拓く為、シャオンは小人型との戦いを引き受けた。

 シャオンの攻撃は打撃故に小人型にトドメを刺すには至らないが、フーシェの邪魔さえさせなければいい。

 後ろに流した小人型はミヤビが薙ぎ払うだろう。

 ニューコードとして怪力を誇るミヤビが繰り出すヒートハルバートは、小人型であれば掠るだけでも破壊できる。


 そしてフーシェもシャオンに応え、人車型を止めることに専念する。

 飛び掛かる小人型の迎撃はシャオンに任せ、全速力で壁に向かって走る。

 パイプを這う小人型をついでに蹴り潰し、その反動で自身の身体を上空へと押し上げ、取った人車型の上空。

 天井のパイプから襲う小人型を回し蹴りで一閃し、落下起動に入った。


「ギギッ」

「な!?」


 ロイドバーミンは人間を知覚すると獣の様に襲ってくる。

 罠など張らず、ただその手に持った武器と身体を使って。

 それが都市では常識だったし、実際そうだとフーシェも体感していた。

 だから、この状況を想定していなかった。


 人車型の背中に捕まっていた小人型。

 人車型を飛び越えて来る相手を待ち構えるような者の存在を、フーシェは一切予想していなかった。


 実際小人型は待ち構えようとそこにいたわけではない。

 先行した部隊が小人型を迎撃したことで、やはり警戒態勢に入ったシステムが人車型の装備換装を要請した。換装作業に動いた小人型が、更にその前の先行部隊に迎撃されて負傷した小人型だったというだけだ。

 負傷した小人型は作業をしくじり、換装した人車型のバックパックに足を挾んで縫い付けられていただけだった。


 だがそんな事情をフーシェは知らない。

 それ故にフーシェの動きは遅れた。なんとかそれでもその小人型に標的を変え、蹴りを放つ。


 放たれた蹴りは見事に小人型の頭部を砕いたが、本来その一撃は人車型に向けられるもの。小人型の挟まっていたバックパックに着地し、再度人車型を狙って放たれた一泊遅れの蹴りを許してくれるほど、敵も遅くはない。


 フーシェの蹴りが届く前に、人車型が持っていたランスで撃ち落とすようにフーシェを迎撃する。


「カハッ!?」

「フーシェ!」


 刃のないランスの一撃ではあるがその重さは人を殺すのに充分だった。

 修練を積んだフーシェは反射的に防御姿勢を取り、その力の何割を受け流したが、それでも全ての力は受け流せずに、地面に叩き付けられた。

 フーシェは受け身を取り、ダメージは最小限に留めたものの、シャオンの後ろまで吹き飛ばされた打撃のダメージは深刻だ。直ぐに立ち上がった足は膝からがくんと崩れた。


 となればこの隊の生きる道はあと一つ。

 シャオンが何とか小人型をかいくぐり、人車型を迎撃するしかない。


 シャオンは視界の隅に捉えたフーシェの様子に素早くそう判断し、走りだろうとしたが、その足を止めるようにシャオンの棍が引っ張られた。

 叩き落とされた弟に気をとられた一瞬の隙。


 その間にシャオンの棍の先端を小人型が掴んでいた。

 意識外から加えられた力に足踏みした一瞬の間。


 そこに小人型が一斉に飛び掛かる。


「舐めるな!」


 シャオンは直ぐに棍を手放して跳躍すると、飛び掛かる小人型を旋風脚で打ち払う。着地と同時に棍を拾い上げ、今一度人車型に駆け出そうとした進めた足は、しかし間を置かずに飛び掛かる小人型に阻まれた。


 このままでは敗れる。

 そして最初に死ぬのは誰よりも前に出ている自分だ。

 もう人車型との距離はそう遠くない。


 自らの死を覚悟したシャオン。

 そのシャオンの視界の端から高速の人影が人車型に向かって飛びだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る