第17話 ミゼット

 地下遺跡。そこはかつては誰かの意思で建造され、アンドロイドの手によって整備されていた。言い換えれば、今生きているロイドバーミンはかつてこの施設の整備のためにここに配備されたということだ。


 複数種あるアンドロイド。当然施設の整備には整備に適した形態が採用される。

 パイプの這う狭い通路。そんな場所に採用されるアンドロイドは狭い場所でも整備作業が出来る小型のものであるのは当然であろう。


 カジに飛び掛かかったロイドバーミンを逆袈裟に斬り上げたヒトヤが息つく暇もなく、レミナの指示が通路に反響する。


「敵は複数いるわ! 気を抜かないで!」


 レミナに言われずともヒトヤの耳と目は、その複数と括るには多すぎる音と姿を捉えていた。


 見つかったならば光源を消しても無駄と、光源を点灯させたレミナに他のメンバーも続くように自分の光源を点灯する。

 ヒトヤは光源を持っていなかったが、六人が照らせば通路は充分明るくなった。 


 そのことでヒトヤの見ていた者は他の者の目にも明らかになった。

 通路を、天井と壁のパイプを、カサカサと這うように向かい来る小人型のロイドバーミン。通路を埋め尽くすその数は、優に百を超えていた。


「ギギァッ!」

「あぁああガエッ!?」


 二体目の小人型ロイドバーミンが今度はウジキに飛び掛かる。

 怯え、腰の退けたウジキをヒトヤは蹴り飛ばして、ロイドバーミンの落下点から逸らすことで救い、同時にそのロイドバーミンを斬り飛ばす。

 ロイドバーミンはヒトヤの切れ味の良くない刃を顔面にめり込ませ、破壊されながら吹き飛んだ。


(軽いな)


 更に続くロイドバーミンに備え構えるヒトヤ。


「はぁあっ!」

「っらあっ!」


 続けざまに飛び掛かるロイドバーミンを、ヒトヤに並ぶ様にマナミとコウキが前進して剣で斬り飛ばした。

 レミナはその三人の動きを見て戦力として十分と判断した。


「ミヤビ! 前衛へ! カレン! 上の敵を撃ち落として!」

「オッケイ! っよいしょぉおお!」


 レミナの指示よりも早く、殿を務めていたミヤビは前進し、ヒトヤを追い抜いてロイドバーミンを薙ぎ払う。

 横薙の一撃で複数のロイドバーミンを破壊し、破壊されたロイドバーミンが壁となって、後続の進行を僅かに遅らせた。


 カレンがパイプ越しに矢を放つ。矢はパイプを突き破り、ロイドバーミンを天井へと貼り付けた。これにより天井から来るロイドバーミンはやはり後続が足止めされた。天井を這うパイプの全てに素早く矢を打ち込み、その全てで同様の事態を引き起こした。

 天井を這うロイドバーミンはパイプを進めず、通路へと降りることになった。


 ミヤビとカレンがつくった僅かな時間を使い、さらにレミナが指示を飛ばす。


「武器を持っているものを優先して! 小人型は素早いけれど、力自体は大したことないわ! 素手の連中は纏わり付かれなければ大した脅威じゃない!」


 レミナの指示を受け、ヒトヤは先ほど感じた軽さに「道理で」と納得しながら瞬時にロイドバーミンを観察した。

 確かに武器を持つ者と持たない者が存在する。

 さらに小人の持つ武器はどれもが短い。


 ロイドバーミンは人を見るとただ襲ってくる。まるで知能を失い、獣にでも変わったかのように。

 通路を進んでくるロイドバーミンは愚直に前進し、嵐のように振り回されるミヤビの戦斧に短い手が届かずただ巻き込まれて破壊されていく。そしてその身体で後続を足止めしている。

 壁のパイプを来るロイドバーミンは、ミヤビの戦斧を逃れ通る者もあったが、ヒトヤとコウキの剣の餌食となった。

 そこを抜けた少数のロイドバーミンもレミナの機械杖、スタンロッドとマナミの剣で破壊された。

 カレンはミヤビに変わって後方の警戒に努めているが、現状矢を射るべき相手はいない。


 小人型の本当の恐怖は分かれ道で囲まれた時や、排気口などがある場所で不意打ちを受けた時に訪れる。

 上から、横からと縦横無尽に襲い来る多数の敵に隊列はさしたる意味を持たない。隊列の中に入り込まれ、分断され、数の暴力に打ち崩される。それが小人型を前にした時の脅威だ。


(今回は会敵した場所がよかった)


 前から狭い通路をただ前進する小人の群れならミヤビがいれば薙ぎ払える。

 この状況ならヒトヤ達がいなくとも、アマゾンスイート三人で対処できただろう。

 

 ひとまず自身で思い描いた最悪の事態にならなかったことをレミナは安堵した。

 まだまだロイドバーミンはいるが、このまま隊列を維持できていれば殲滅まで時間の問題だ。被害は一名出たが、そもそも盾として同行させた者。損失は想定内。

 レミナは最初から18番チーム以外の人間の命を切り捨てていた。

 非道とも言えるこの判断は、しかしながら人形狩りのチームをまとめるリーダーに必須ともいえるものだった。

 

(向こうはそうは思わないでしょうけどね)


 ウジキはカジにの死体に覆い被さり、皆が戦う中でただ泣いていた。


「カジ……カジィ……」


 友人の死を悲しむ気持ちは分かる。友人を庇い死す者をレミナは笑いはしない。

 だが、自分の損と友人の命を比べたときに自分の損を優先するくせに、友人が死ぬと泣き叫ぶ。その様な中途半端な情は邪魔なだけだ。


 今ウジキはカジの死を心から悲しんでいるのだろうか。カジの死を言い訳に戦わない自分を正当化していないだろうか。

 そしてそういう者が戦いの後どのような行動を取るか。想像し、レミナはため息を吐いた。






「どうして……どうしてだ!? お前達みたいに実力があるなら、カジを守れたはずだ! どうして見捨てた!? カジは……カジはどうして死ななきゃ行けなかったんだ!?」

「話はそれだけ?」

「それだけだって? お前らガフッ!?」


 戦いが終わった後ウジキがとった予想通りの行動に呆れながら、レミナはウジキにこれ以上会話も許さぬ為に頬を殴り飛ばした。


「あんた、勘違いしてんじゃないわよ? 私はあんたを助けるために連れてきてるんじゃないの」

「……ひぐっ……」

「インジャーリカバーの条件を忘れたとはいわせないわ。ここで殺されるかさっさと私達を案内するか選びなさい」

「……うっ……うっ……」

「泣き終わるのを待つ気はないわ。三秒以内に動き出さないなら、それが答えとみなすわ」

「……ちくしょう」


 項垂れながらカジの死体をすぐに置いて動き出したウジキ。

 

「あの……」

「なに、マナミ?」

「……いえ」


 マナミはウジキに同情する視線を送り、何か言いかけるも言葉を飲み込んだ。

 その様子を見て、レミナはやはりウジキ達を連れてきたのは失敗だったのかと自問した。

 純粋な少年少女の目にはきっと自分の行動は随分非道に映っていることだろう。


「大丈夫か、マナミ」

「ええ」

「辛かったら言えよ。マナミは俺が守るから」

「コウキ。大丈夫……大丈夫だから」

「……そうか」


 マナミを心配し、声をかけるコウキを見て、マナミの心をボーイフレンドが癒やしてくれることをレミナは願う。そして気にしなければいけないもう一人の少年。

 ふとレミナがヒトヤに視線を移すとヒトヤがじっと見ていた。


(ヒトヤも……まあ、そうよね)


 目的は分からないが騎士すら手にかけた少年は、やはり責めるような視線を向けていた。仲間と他人の命の価値は違う。そして形はどうあれチームに合流したウジキをどう見るか、回復役を渡したレミナ達と他のメンバーに相違が出るのは当然かもしれない。ヒトヤがレミナの行動を理解してくれないならばこのチームは真っ二つに割れる可能性がある。レミナは不安を感じながらヒトヤと視線をしっかりと合わせた。


「なあ……」

「……なに、ヒトヤ?」

「俺、アイツを助けない方が良かったか?」


 その言葉にレミナは先ほどまでの不安が吹き飛んだ。

 ヒトヤはレミナの行動を理解していた。そして、自分が蹴って助けたことがレミナの負担になったかと、余計な事をしてしまったのかと自分を責めていたのだ。


 ヒトヤに先の戦いでレミナはこの依頼でいなくてはならない司令塔と考えていた。その司令塔が負担で機能しなくなるようであれば、自分の命にも関わる。だから足を引っ張ってはならない。

 そう考えるヒトヤの思考はある意味レミナより非情だ。ヒトヤにとってレミナもまた役に立つ他人でしかなかった。ヒトヤが自分を責めるのは自分の命を繋ぐ為。


 だがレミナはヒトヤの言葉が自分への気遣いの様に聞こえた。


「気にしないで」

「あ、そう……って頭を撫でるな」

「ふふっ、そう怒んないで」


 つい子供にそうするようにレミナは笑顔でヒトヤの頭を撫で繰り回した。

 ヒトヤは文句を言いながらも僅かに顔を赤らめ、成されるがままでいた。

 ヒトヤにとって頭を撫でられるなどイヨナ以外にされた経験などなかった。

 褒められるようなことをした覚えもないのに他人に頭を撫でられている状況に、どうして良いのか解らず戸惑うヒトヤに、レミナは表情とは裏腹にやはり非情な判断を告げる。


「大丈夫。というか危険なのはおそらくこれからよ。むしろ盾は多い方がいいわ。今回一枚失った方がむしろ痛手ね」

「そうか。ならよかった」


 少しほっとした顔で自分の位置に戻るヒトヤをマナミは複雑な気持ちで見つめていた。


 死地に生きる者達の感情は他人の命に鈍化する。

 それで良いのだ。仲間の死にさえ鈍化しなければ。

 他者の死を冷静に受け止められる者だけが、死地で生きる切符を手にすることが出来るのだから。

 自身の守りたい者を忘れてはならない。自身の命をかける相手は誰か忘れてはならない。


 騎士団でそう教えられた。騎士でありながらマナミ自身がまだ得られぬ戦場を生業とする者の心構えを、目の前の同年代の騎士でもない少年は既に備えている。

 それが騎士として力不足を感じ、自信を持てなかったマナミには少しだけ妬ましく、そして輝かしく見えた。





 ヒトヤ達の通る通路。

 入り組んだその通路の先に、そこはあった。


『整備用ロイド、ミゼットノ多数破損ヲ施設内数箇所デ確認。人的被害ニヨルモノト判断。工事用ロイド、チャリオットヲ警備用ニ換装シマス』


 遺跡の内部のスピーカーがアナウンスを告げる。

 そのスピーカーの下にある装置にはガラスの様な大きな水槽に、赤い液体と挽肉の様な物体が備え付けられていた。

 そしてその水槽に小人型のロイドバーミンが協力して、物体を投げ込む。

 それは人間だった。

 ウジキと組んでいた6番のチームの人形狩り。


 人形狩りの装備は剥がされ、廃棄物入れ様のボックスに投げ込まれていた。


『警備用ユニットノエネルギー残量微少。チャージ。予備電源ヲ主電源ニ切リ替エテ下サイ。予備電源ヲ主電源ニ切リ替エテ下サイ……臨時エネルギーチャージャーヘノ燃料投入ヲ確認。チャージヲ開始シマス』

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