第18話 ロイドバーミンの武器

 先の戦いで遺跡にロイドバーミンが多数存在することが判明したことで、レミナは再度隊列の変更を指示した。


 まだ分かれ道で見た痕から後方への危惧はあったが、そろそろ後続のチームが同じルートに入っていてもおかしくない時間だ。ならば後方より前方への警戒に集中すべきだと、ミヤビとヒトヤの配置を交代させた。

 また案内役として隊列の再前方におり、進むのが嫌なのか止っては振り返りを繰り返すウジキがもしもの行動をとった時、確実に対処できる者をウジキの後ろに配置する意味もあった。


「なあ、ちょっといいか?」

「なに、ヒトヤ?」


 隊列の変更によりレミナが自分の近くに来た為、ついでに気になることを聞いてみようとヒトヤはレミナに声をかけた。


「ロイドバーミンに武器を持ってる奴と持っていない奴がいただろ? 違いってなんなんだ?」

「厳密にはあれは武器じゃないわ。多分工具ね」

「工具? 金槌とか鋸とかのあの工具か?」

「そう。それよ」


 工具というのは用途上材質的に丈夫で無ければならず、鋭利なものも多い。よって大体のものが武器になる。整備の任を任されたロイドバーミンが工具を手にしているのは何も不自然なことではない。

 ロイドバーミンは人を見ると獣のように襲ってくる。わざわざ武器になるものを拾って探すようなことはしない。だが、最初から所持しているものを捨てる様なこともしない。凶器として活用してくる。


「なんであんな短くて武器として役に立たないものを持っているのかと思ったけど、そういうことか」

「そう。だからさっきの戦いは運が良かったと言って良いわね」

「……あんな数に襲われたのにか?」

「ええ」


 先ほどの戦いは小人型のロイドバーミンが小さな武器を振り回していたから戦えた。リーチという戦いの優劣を決める大きな要素の一つでこちら側に分があったから、少数対多数という不利な局面をひっくり返すことが出来た。


「仮に奴らが軍事用……は流石にないか。そうね、警備用の武器なんかを持っていたらあんな風には行かなかったと思うわ」

「警備用の武器……?」

「ええ。工具みたいに武器としても使えるものじゃなく、敵を倒すことに特化して考えられた前世界の武器。リーチも威力もさっきの奴らが持っていたものとは比べものにならないわ」

「もし、そんな武器をもった奴が現われたら?」

「あの数で皆がそんなもの持ってたら……諦めるしかないわね」

「……そうか」


 ヒトヤはここで死ぬわけにはいかない。だから、その様な者達と会敵しないことを切に願った。




「レミナ」

「うん?」

「道が入り組んできました」

「ええ、分かってるわ……」

「どうします?」

「……引き返すわけにはいかないわ」

「……そうですね」


 レミナが予測したもう一種。それは人車型であった。

 先日騎士を襲撃したとされ、既にこの遺跡に存在を確認されたロイドバーミン。


 人車型の厄介なのはその装甲と重量だ。


 建築や土木工事、運搬に特化して開発された人車型は、資材の落下などの事故に耐えられるよう硬い装甲で身体を守られていて、さらに持ち上げ作業に耐えられるよう、敢えてその身体には数トンという錘が埋め込まれている。

 その超重量を動かすため、下半身が足ではなく大きな車輪が組み込まれている。

 車輪であるが故に段差に弱いが、それをカバーできる太い腕を備え、スピードこそ遅いもの高低差を乗り越えてくる。


 力は重量とスピードだ。この人車型のロイドバーミンの車輪走行時の速度は、人間の走行速度を凌駕する。故に横に避けて回避できるスペースがあるならまだしも、このような狭い通路で突撃されればそれだけで危険だ。轢き潰されて死ぬ未来が待っている。


 このような場所で人車型との会敵時に、取るべき戦法は二つ。

 遠距離から急所を潰し、足を止めること。もしくは、退避。

 だが先ほども述べたように人車型アンドロイドの走行速度は人に勝る。

 つまり早期発見が条件だった。

 しかし道が入り組んでいると言うことは前方が見えないと言うこと。

 即ち、視力による発見は難しい。


 となれば頼みの綱はレミナの聴覚だ。

 カレンはそう考えレミナに警告する意味で、現状を口にした。


 このチームで遠距離攻撃手段を持つのはカレンだけだ。

 レミナが索敵に遅れれば、自身の矢が外れれば、このチームは全滅すると。


 レミナはカレンの意思を正確に汲み取り、強化された聴覚の全てを索敵へと集中させる。

 そして、カレンとの会話を終えた数瞬後、レミナの耳はその音を複数捉えた。


「来るわ! 備えて! カレン!」

「了解!」


 カレンはレミナに従いすぐに弓を構え、矢をつがえた。


 機械弓スナイプレンジ。

 弓の持ち手には銃の様なトリガーがある。

 弓の両端にあるコンパウンドボウの滑車のような装置には、高速モーターが組み込まれていて、トリガーを引くと拘束で弦を巻き取り、矢を加速する。それと同時に弓の中央にある二本のレールに電流が流れ、生じた電磁力が金属の鏃を更に加速させる。


 この二段加速により超高速で打ち込まれる矢が、先の戦いでパイプごとロイドバーミンを貫いた矢の正体だ。


 ギミックが複雑なため連射や速射には向かず、また少しでもタイミングを間違えればあられもない方向に矢が飛ぶ弓ではあるが、カレンはその弱点を磨き抜いた技能と強化された触覚による精密動作で克服した。


 通路の曲がり角から最初の人車型ロイドバーミンが姿を現した瞬間に、頭を撃ち抜く。

 そう決めて構えたカレンは矢を放ち、その表情を凍りつかせた。


 カレンが矢を放った瞬間、現われたロイドバーミンが持つ巨大な盾にがロイドバーミン頭を隠し、カレンの矢は盾によって弾かれた。


(警備用装備!?)


 一瞬で事態に気付いたレミナが全員に後退を指示する。


「全員退避!」


 道が入り組んでいるということは、視界が阻まれるというデメリットに反し、人車型の速度が落ちるというメリットもある。


 ここで全滅しては意味がない。

 ならば退避とレミナは即時決断した。


 その指示を聞くやヒトヤを先頭に全速力で逃走を開始した18番チームの後方を、片手に盾を、片手に閉じた傘を連想させるランスのような武器を持った戦車が追いかける。

 その後ろから同じ装備をまとった戦車が一台、また一台と姿を現す。


(間に合って)


 この状況でヒトヤ達の生き残る道は一つ。

 階段まで引き返し、上方から敵を撃つしかない。

 カレンの矢が弾かれた事実から、前方からの攻撃でこの敵を止めることは不可能だ。


 階段まで逃げ切ればこの状況を乗り越えられるチャンスがある。

 だが間に合わなければ死ぬ。


 そしてレミナは前者の可能性が余りに小さいことに気付いていた。

 計算高い自分の脳が告げる。

 このままでは階段までにある長い直進通路で追いつかれると。

 人車型ロイドバーミンの走力を超えるのは屈強な人形狩りといえども、その身が人間である限り不可能なことだ。

 まして屈強でもない者は尚更だ。


「ま……待って……くれ……」


 怪我による出血、疲労、或いはそもそもが弱者たる者。

 チームの隊列が後退により百八十度向きを変えたことで、最後方を走るウジキは少しずつチームから距離を離されていった。

 離された分だけロイドバーミンとの距離は詰まっていく。


「た……たす……け……」


 その姿を後ろ目にコウキが見ていた。


 コウキはマナミが好きだった。

 マナミが騎士団に入ると決意したとき、コウキもマナミを守る為にすぐに騎士団に志望を出した。

 初めての戦い。発現した才能と紋章。コウキは今や現所属隊のエースとまで言われているが、コウキの心は変わっていない。

 マナミを守る。その為にコウキは剣を振るう。


 カジが死んだときマナミはそれを割り切れず、レミナに食ってかかろうとした。

 しかし冷静な部分がそれは間違いだと告げ、マナミは引き下がった。

 あの時マナミは心に傷を追ったはずだ。

 そしてウジキが死ねばその心に更なる深い傷を刻むだろう。


 コウキはマナミを盗み見る。

 今にもウジキの手を引っ張るために引き返しそうな表情でマナミは自分の後方を視ていた。勿論その手は届かない。

 ミヤビが止めるはずだ。

 届いたところでマナミが無駄に死ぬだけだ。

 いや、ミヤビを巻き込み、更に酷い結果に陥るだろう。


 コウキは決断した。

 人形狩りとなるにあたって、マナミと約束した禁を破る決断を。




「コウキ君!」


 突如足を止めたコウキにミヤビが手を伸す。

 無理矢理にでも引き摺っていくつもりで伸した手は、しかし空を走る電流により妨げられた。


「いってくれ。近くにいられると全力で暴れられない」

「何をいってるの!?」

「コウキ!?」

「奴は俺がなんとかする」


 コウキはそう告げると全身に雷光を纏い始めた。

 剣を抜き、目の前に掲げ、誰にともなく静かに告げる。


「俺は勇者……見せてやる。ライトニングスピード勇者の力を」


 そういってその場を駆けたコウキの姿はミヤビの視界から一瞬で消えた。


「な!?」


 雷光と残像を残し、駆けるコウキはウジキの横を抜け瞬時にロイドバーミンの元へと辿り着く。


「っらあ! 唸れよ! 雷音咆哮ハウリングレオ!」


 猛りと共にロイドバーミンに向けてかざされた雷光が纏うコウキの手。

 そこから放たれた強烈な雷撃がロイドバーミンに直撃した。

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