第16話 厄介な小者
分かれ道から進んだ先、ヒトヤ達は下りの階段に行き当たった。
その随分手前から、ヒトヤとレミナの耳はその声を捉えていた。
「……ぁあ゛ぁあ! ……いっ
「我慢しろ! 静かにするんだ。奴らに気付かれるぞ。ほら、鎮痛剤だ。飲め……クソッ。後続はまだ来ないのか」
どう考えても厄介事が待ち構えているであろう状況にヒトヤは足を止めた。
「レミナ。進む、でいいんだよな?」
「……ええ。気は進まないけど。マッピングをここで止めて引き返すと後で何を言われるか分からないわ」
マッピングを進め、他チームと合流した時はマッピングデータを合わせる。遺跡に潜る前に騎士から指示されたことだ。
遺跡全体の地図を完成させ、それをその後踏み込む騎士達が利用する。表向きはそういう任務だ。
下から聞こえる声の主がマッピング情報を持っている可能性がある以上、任務としては合流しなければならない。ここまでのマップは端末に自動で構成されているから、仮にここで引き返せば、そのマッピング情報から何故引き返したのかを調査され、騎士団に任務を捨てて引き返したことが判明してしまう。
負傷者がいると言うことは当然ロイドバーミンとの交戦リスクがあるわけだが、そのリスクと比べても前者のリスクは避けるべきものだ。
レミナは本当ならばこのチームでの戦闘リスクは避けたかったが、それでも行かざるを得ないと判断した。
「了解」
レミナの様子からヒトヤはレミナにも階段からの声は聞こえていると理解した。その上で、進むとレミナが決めたのならヒトヤに言うべき事はなかった。
階段を下り、踊り場で声の主達が姿を見せた。
「おお! 後続部隊か」
脇腹と頭部に巻き付けられた布から血を滲ませた男が壁に寄りかかり、その横で、もう一人の男が治療していたのか座り込んでいる。その男も腕を負傷したらしく、布を巻き付けた片腕をだらんと垂らし、その腕をもう片方の腕で押さえていた。
「頼む! コイツを地上に運ぶのを手伝ってくれないか?」
「……ったく、しょうが--」
「それはできないわ」
「え!?」
当然受けると思い込んだコウキは男に近づいたのだが、レミナがそれを拒否したことで動きを止めた。
「何故だ?」
同意を示すように頷くコウキを無視して、レミナは男に目線を合わせた。
「ああ、金か? 悪いが今持ち合わせがないんだ。後で都合するから、金額交渉は後にして今はまず救援を優先してくれないか? このままじゃカジが死んじまう!」
「生憎お金の問題じゃないわ。仲間を助けたいなら自分で担いで帰還しなさい」
「……じゃあ何だ!? 俺は腕を負傷して担いでいけないんだよ!」
「静かにして。騒ぐとロイドバーミンが勘付くかもしれないわよ?」
「ぬ……」
興奮状態の人間も荒げていた声を抑えれば冷静になることがある。レミナはそれも期待して、男に静かにするよう指示した。
男もレミナのいうことに反論の余地はなく、言葉を飲み込んだ。
「この依頼内容は頭に入っているわよね? 途中離脱は認めない。帰還を許されるのはマップが埋まったときか、一週間経ってから。つまりどんな怪我を負おうが離脱は認められていないの。私達は騎士団に喧嘩を売る気も、他人の為に罰則を受ける気もないわ。だからアナタの希望には応えられない。理解して貰えたかしら?」
ヒトヤはレミナの話を聞いてそういうことかと納得した。
野垂れ死んだ人の屍が落ちているのが当たり前の廃棄地区に染まり、また他人の命をその手にかけた経験を持つヒトヤは、他人の命に鈍感になっていた。同時に他者への情も薄くなった。だから男達の声が聞こえたとき面倒だと思っただけで、レミナのような理屈があって階段を下りることを躊躇したわけではなかった。
コウキもレミナの意見を聞いて、渋々納得した。コウキは騎士として人形狩りをどこか見下す態度をとってはいるが、決して薄情な人間ではない。助けを求める声には応えたいという気持ちもあったが、それ以上に本来の騎士という立場が、この依頼を優先させた。
マナミも同情する表情は見せていたが、レミナの言うことが正論で、かつレミナに従うと約束していたこともあり、男に手を差し伸べようとはしなかった。
「それじゃあ……ここで死ねって言うのか」
一方見捨てられそうな男は理屈が正しいからとて納得は出来ない。
食い下がろうとする男にレミナはあくまで冷静に告げる。
「いいえ。そこまではいかないわ。あんまり言いたくないんだけど、インジャーリカバーがあるの」
「レミナ?」
「何!? 本当か!?」
血を止め、短時間で傷を治す回復薬がある。
前時代の遺物から精製される貴重な薬だ。
材料手配の困難さから高値がつくその薬は、殆どを騎士団が買い付けている。
だが人形狩りも手に入れられないわけではない。
タマキのような民営の薬屋に材料と報酬を渡せば、手に入れることは可能だ。
とある経緯でレミナは幾つかそれらを所持していた。
本来なら言うべきことではない。その様なものを持っている、そう知られるだけで狙われる可能性があるからだ。
だからあっさりとその話をしたレミナをカレンは咎めた。
「レミナ、いいの?」
「良くはないけど、この場合仕方ないわね」
ミヤビも心配そうにカレンを見たが、レミナは宥めるようにミヤビを制した。
「渡すには幾つか条件があるわ」
「な、なんだ。言ってくれ」
どんな高額の報酬を請求されるのか、男は怯えながらも仲間を助ける最後の機会かもしれないとレミナから条件を告げられるのを待った。
「まずは、情報交換よ。あなた、端末保持者?」
「さ、先に薬を渡してくれ。こいつが死んじまう」
「情報が先よ。それに条件は情報だけじゃないわ。なんなら置いていったって良いのよ?」
「ま、待て……分かった」
「それで、あなたは端末保持者なの?」
「い、いや……」
「やっぱり……端末を持っている仲間はあなたのチームに何人いた?」
「……一人だ」
「その仲間は?」
「ロイドバーミンにやられて、連れられて行っちまった……俺達も襲われて--」
「もういいわ」
レミナは想像通りの答えに舌打ちした。
マッピングの為に端末保持者の生存優先を指示した騎士団。その依頼をこの男達は守れなかったのだ。
レミナは男の態度を見たときから違和感を感じていた。
この男は確かに片腕を負傷している。だがもう片腕で男を担ぐことは出来たはずだ。仲間のことを死なせたくないと本気で思っていたなら、男を担いで地上に戻り、全ての責任を自分が負って仲間を帰還させれば良い。
確かに片腕しか動かせない者がその手で人を担いだら、武器を持てず、帰還途中にロイドバーミンに襲われて死ぬ可能性はある。だが、後続が来ていると考えればそのリスクは小さい。勿論後続が来ているとは限らないが、だったらここで待っても死ぬだけだ。
だが男はここに残っていた。危険な状況で仲間を見捨てられず座り込んだ者。一見そう見えるが、意識したか否かは別として、男はその責を後から来る別のチームに押しつけようとしていたのだろう。
俺達は負傷して動けなかった。だから他のチームが地上に連れてきてくれた。
そう騎士団にいえば、依頼を破ったのは後から来たチームということになる。
そんな人形狩りがなぜ端末保持者を守れなかったか?
先の依頼を優先するという人形狩りとして当たり前の倫理に、声を荒げて抵抗したことから解る通りだ。
この男はおそらく端末保持者を守ろうともせずに見捨ててきたのだ。
レミナはそう推測し、そしてその推測は当っていた。
「端末保持者がどっちに行ったか解る?」
「あ、ああ……」
「あなた、ランクは?」
「6だ」
「名前は?」
「ウジキ」
「ウジキ。これからあなた達にインジャーリカバーを分けて上げる。その前に残りの条件を伝えるわ。まず回復後、私達の前に立って端末保持者の連れ行かれた方向に案内しなさい」
「じょ、冗談だろ? 嫌だ、あんなところ戻りたくない!」
「嫌ならこの話はなしよ」
「……」
「それと、当然お金も払って貰うわ。二人で六十万ゼラ。この依頼のあなた達の報酬全てよ」
「そ、そんな……」
「インジャーリカバーが幾らするか分かってるの? この場所で私達の分を削って売ってあげるの。高くないのは分かるはずよ」
「ぐ……」
「どうするの? すぐに決めなさい。お友達が危ないんでしょう? 大体あなた、薬貰って回復した後どうする気だったの? 帰還しようとか思っていたわけ?」
「そ……それは……」
「途中離脱は認めない。本当ならあなたはこの後たった二人であなたのチームの端末保持者のところまで行って、端末を回収しなきゃいけない立場なのよ?」
「う……」
長い葛藤が続いた後でウジキはレミナの条件を呑んだ。
「私のランクは21。意味は分かるわね?」
「ああ、分かった」
「なら余計な事は考えず、案内して頂戴」
ウジキとカジが18番チームに加わった。
ウジキとカジが先頭となって案内している、というと聞こえは良いが、実際彼等の役目は肉壁だった。ウジキとカジはレミナの思惑に気付いていたし、レミナも隠す気がなかった。だからウジキとカジを納得させるのではなく脅して言うことを聞かせた。
レミナはこの遺跡にいるロイドバーミンの正体に見当がついていた。
この薄暗く狭い通路では自分の索敵能力をもってしても不意打ちを受ける可能性を否定できなかった。
だが進まないという選択肢はとれなかった。依頼内容に反するからだ。
端末は周囲の空間を計測しマッピングする。障害物があればそれもマップに記録する。当然人間がいれば人間も記録する。
そして動いてるか、温度はあるか等の情報から人間の記録を削除し、地図を完成させるのだが、人間がいたというログは残る。
端末は後で騎士団に調べられる。人間と会ったと言うことは他のチームの情報を得る機会があったと言うことだ。であれば騎士団に指示された情報端末回収に動かねばならない。
早い話負傷した先行部隊に出会ったこと自体が運の尽きだったのだ。
頭を過ぎる18番という数字を考えないよう努力しながらレミナは思う。
(嫌な依頼ね。依頼者目線で言えば上手く出来てるわ)
そしてもう二度とこのような依頼があっても受けないとレミナは心に決めた。
インジャーリカバーは怪我は治せても死人は蘇生できない。
そして戦場で傷を負い、戦えなくなった者が生存できる確率は低い。
インジャーリカバーは誰もが欲しがるものではあるが、いざ持っていても使う場面は意外に少ない。
だからレミナはインジャーリカバーを勿体ぶるより使ってでもチームの人数を増やし、落ちた運を精算する為に、死の確率を分散することを選んだ。そしてそれは正解だったとすぐ知ることになる。
(機械斧とかってランク30以上って言ってなかったか?)
ヒトヤがレミナの告げたランクに感じた違和感について考えていると、遠くからカサカサと何かが這うような音と、パイプの軋む音が聞こえた。
狭い通路で反響する音。これをレミナは怖れていた。
ヒトヤとレミナが音の発生元を特定すべく当たりを見回す。
「レミナ?」
「来てる」
レミナの警告にミヤビとカレンが素早く臨戦態勢を取る。
通常の人型の様にこの遺跡のロイドバーミンが通路を進んでくるのなら、レミナも見ず知らずの男達に高い薬を使おうなどと考えなかった。
「敵はおそらく小人型よ! パイプの陰に注意して!」
「ひっ!?」
レミナの警告に怯えるウジキとカジ。
カサカサと這うような音が近づいてくる。
ヒトヤは天井を走る陰を視界に捉えた。
遺跡の壁や天井を走るパイプの上をカサカサと走る小さなロイドバーミン。
「上だ!」
「ギギャッ!」
ヒトヤの警告と同時、パイプの隙間から飛び降りるように飛び掛かる小さなロイドバーミンは、手に何かを持っていた。
それは反応に遅れたカジの頭に突き刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます