第19話 勇者の力

(なんだ、あの化物……)


 ヒトヤは足を止め、コウキの戦いを見ていた。

 他のメンバーも唖然としながらコウキの戦い振りに見取れていた。


 警部用の装備で身を固めた人車型のロイドバーミン、その数十体。


 カレンの矢すら弾いた盾を前方に構えて突撃する正に戦車と言えるその敵。敵を避ける隙間もない通路でその戦車に追いかけられるという、本来は絶望的な状況をコウキが一人で覆す。


 雷撃の前に盾は意味を成さない。

 先頭のロイドバーミンはコウキから放たれた雷撃に全身を焼かれ、全身から煙をいた。慣性でまだ前進を続けるロイドバーミンが止めるのをコウキは待つこともない。

 地を走る足を通路の壁にかけ、そのまま地面と水平に走ることで、ロイドバーミンの塞いでいる道を簡単に突破し、後続のロイドバーミンへと躍りかかった。




 勇者の紋章。

 それを所持する者に与える雷光を操る力と、その雷光に耐え得る対電撃耐性。

 その二つの特性から、勇者の紋章持ちは雷撃を放ち、また自らの肉体に電流流すことで肉体を加速させる。


 ロイドバーミンが何故脅威か? それは中身が機械であるロイドバーミンの身体能力が人間より高い故。腕を切り落とされても構わず襲い来る性質故だ。

 だがそんなロイドバーミンにも弱点はある。

 中身が機械故に強力な電流で回路を焼き切れば、簡単にその動きを止めてしまう。

 騎士団に放電玉が支給されているのもその為だ。


 言わばロイドバーミンの天敵の様な紋章。

 現在確認される五種の紋章の中で、最も特攻能力に長けた紋章こそが、コウキの発言した勇者の紋章だった。


 雷撃は人間にも致命の一撃を与えかねない。

 故に勇者は数多のロイドバーミンを前にその力を解放するとき、独りで戦う事を余儀なくされる。いや、数多の敵を前に孤独に立ち向かうからこそ、その紋章は勇者の名を冠するのだ。




 壁を蹴り、跳躍したコウキは第二のロイドバーミンを剣で突き刺す。帯電した刃で刺されたロイドバーミンは、その雷光に内部を焼かれ動きを止める。

 そしてすぐに後続の敵へと飛び掛かる。

 シールドを構える者、ランスで撃ち落とそうとする者には雷撃を放ち、コウキに反応できぬ者には容赦なく刃を叩き付け、内部から焼き落とす。


 瞬く間に撃ち倒された脅威であるはずの人車型ロイドバーミン達がコウキの手によって焼かれ、物言わぬ遺物へと変ずるまでに、そう時間は要しなかった。




「な……」


 コウキの戦いが終わっても、ヒトヤ達はただ呆然とロイドバーミンを眺めていた。絶対的な紋章持ちの力を前にして、言葉を最初に発したのはウジキだった。


「……なんで……」


 腰が抜けたのか白餅をついて、ただぱくぱくと口を動かすウジキの声に、レミナが我に返った。

 レミナはこれ以上ウジキに離させてはいけないと直感的に感じていた。

 そしてウジキの言葉を妨げる言い訳が都合良くというべきか訪れていた。


「静かに! まだ終わってない!」


 カサカサと天井と、壁からまたも小人型の這う音が聞こえてきたのだ。


「コウキ! 聞こえる!?」

「おお!」

「小人型が来るわ! 隊列に戻って!」

「分かった!」


 雷光をまとい、自らの手で撃ち倒したロイドバーミンの遺体を飛び越えたコウキは隊列に戻る為に走るときにはその雷光を消した。

 チームを巻き込まないためか? ミヤビの後ろに移動し、首を傾げるヒトヤの疑問は直ぐにレミナの言葉で解かれた。


「コウキは後ろに下がって。さっきの能力、相当にスタミナを消耗するはずよ」


 強力な雷撃を生み出すエネルギー源。それは当然コウキだ。

 勇者の力はコウキの持久力と引き替えに生み出される。その為、戦場で戦いの最中に力尽き、呆気なく倒れる者もいるという。

 死を覚悟して力を解き放つ。それもまたこの紋章が勇者の紋章と呼ばれる所以でもあった。


「前方はミヤビ。その後ろをヒトヤとマナミでカバーして。漏れても私がなんとかする。コウキはちゃんと守るから安心して頂戴」

「え? あ、はい」


 マナミに笑いかけるようにそう言いながら自身の後ろにコウキと戻って来たウジキを下げる。


「カレン。天井の奴らを足止めした後は後方警戒をお願い」

「了解」


 先の戦いでも機能した隊列だ。

 ヒトヤはレミナの指示は的確だと判断し、疑問を持たなかった。


「じゃあ、レミナの迎撃が間に合うように少し距離をとろっか」


 レミナの目的を汲んだミヤビが前進する。

 ヒトヤとマナミもミヤビに続いた。


 またも向かい来る百以上の小人型ロイドバーミン。

 ミヤビは先の戦いでヒトヤの戦闘能力にある程度の信を置いていた。だからヒトヤに小人型であればある程度的を回しても問題ないと判断していた。

 だからヒトヤに戦いに集中させて、レミナの会話を聞かせない為にミヤビは意識して、重点的にマナミ側のロイドバーミンを倒した。




「騎士が人形狩りにどう思われているかは分かっているわよね?」

「……ああ」

「コウキは貴方を助けるために独り奴らに踏み込んだのよ」

「……」

「その恩に報いる気があるなら、余計な事は言わないで。もし聞けないというなら、私も考えがあるわ。はっきり言うけど貴方の命は二の次。私が責を負うべきはあくまで18番のチームの命だけよ」

「分かった! ……分かった。何も言わねえ」

「結構よ」


 紋章使い。都市に住む彼等はその殆どが騎士に属する。

 紋章使いにとって騎士は転職であるからというのもあるが、都市がそれを共用している事が一番の理由だ。

 コウキは紋章が発現したのが騎士に入った後であったから、自分から入団したという経歴になっているが、仮にコウキが騎士を志望していなくとも、コウキの進む道は決まっていた。


 強力な紋章使いの力。それを都市が放置するわけがない。

 だから紋章使いであると言うことは即ち騎士であるということ。


 都市で過ごしているなら皆知っていることだ。


 ウジキは先ほど言おうとした言葉は、小人型が現われなければこう続くはずだったとレミナは予想した。


「なんで……紋章使いがいるんだ? 騎士が遺跡に来るのはこの依頼の後じゃないのか?」


 或いは


「なんで……そんな力があるなら、なんでカジを助けなかった!? 所詮騎士にとって人形狩りは使い捨てかよ!」


 実際どうだったかは別として、少なくともその口から騎士という言葉が漏れ出たはずだ。

 だからレミナはウジキを黙らせるために、戦いの間にウジキを脅す為に隊列を変更したのだった。






 小人型との戦いを終え、進んだ先に広がる巨大な空間にヒトヤ達は辿り着いた。

 そこは人車型ロイドバーミンが装備を換装した場所だ。


『部外者ノ侵入ヲ確認』


 突如鳴り響く何者かの声にヒトヤ達が身構える。


『部外者ノ侵入ヲ確認。工事用ロイドノ業務遂行ヲ要請……却下。第七エリア配属ノチャリオットニ通信不能発生。ミゼットニ確認ヲ要請……却下。通信不能。異常事態ト判断。管理者ニ緊急通信。通信不能。防犯対策マニュアルニ従イ、第七エリアノシステムヲロック……正常ニ終了。シャットダウン』


 キュウンと独特な音と共に広場の光源が落ちる。


「なんだ?」

「少なくともこの場所の安全は確保できたってことね」

「……そうなのか?」

「ええ」

「そうか」


 もう敵はいない。そう証明するようにレミナは明りを点けて周囲を見渡す。

 他のメンバーもレミナに習うように明りを点けた。


 少なくともヒトヤが見たこともない前時代の機械が壁に並ぶ。


「全部これ騎士に持って行かれるのか……」

「仕方ないわね。まあ、持ち帰れる量でもないし、今回は報酬三十万ゼラと討伐報酬で我慢しましょう? 割に合ってるとは思えないけど」


 残念そうな顔でやはり周囲を見渡すミヤビに苦笑を返しながら、レミナは素早く見つけた6番チームの遺品の元に足を進めた。


「んー……新しいマップの情報はなしか……まあ、そうよね」


 遺品の端末と自身の端末を接続し、マップ情報を合わせたついで、6番チームが自分達の進んだ道以外のマップ情報を持っていないか僅かな期待をしつつレミナは確認した。が、レミナのマップに新しい情報の追加はなかった。


 階段以降、自分達が通った道は一本道だった。ウジキ達が同様の通路を先行したチームであるなら当然追加の情報などあり得ない。

 ため息を吐きながら、端末の置かれていた場所に、六番チームの遺品が他にも残っているのを見てレミナはその内の一つを手にした。


「ヒトヤ」

「ん? おお」


 レミナから投げ渡されたそれをヒトヤは慌ててキャッチする。


「前時代の遺物以外は持ち出しちゃいけない、なんて言われてないわ。持ってなさい」

「ああ、確かに。ありがとう」


 6番チームの遺品、ヒトヤが所持していなかった光源だ。

 ただで良いものが手に入ったと喜ぶヒトヤの姿に微笑みながらレミナはチームに次の指示をかける。


「さて、ここで休憩をとったら分かれ道まで戻りましょうか。どうやらここ、まだ建設中の施設だったみたいね。まだ完成してないならこの遺跡はそう広くないのかもしれない。他の隊と合流してマップ情報が埋まれば帰還できるわ」

「建設中? そんなことも分かるのか?」

「ええ。例えばここ、壁がまだ完成していないでしょ? それにさっき工事用ロイドって言ってたしね。通路が入り組んでいたのに一本道だったのも、まだ分かれ道となる通路の工事ができていなかったから、と考えれば自然よ。つまりこの施設は工事中だった。つまり建設中だったってわけ」

「……なるほど」


 百聞は一見にしかず。イクサから教わって抜けた知識もこうして目にしながら教われば頭に嫌でも入ってくる。

 ヒトヤは知識を吸収できていることが実感できて嬉しくなった。




 全員軽く食事をとり、見張りを立てながら順次軽く仮眠をとって体力回復に努める。


 仮眠から目が覚めても少し顔色の悪いコウキを見て、レミナはその様子からもうコウキにあの力を使わせるべきではないと判断した。

 

「……じゃあ出発よ」


 調子が悪いからといつまでもここにはいられない。

 ヒトヤ達18番チームとウジキは地下に広がる広場を後にした。

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