第13話 ヒトヤの日常と非日常

「また、あの夢か……」


 いつも見る夢、そして始まるいつもと同じ生活。

 日の出ともにもぞもぞと寝床から起き、寝汗のせいでかゆみを訴える身体を乱暴に爪でかく。

 そしてふと自分の胸にある紋様を目にする。


 ヒトヤにとってそれは見慣れて当たり前にそこにあるものだが、周りの人間はそうは思わない。


 その紋様は紋章持ちの紋章とよく似ている。

 紋章の種類は紋章の色から判別が可能だ。勇者ならば白、賢者ならば青というように。そして現在存在する五種の紋章の中に黒の紋章はない。


 黒の紋章を持つ者がいる。そんな噂が立ったなら、都市が知ったなら。

 都市はヒトヤを捕え、その解明に乗り出すだろう。研究という名の下に監禁され、実験という名の拷問を課されるかもしれない。


 昨日レミナの話を聞きながら、ヒトヤはイクサに教わった自身の持つ刺青のようなアザの危険性を思い出していた。ヒトヤは都市に捕まる訳にはいかない。捕まれば自身の望みを果たせなくなる。騎士を狩り尽くすという望みを。


「まあ見せなきゃ良いだけだしな」


 起きてもいない事象に怯えていても仕方ない。正しくその後を想定し、そうならないように振る舞えばいいとヒトヤは胸に去来した不安を断ち切った。


「よう、起きたか」

「ああ、おはよう。イクサ」

「おはよう」


 朝起きて万人が不味いと思うだろう、賞味期限切れの携帯食を集水スキットルの水で流し込み、すぐに出かける。ガラクタを拾い集めるためだ。

 

 ヒトヤが人形狩りになってから、イクサから訓練は二日に一度と通達された

 一日おきにガラクタ集めと訓練。それがこれからのヒトヤの午前の日課だ。


 廃棄地区に捨てられた廃棄物の中から使えるものを選別し、アランのところに運ぶ仕事。鉱物資源の乏しい都市ではあるが、廃棄物の選別作業など誰もやりたがらない。だから都市は廃棄物をそのまま廃棄地区に捨てる。そうすれば格安で仕事を請け負う廃棄地区の住民が金欲しさに勝手に選別するからだ。

 それを都市はやはり格安で買い取ればいい。


 少ない資源を僅かずつ納入されても買い取る側にとっては手間だ。人手がかかるということは費用がかかると言うこと。だからアランのようにガラクタ集めを自主的に取りまとめるような人物を都市は重宝したし、都市という後ろ盾を持ったアランは廃棄地区では大きな組織アランズマインドのトップとして組織の内外から一目置かれてた。


 ヒトヤもこの仕事に就いて長い。使えるガラクタの見極めも自分で出来るようになった。アランの住む建物に拾ったガラクタを持って行くといつも通りイノリが出迎える。


「ヒトヤ。いらっしゃい」


 重傷を負ったヒトヤを見て落ち込み、泣いた日も既に一年も前。

 時にあの日を思い出し、泣き出すイノリにヒトヤが慌てふためく日もあったが、今や元気をすっかり取り戻している。

 因みにイノリもガラクタを洗浄したりと忙しい筈なのだが、ヒトヤが来るときは必ず門の前で待っている。一度どうしてかヒトヤは聞いたことがあるが、ヒトヤが来る日はなんとなく分かるという。

 そう言われては何と言って良いか解らず、ヒトヤは「そうなんだ」と素っ気なく返しただけだった。


 アランにガラクタを渡し、人形狩りの仕事と比べると端金とも言える金を貰う。

 この金はいつもイクサに生活費という形で渡している。

 別にイクサから渡せと言われたわけではないし、必要かどうかは甚だ不明だ。

 午前中の仕事を終え、帰ると何処で獲ってきたのか、魚や小動物などを何かしら獲って来て食料を確保しているイクサが、金を使っている姿をヒトヤは見たことがない。

 だがこの仕事を始めたとき、金をどうしていいか分からず、イクサに預けてからそれが習慣となったヒトヤは、ただで食わせて貰っているのもなんだと、今でもガラクタ集めで貰った金はイクサに変わらず預けている。


 帰りをイノリが送ってくれるのもいつも通りだ。

 一年前と少しだけ変わったのは、このイノリとの帰り道にちょっかいを出してくる同年代の少年が増えたことだ。


「あ、ヒトヤ。テメ、またイノリを連れ出しやがって! イノリは仕事中なんだぞ!」


 頼んでもいない送迎に何故か文句を言われる理不尽。

 ヒトヤはため息をつき、完全に無視を決め込む。


「人形狩りだかイクサさんの弟子だか知らねえが、調子乗ってんじゃねえぞ! おい、聞けよ!」

「アタロ、やめて!」

「でも--」

「や、め、て!」

「イノリ……」

「ヒトヤのお送り迎えも私の仕事です。仕事の邪魔しているのはアタロでしょ」


 無視していればイノリが怒って勝手に黙る。ここまでもう慣れ親しんだいつものことだ。初めこそ言い返すべきか、それとも殴り飛ばして黙らせるかと悩んだが、既にヒトヤはアタロの声を帰るときに流れる恒例のBGM程度に扱っていた。


「ゴメンね。ヒトヤ」

「いや、いい」






 午後になると人形狩りの依頼がないかを見に行く。

 人形狩りの依頼は毎日都合の良いものがあるわけではない。

 だが、あれば少なくともガラクタ集めよりも遙かに高い報酬を得ることが出来る。


 ヒトヤはランクを上げ、装備を充実させる必要がある。

 偶然勝てたロイドバーミンとしては最弱の人間型。暴走した人馬型のロイドバーミン。真面な訓練も受けていない低ランクの人形狩り。酒に酔った上に装備を脱いだ騎士。

 これまでのヒトヤの戦歴は、はっきり言えば運。ヒトヤの勝因というよりも相手に敗因があったという方が正しいものばかりだ。

 運はいずれ尽きる。それでもこれからも騎士の屍を積み重ねるつもりなら、悪運すらはね除ける確かな実力を身につけねばならない。

 人形狩りの実力とは装備と自身の能力だ。


 だから偶に出る依頼を見逃さない為にも、ヒトヤは毎日センターまで足を運ぶべきで、イクサもそうするよう推奨した。

 

 センターに到着し掲示板を見る。

 いつもならいくつも張り紙が貼られている。

 そしてまだ低ランクのヒトヤは、ランク不問、安い報酬の依頼を見つけねばならない。


 だが今日は様子が違った。

 掲示板一面を埋め尽くすような大きな張り紙が一枚、ドンと貼り出されているだけだった。


 何だろうという疑問を抱えるも、読めば分かるだろうとヒトヤがその張り紙を読めば、そこにはこう書いてあった。




【緊急依頼:ランク不問】

 昨夜草原地帯にある地下遺跡からロイドバーミンの出現を確認した。

 出現したロイドバーミンは騎士団が討伐したが、まだ地下遺跡にロイドバーミンが残存する可能性がある。

 危険を排除するため騎士団による地下遺跡の探索を都市は決定した。

 騎士団出動に先駆け、内部調査隊を募る。


 報酬は一人につき三十万ゼラ。またロイドバーミンの討伐数と種類により追加報酬あり。

 尚、参加後の離脱は基本許可しない。

 記載内容以外の詳細は現場にて通達する。


 依頼者 都市ヒガシヤマト市長 ミカド・アマクニ




「なんだこりゃ……」


 初の自体にヒトヤは戸惑い、周囲を見渡す。どうやら他の人形狩りもこのようなケースは珍しいのか、ざわつきながらも周囲の動向を伺っている。


 どうするべきか……考えても答えが出そうにない。

 どうにも物騒な依頼ではあるが、三十万ゼラという報酬はヒトヤにとって捨て難く、またランク不問という依頼がそもそも貴重なのだ。


 ヒトヤは自分で考えることを諦め、ヒメノに聞きに行くことにした。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」

「あの……あの依頼に関してなんですけど」

「……あれね。やめておきなさい」

「え?」

「あまり私の立場で大声で言えることじゃないけど……」


 声を潜めるように語るヒメノの話を要約すると、どうやら今回の依頼は簡単に言えば人柱だった。

 昨夜今まで未発見であった、とある遺跡が突如活性状態になった。そしてそこからロイドバーミンが出現した。出現場所は草原、つまり都市にとって開拓した安全地帯。放っておけば草原地帯がロイドバーミンの勢力下に置かれてしまう。

 たまたまパトロール中の騎士達が出現したロイドバーミンを討伐するも、騎士側もかなりの被害を負ったらしい。

 出現したロイドバーミンには強靱なパワーを持つ人車型も確認されたという。

 出現したロイドバーミンにそれほどの戦力があるなら、地下遺跡にまだロイドバーミンがいると仮定した場合、相応の強力な個体がいる可能性が高い。

 被害を受けることを嫌った騎士団は、都市に人形狩りへの依頼を要請した。


 強者としてのプライド高い騎士団がそのような依頼を出すことはヒトヤには不自然に思えたが、そこは要請のしかた次第であるという。

 騎士団を出動すれば討伐は確実ではあるが、被害を受ける。その様な状況下で騎士の被害を最小限に抑える工夫は、戦略としてむしろ騎士団をまとめる者が優秀であると評価される。


 つまり騎士団はこの地下遺跡へまず人形狩りを送り、人形狩りの犠牲と報告から敵の戦力を分析した上で、確実に対処しうる戦力を送ると都市に進言したのだ。

 早い話、この依頼において人形狩りは死ぬことが前提の使い捨て。

 ヒメノが人柱と言った理由である。


「一応の装備は揃えたみたいだけど、ヒトヤにはまだ早いわ。高ランクの人形狩りならそれでも無事に帰還するのだと思うけど、ヒトヤじゃまだ無理よ」

「……そうですか」


 ヒトヤはヒメノの言うことに納得する一方でこうも考えた。

 これはまた騎士を討つ機会なのではないかと。


 地下の遺跡が如何なるところかは不明だが、人形狩りの侵攻後、騎士達が来るならば、待ち構えて殺害することも可能ではないか?

 誰もが初めて入る遺跡なら、先に入った自分にこそ地の利はあるのだ。

 ヒトヤのバックパックには三つの放電玉がある。やり方次第で多数の騎士を相手に戦うことも不可能ではない。


 そう考えたヒトヤはヒメノに申し訳なさを感じつつも、決意した。


「ヒメノさん。俺、あの依頼受けます」

「ヒトヤ!?」


 ヒメノはヒトヤの言葉に驚くも、依頼を受けねば生きていけぬであろう廃棄地区の住民の境遇を思い返した。

 悲しく思うが、自分に依頼の受領を断る権限もない。


「本当に良いのね? 危険よ?」

「分かっています」


 ヒトヤの意思が揺らがぬことを知り、ヒメノは俯きながらヒトヤの受注届けを受領し、せめてこの子の助けになればと念入りに必要事項をヒトヤに説明した。




 翌日早朝、ヒトヤは指定された場所へと急ぎ向かった。

 先行内部調査体は五~六人に分けられて遺跡に番号順に向かうという。

 ヒトヤは受け取った番号は18。


 ヒトヤは臨時で立てられた立て札を見ながら、18の番号を探した。

 まだ時間には余裕があったが、探して彷徨った時間の為か、ヒトヤの到着が一番遅かったらしい。


 そこにはいくつか見知った顔があった。


「大体なんで来たのよ」

「言ったろ、マナミは俺が守るって」

「はぁ……とにかく、余計な事言わないでよ?」

「ああ、俺達がき……あれの事だろう?」

「ホントもう帰って」

「大丈夫だって」


 その内の一人は初めて見る顔と声を潜めてなにやら言い争っているようだが。

 口を出すのもどうかと思うが、無視するわけにもいかない。小さくため息を吐き、まずはその内の一人に声をかける。


「マナミ……」

「ヒトヤ君。後一人ってヒトヤだったの?」

「番号は18だ」

「そう。なら間違いないわ。またよろしくね」

「ああ。あ、別に君はいらない。戦場で呼び合う名前は短い方が良い」

「そう? じゃあ、ヒトヤ。よろしくね」

「ああ」

「なあ、マナミ」


 お互い微笑むような表情で話すヒトヤとマナミ。その横から睨め付ける同年代の少年が割り込むように口を挟んできた。


「知り合い?」

「ええ。前の依頼で一緒だったの?」

「ふぅーん」


 値踏みするように見る不躾な態度の少年。

 マナミが取り押さえるように後ろから襟首を掴んで引いた。


「ごめん、ヒトヤ。ちゃんと言って聞かせるから。コウキ、いい加減にして」

「いや、だってさ」

「だってじゃない」


 午前中にも同じような光景を見たなとアタロのことを思い出しつつ、他のメンバーに目を向ける。


「大変ね」

「向こうがな」

「それもそうね」


 自分より背の高い三人の女性を見上げ、そういえば昨日はレインコートを着ていたから或いは向こうは自分を分からないかもしれないと少し期待した。


「レミナよ。昨日はどうも」

 

 すぐにその期待は裏切られたが。

 ならばと開き直り、さっさと自己紹介を済ませることにした。


「ヒトヤだ」

「聞こえてたわ」

「私はミヤビ。よろしくねぇ」

「カレンです」


 昨日騎士から意図せず助けた三人の女性とマナミとコウキ。

 以上五人がこの依頼でヒトヤとチームを組むメンバーだった。

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