第14話 因果と縁起

 番号順に隊列をつくり、出発した人形狩り部隊。

 その数はヒトヤの目には三百名を超えているように見えた。


「どうしたの?」

「この人数で潜った後に騎士団が入るのか? 仕事なんか残りゃしないだろう」


 行列になって進む多数の人形狩り。

 それだけ集めて投入すれば、地下遺跡のロイドバーミンなど殲滅出来るのではないか? ヒトヤの素朴な疑問は、後ろにいるコウキから皮肉めいた口調で否定される。


「はっ。烏合の衆集めたってたかが知れてるだろ? この中の何人が真面に戦えると思ってんだ?」


 そう言われれば、そうなのかもしれない。


「どうせお前みたいな低ランクの連中が山ほど混じってるんだ。じゃなきゃ--」

「コウキ!」


 ヒトヤの人形狩りのランクは事実低い。

 ヒトヤはコウキの言葉に特にどうとも思わなかったが、マナミはそうは思わなかった。

 容赦なく多数の人間を斬り伏せたヒトヤへの怖れがマナミにはまだあった。

 ヒトヤの怒りの琴線に触れたくはなかったし、それ抜きでもチーム内で揉めたくなかった。

 だからコウキの態度を見かねたマナミは思わず口を挟んだ。


「アンタだって人形狩りに成り立てのランク1でしょう。何生意気に言ってるの」

「いや、俺は--」

「コウキ! 余計な事言わないはずよね」

「う……」


 コウキの反論を許さぬマナミの剣幕にコウキは顔を引きつらせた。


「ゴメン」

「よろしい。お願いだからそのまま黙ってて」


 マナミが騎士であることを隠して人形狩りの活動をしている。

 それはヒトヤ程ではないにしろ人形狩りに騎士を目の敵にする者が多いからだ。

 今回の依頼は極端な例ではあるが、人形狩りを騎士の為の捨て駒にする様な依頼はそれなりの数がある。

 マナミを守る、というよりマナミといるために自分も人形狩りになると言い出したコウキに、その実情を知るマナミは騎士であることを隠すことを約束させた。

 マナミに嫌われることを怖れ、またこのまま話していたら、ついぽろりと言ってしまったかもしれないと自覚したコウキは、ここは黙っているのが吉と口を閉じた。


 外から見るとたわいもない痴話喧嘩をしているだけに見える二人の様子を苦笑しつつ、レミナは行列の進行方向を見つめる。


「ねえ、レミナ」

「多分そうだと思う」


 声を潜めて呼びかけたミヤビの言わんとすることを正確に理解して、ミヤビは同意した。行列の進行方向は、昨日レミナたちが騎士に襲われた瓦礫へと向かっていた。

 レミナは昨日現われたと言われるロイドバーミンについて、そこから一つの仮説を立てる。


(騎士達が使ったセンスパラライズの粉末が地下遺跡に入り込んだとしたら? ……毒物を検知した遺跡が緊急事態と判断して活性化。結果休眠状態のロイドバーミンが目覚めた。そして毒物の発生元の調査のためロイドバーミンが地上まで現われた……あり得る話よね)


 その発生原因とも言える自分達が、その場に向かっている。なんとなく嫌な因果をレミナは感じていた。ふと手にした自分たちの番号札にレミナは目を落とした。


「18か……」

「番号がどうかしたか?」


 ヒトヤはより高い装備を買う為の報酬を欲していた。早くランクも上げたかった。

 だから早い方が有り難いと思っていた所で、自分の番号は18番。

 早いとは思えず、しかし参加人数を考えれば遅いとも言えない気がする。

 この番号は良いのか悪いのか、判断がつかなかったからレミナが番号をため息交じりに呟いたことを気にした。


「ああ、うん。縁起の悪い数字だな……って」

「ん?」


 レミナの返事は期待したものではなかったが。


「いつからだか知らないけどね。教会では18っていうのは魔の数字と言われているのよ。前世界では666が悪魔の数字と言われていて、それを足した数だからだとか」

「へえ……」


 教会を知らず、信仰など欠片もないヒトヤの興味のなさそうな返事に、レミナはまたも苦笑を浮かべながら忠告する。


「縁起を担ぐって言うのも人形狩りには大事な事よ? どんなに力を振り絞ってもどうにもならないことはある。そんなとき結局結果を決めるのは運なんだから。運を引き寄せる努力も出来るならするにこしたことはないわ」

「まあ、そうなんだろうけど……」


 ヒトヤは験担ぎなど今まで考えたこともなかったし、運を操作することなど出来るとは思わなかったが、それでもレミナの言うことは間違ってはいないとも思えた。

 

「考えとくよ」

「ふふっ。そうしなさい」






 遺跡に入り、ロイドバーミンとの戦闘が続けば食事の時間など取れないかもしれない。レミナが遺跡に入る前に食事をするよう指示を出した。

 ヒトヤが見渡すと周囲の人形狩りも同様に持参した食料を口にしていた。

 こういったことも人形狩りとして得るべき知識なのだろう。

 そう考えながらヒトヤは持って来た携帯食を腹にいれ、集水スキットルで喉を潤す。

 食料は全て携帯食であるが用意していた。

 ヒメノから依頼は遺跡の規模によっては数日かかるかもしれないから、一週間分は食料を持参するよう言われていたからだ。

 因みに、携帯食はイクサが用意してくれた。当然の如く賞味期限は切れていた。


 不味い携帯食を流し込むのにさして時間は要らないし、時間をかけて味わいたいものでもない。さっさと食事を終えたヒトヤは番号順に人形狩り達が遺跡へと潜っていく様子を眺めていた。

 自分達より若い番号の人形狩りが潜るまでは暇でしかない。とはいえ暇潰しが出来るものなどない。

 森林地帯が近いこの場所ではそちらを警戒すべきなのかもしれないが、これだけ人数がいるのだからつい気も抜けるというものだ。


 マナミに言われてずっと黙っていたコウキも暇を持て余したのか、久しぶりに声を出した。


「なあ、このまま夜まで待つ……なんてことにはならねえよな」

「流石にそれはないと思うわよ。少なくともこのペースが続く限りでは」


 草原地帯の端にあるこの遺跡は都市からそれなりの距離がある。

 そこまで団体行列でのろのろと歩いたのだから、早朝から出発したにも関わらずもう時刻は昼近くとなっていた。

 一チーム事に十分~二十分位の感覚で潜っている今のペースでは夜は言い過ぎでも、何かあれば夕方にかかる可能性はあった。


「やれやれ。暇だな……」

「文句があるなら帰ったら?」

「途中離脱はできない契約だろ?」

「まあ、そうなんだけど」


 実際暇なのはマナミも同じだ。

 コウキの不真面目な態度に辛辣な言葉を返すも、マナミも三角座りの体勢で完全にリラックスしていた。


「全く、なんでナミナギ派の連中の尻ぬぐいなんか痛うッ!?」


 続くコウキの言葉にマナミの態度はすぐに変わったが。

 マナミの腕はコウキの脇腹に肘をめり込ませていた。


「何……あ……」


 何をするんだと文句を言おうとして、しかしマナミの表情を見てコウキは自分のミスに気付く。


「あら、随分詳しいのね?」


 レミナがからかうようにコウキに話し掛ける。レミナはコウキの台詞からコウキ達の素性を察した。


「いや、そのくらい市営放送見てれば分かるだろ? 人形狩りを動かすってことはセンターに顔が聞く連中ってことなんだからさ。昨日やられたのはナミナギ派だって考えるのは難しくない」

「そうね。その歳にしてはしっかりしてるわね。偉いわ」

「だろ?」

「ええ」


 自分の言葉に後悔したのはコウキだけでなくレミナもだった。


(私としたことが気が緩んでいたわね)


 昨日の推測、ヒトヤは騎士を殺したい程に恨んでいるかもしれない。そんな人物がチーム内にいるというのに、コウキ達の素性など暴くなど愚の骨頂だ。

 だからレミナはコウキに同意し、むしろコウキを擁護しつつ、こっそりとヒトヤを横目に伺った。

 そしてヒトヤと目が合った。


「市営放送ってなんだ?」

「え? あー……」


 ヒトヤは都市の中を殆ど知らない。だからコウキ達の言動に違和感こそ感じたがレミナのように見破るまではできなかった。


「都市ではね、大体の家庭にテレビっていう装置が置いてあるのよ。映像を映して音声を流す装置なんだけど」

「……はぁ」

「まあ、見たことないとイメージしにくいわよね。ロイドバーミンを材料にした装置の一種で、ってそれはいいか。とにかくその装置を使って都市が住民に色々な情報をくれるの」

「へぇ」

「例えばさっきのコウキの話だけど、ちゃんと市営放送を見てれば誰も分かる話なのよ。四大企業の長達は各々が騎士団のスポンサーでもあるからね。騎士には派閥があるんだけど、その派閥っていうのは早い話、騎士が所属する隊にどの四大企業からお金が出ているかで決まっているのよ。だから騎士をまとめるトップの人達は皆四大企業の息のかかった人。騎士団は形式上都市直属の組織なんだけど、同時に四大企業社長の指揮下に属するって見方もできるわね」

「四大企業……確かセンターもそうなんだっけ?」

「そう。そのセンターの社長がナミナギって人物ね。他の派閥が人形狩り、つまりセンターにお金を出したとすれば、ここまで報酬が高くなるわけないのよ。中抜きがあるはずだから。だからこの依頼が発注された理由、つまり昨夜ロイドバーミンとの戦闘で被害を受けた騎士の派閥はナミナギ派だろうって考えられるわけ」

「はぁ……なるほど……で、なんでマナミはコウキを殴ったんだ?」

「それは……どこに聞いている人がいるかも分からないのに、騎士のことを連中なんていったからじゃない? ねえ、マナミ」

「ええ、そうよ……どこで誰が聞いてどんな風に何を言いふらすか分かったもんじゃないんだから」

「そうか……確かにな」


 全てが理解できたわけではなかったが、ヒトヤは納得した。

 その様子を見て、レミナ達は皆ほっと息をついた。


「……てことは、騎士に指示出してるのって、実質的にはその四大企業の社長なのか?」

「ん? そうね。大元はそうだと思って良いわ。あと都市、つまり市長のアマクニ様が指示を出すケースもあるけど」

「そうか……難しいな」

「そうね。複雑ね」


 レミナはヒトヤの「難しい」の意味を誤って受け取っていた。

 ヒトヤは復讐の対象が何処までかを知るために先の質問をしたのだ。


 クデタマ村を騎士が襲った。ならば騎士が誰かの指示で動いているならば、騎士ににクデタマ村襲うよう指示を出した人間がいたはずだ。当然その者達もまたヒトヤの標的だった。

 そしてその対象範囲の広さと、その対象が都市のトップにいる事に復讐の難易度が随分とハードであることを知った。それ故の言葉だった。

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