第15話 地下遺跡

 時折雑談を続けながらも待ち続け、漸くヒトヤ達18番の順番が回って来た。


「それじゃ、ここからは私の指示に従って貰うわ。いいわね?」

「ああ」

「はい」

「……おう」


 人形狩りのランクはレミナ達が成り立てのヒトヤやマナミ、コウキに比べ圧倒的に上だ。チームを組んだ場合ランクの高い者に低い者は従うというのが、人形狩りの間の不文律であった。


 それを抜きにしても遺跡探索などしたことのないヒトヤとマナミはレミナ達に従うことに素直に同意した。騎士としてのプライドか、コウキは僅かな逡巡を見せるもマナミに睨まれたこともあり、コウキも結局は同意した。


 いざ遺跡の入り口に行くと、騎士達が三人立っていた。

 胸のざわつきを押さえ込むヒトヤを余所に、騎士の一人とレミナが会話を始める。


「まずは南に向かってくれ。それ以降のルートは一任する。マッピングは出来るな?」

「ええ」


 そう言いながらレミナは小さな装置を取り出し騎士に見せた。


「結構。他のチームと出会ったときはマップの情報を忘れず交換すること。マッピング情報を持つ端末保持者の生存を優先し、隊を編成してくれ。尚、端末保持者の生存優先はチーム内外に関わらない。端末保持者が危機に陥っていたら優先して救助に行け」

「分かっているわ」

「端末保持者が死亡した場合、端末回収を優先すること。マップが埋まれば帰還して構わないが、それまでは遺跡を探索して貰う。正し一週間探索してもマップが埋まらなければ一時的な帰還を許可する。また、ロイドバーミンの討伐に関しては端末の記録より計算して後でセンターから報酬を支払う。よってロイドバーミンの遺体は放置で構わない。間違っても他チームに討伐されたロイドバーミンの遺体に手を出すなよ? 当然遺跡の中に他の遺物があったらそれらにもだ。最終的に我々騎士団が遺跡を探索して調査、回収するからな。マッピング情報と遺体状態、売却情報を合わせれば誰が部品を盗んだかは簡単に分かる。どうせ金にならないものを持っていても仕方ないんだ。面倒をかけてくれるな」

「了解よ」

「よろしい。では行け」

「ええ。じゃあ、行きましょうか」


 騎士から視線をチームに向けてレミナはそう言いながら、昨日訪れた瓦礫の床に開いた穴にかかった梯子を下りていく。

 続くようにミヤビ、カレンが降りたのを見て、ヒトヤ達もその後に続いた。




「さて、周囲にロイドバーミンはいなそうね」

「十七もチームが先行してるんだもの。そりゃそうよ」


 レミナの探索結果に同意しつつミヤビが口を挟む。


「確かにね……ルートは四。均等に割り振られたと考えれば南に四チームが先攻したことになるわね」


 考えればとは言ったがレミナの聴覚は他のチームの人形狩りと騎士の会話を捉えていた。東、南、西、北の順で順次振り分けられていたから、ルートを無視した人形狩りチームがいなければそう考えて良いはずだ。

 ちなみにヒトヤも聞こうと思えば聞き取れたのだが、騎士の声をずっと聞いていると自分の何かが切れそうな気がしたので敢えて意識から外していた。


「先行した人形狩りのチームがロイドバーミンにやられていなければ、分かれ道が来るまで後衛はそこまで気にしなくて良いはずよ」


 まだ成り立ての人形狩り達に説明する意味を込めて、普段は頭の中だけで考えることを口に出しながら、レミナは隊列を指示した。


 前衛はミヤビ。コウキとマナミがその後ろに。レミナとカレンが続き、殿はヒトヤとなった。

 ヒトヤとコウキとマナミの武器は皆近接武器だ。

 レミナは索敵に集中するため前衛に出るべきではなく、カレンの武器は弓。やはり前衛より後衛にまわった方がいい。

 通路はそれほど広くなく、ミヤビがいれば基本的にはロイドバーミンと会ったとしても対処できるだろう。だから基本的にはコウキとマナミの出番はない。

 分かれ道があれば、後ろを突かれることもあるかもしれない。アマゾンスイートの三人編成であればレミナが殿を務めるのだが、昨日ヒトヤの力を目にしていたこともあり、レミナはヒトヤに一定の信頼をおいて殿を任せてみることにした。

 レミナの索敵能力があれば不意打ちを怖れる必要はすくなく、危険に陥る前にレミナとカレンでフォローできるだろうという考えも込みではあるが。

 

 隊列を組んだヒトヤ達六人は、警戒しながら薄暗い道を歩く。

 通路は所々非常灯が点っているが、通路全体を照らすような光量ではなく、視界が悪い。暗さがもたらす不安もあって、先に進んだ者達がいるという安心感を捨て、ヒトヤ達は警戒しながら慎重に通路を進んだ。


 明りをつければロイドバーミンに居場所を教えることになりかねない。

 レミナは光源を持っていても点けないようヒトヤ達に指示を出した。

 そもそもヒトヤはその様なものを持っていない。

 人形狩りに必要な装備はまだまだあるのだと学習する一方で、暗い光景にストレスを感じていた。


 するとヒトヤの胸が僅かに脈打つ。


 集中したとき、危険や不安を感じたときに良く胸が脈打つ。

 ヒトヤはそういう体質なのだろうと既に割り切っており、特に気にしなかった。


 廃棄地区では夜に光がないところの方が多い。

 夜に外に出ることはあまりないが、全くなかったわけではない。

 まだ廃棄地区よりマシだと、ヒトヤは早く目が慣れることを待った。


 ヒトヤの意思に応える様に通路が鮮明に見え始めた頃、ヒトヤの視線が通路の壁の一箇所を捉えた。


(あれは……血か?)


 通路の壁を走る何本かのパイプの一本に赤い液体が付着していた。

 血が赤いということは、血が新しいということだ。

 だが疑問はある。仮にここで人形狩りがロイドバーミンにやられて流した血だとすれば、床に血がないのは不自然だった。


「分かれ道か。さてどっちに行こうかしら」


 一人で考えるヒトヤの耳にレミナの声が響いた。

 一番後ろで背も低いヒトヤは気付かなかったが、通路は三方向へと分かれていた。


「レミナ。ちょっと良いか?」


 経験の足りない自分だけで考えても仕方ないと、ヒトヤは血液のことをレミナに話すことにした。或いはその情報がどのルートを選ぶかの選択に関わるかもしれない。


「ん? 何? ヒトヤ」

「多分あれ、血だと思うんだけど」

「え? どれ?」


 視線を彷徨わせるレミナの横を通って、先ほど見つけた血痕を指し示す。


「え……本当だ。っていうかヒトヤ、良く見つけたね。ここまで来て私漸く見えたんだけど。随分目が良いのね」

「そうか? まあ廃棄地区じゃ夜真っ暗だからな。夜目が利くのかも」


 つられてやってきたミヤビが若干驚きを含んだ声を上げる。他のメンバーも口には出さないものの表情に驚きを現していた。


 しかし今重要なのはヒトヤの視力ではない。

 レミナもそれは分かっていたからすぐに意識を切り替え、この情報から考えられる推論を口にする。


「血がまだ新しいとうことは多分先行した人形狩りのものね。ここで先行した人形狩りとロイドバーミンが交戦したとして、人形狩りが負傷しながらもロイドバーミンを倒したなら、ロイドバーミンの遺体が残っているはず。だから、ロイドバーミンが人形狩りを殺害して片付けたと考えるべきね。一旦通路を照らすわ。ミヤビ、コウキ、マナミ。通路からの襲撃を警戒して」


 そういってレミナは電灯を取り出し点灯すると、しゃがみ込み通路をじっと見つめた。何をしているのか分からないが、邪魔してはいけないそうな空気を感じ、ヒトヤは近くにいたカレンに、感じた疑問を訊ねた。


「ロイドバーミンがなんで殺した人間を片付けるんだ?」

「そうですね。ロイドバーミンが元は人間の仕事を代わりにやっていた存在だっていうのは知っていますか?」

「あー……聞いたことある」

「ロイドバーミンは人間を見ると殺害のために動き出しますが、それ以外の時は人間に与えられた仕事を続けている場合があるんです」

「……なんで?」

「さあ……そういう存在なのだとしか」

「はぁ……」

「こう言った遺跡に残ったロイドバーミンは遺跡内の掃除を仕事として受け持っていた可能性が高いのです。だから人形狩りを殺害後、その遺体を片付けたとレミナは推測したんです。床に血が残っていないのもロイドバーミンが拭き取ったから、と考えれば辻褄が合いますしね」

「そういうもんなのか……うん。ありがとう」

「どういたしまして」


 ロイドバーミンの心情などロイドバーミンにしか分からない。

 ひとまず遺跡内ロイドバーミンは遺体を片付けるとだけ覚えておけばいいだろう、とヒトヤが考えているとレミナが電灯を消した。


「床の傷……浅いから確かじゃないけど、おそらく人形狩りを殺害したロイドバーミンは右の通路に向かったと思う」

「お? じゃあ右に行くんだな?」

「いえ、左に行きましょう」

「なんでだよーー」

「コウキ! レミナさんに従うって言ったわよね?」

「う……」


 ロイドバーミンの存在を示唆されて意気込んだのはコウキだ。

 だがすぐに反対に向かうと言われてコウキは反感を示した。すぐにマナミに押さえつけられたが。


 レミナはその様子を苦笑しつつ、メンバーの不満を溜めることは良しとしないという考えから理由を説明する。


「私達の探索目的は第一にマップを埋めること。その為には可能な限り戦闘を避け、まずルートを確保することを優先した方がいいわ。そもそも残存するロイドバーミンは騎士団が最終的には討伐するって建前だからね」

「建前って……」

「それに私の推測通りなら、先行した人形狩りが負けるような戦力だってこと。先行した人形狩りチームの戦力は知らないけど、少なくともランクで言えばランク10未満の人形狩りが三人揃ったこのチームより、ランクが低いって確率は少ないはずよ。つまり私達が戦って良い戦力じゃない。私としてはマナミやコウキ、ヒトヤをできる限り危険に晒したくないの。理解して貰えたかしら?」


 レミナは敢えてマナミの部分を強調した。コウキとしてもマナミが危険にさらされる事態は本位ではない。

 僅かな葛藤を見せたが、結局コウキはレミナに同意せざるを得なかった。


「それじゃあ、その危険なロイドバーミンがまた来る前に進みましょう。隊列を変えるわ。ヒトヤ、前衛をお願い。ミヤビ、殿にまわって」

「了解」

「ええ、いいけど」


 レミナに従い、ヒトヤとミヤビが入れ替わり、分かれ道を左に進路を取る。


「いいの?」


 声を潜めてレミナに訊ねるミヤビの短い言葉。

 ヒトヤを前衛にして大丈夫か? そこまでの力があると思っているのか?


「大丈夫かな……」

「レミナ?」

「あー、うん分かるんだけどね。ただ、それ以上にあっちが気になるのよ」


 レミナはそう言いながら後ろ、つまり避けた通路を視線で指し示した。


「だからミヤビは気合入れて殿を努めて頂戴」

「……分かったわ」


 レミナの様子からミヤビは先ほどの調査で何か見つけたのだろうと察した。

 事実そうだった。

 レミナは床に残る痕跡から、この遺跡に少なくとも二種のロイドバーミンがいると推定していた。

 そして、この狭い通路でその二種は最悪の脅威となり得ると判断していた。


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