第12話 紋章持ちとニューコード

 縛り上げたレミナ達を見ながらヒトヤは考える。

 このまま逃がし、都市にここでのことを連絡されたらどうなるだろう?

 イクサは都市の外で騎士を殺害しても、問題にはなり難いと言っていたのを思い出す。ならば良いのか? だが証拠は出来るだけの残さない方がいいとも言われている。

 

 既に殺意が消え、しかしこのままレミナ達を解放するという選択も決断できず、ヒトヤはこの後どうすべきか決めかねていた。


 だから漸くして身体を起こしたレミナ達にヒトヤは問いかけた。


「話は出来るか?」

「ええ」

「そうか……俺は騎士達を殺した」

「……そうね」

「アンタらがこのことを都市に報告すれば俺や俺の仲間が都市に狙われるかもしれない」

「それはないわ」

「へ?」


 レミナにそんなわけないだろうと若干呆れすら感じられるニュアンスで早速自身の懸念事項を否定され、ヒトヤは惚けた。


 イクサはヒトヤに容赦なく知識を詰め込む。その知識量はヒトヤの脳のキャパシティを超える。都市外であれば問題になり難いと言っていたその理由をヒトヤはしっかりと理解できていなかった。

 ここでついでに再度学んでおくべきか。ヒトヤはそう思いレミナ達に問いただす。


「理由は?」

「理由は三つ。一つ、私達が報告する理由がない。二つ、ここが都市外であること。三つ、私達は見て解る通りニューコードよ」

「ニューコード?……」

「どうかしたの?」

「いや……一つずつ説明してくれ」

「……いいけど」


 レミナとしては十分な説明をもうしたと考えていたが目の前の少年は何のことか解っていないらしい。

 新たな単語にたじろぐヒトヤの様子を見て、レミナはヒトヤの態度を演技ではないと判断した。そしてそこからヒトヤの境遇を推測する。

 都市内の人間ならば知っているはずの常識を知らない。

 ならば少年は都市外の人間、つまり廃棄地区の人間だろう。そして騎士に何らかの恨みがあり、騎士達をその手にかけた。少年にとって自分達は早い話どうでも良かったのだろう。

 結果生き残ったことで、少年にとってはこの現場の目撃者という危険な存在になった点を除けば。

 

 そう考えれば少年が自分達を拘束している理由も説明が出来た。

 一方でまだレミナ達を生かしていることから、少年にも良心があり、生かして問題なければ生かしておこうという意思もあるようだ。


 レミナはアイコンタクトをミヤビに送る。

 ミヤビならば拘束を力ずくで解き、この場を脱することも不可能ではないと考えていた。だが、相手は武器を持ち、こちらは素手。リスクはある。

 目の前の少年に話を聞く気があるらしいと解れば、まず話してみるべきだ。説明に納得すれば拘束を解き、解放するかもしれない。

 好んでリスクを取る必要はない。

 ミヤビは正確にレミナの意思をくみ取り、全身の力を抜くことでレミナに同意の意思を伝えた。


「まず、私達は人形狩りで彼等の仲間じゃないの。だから私達を襲ったアイツらの事をいちいち都市に報告する理由はないわ。一応……アナタにその意思があったかは別として、アナタは助けてくれた恩人。恩を仇で返すようなことはしないわ」

「……」

「といってもこれは心情の問題だから信用しろと言っても難しいわよね」

「ああ」

「じゃあ二つ目。騎士が都市外で人の手で殺された……これが騎士の面子に関わるというのは知ってる?」

「……聞いたことはある」


 レミナはヒトヤの回答からやはり都市の事情を知らないと確信した。


「騎士というのは都市直属の兵士なのだけど、都市と一口に言っても実際には運営しているのは人間。つまり騎士のトップに立って、騎士を動かしている人間がいるのは解るわよね?」

「ああ」

「そのトップは一人じゃないの。貴族街のお偉いさんが騎士のトップを務めていて、騎士団の中にも派閥があるの。派閥同士が争うこともあるわ」

(そういえばそんなことを聞いたような)


 イクサからも同じ事を言われていたこともあって、ヒトヤはレミナの話を疑うことなく聞くことが出来た。


 レミナの説明は続いた。

 騎士にとって武力こそが存在意義だ。騎士に求められるのはまず誰よりも強くあること。そして派閥のトップ達は自分の騎士達こそが最も強いと都市に実績をもってアピールすることで自分の地位を確立している。

 騎士のトップにとって人形狩りは騎士になれなかった落ち零れだ。

 その人形狩りに自分達の騎士が負けた等という事実を認めるわけにはいかない。そんな事実を認めれば都市にその派閥の騎士団は使えないと烙印を押され、自分の地位が揺らいでしまう。

 だから騎士のトップはもし、都市外で自分の騎士が人形狩りに敗北するような事実があっても都市に報告せず揉み消しにかかる。

 勿論その騎士団のトップの恨みは買うかもしれないし、身許が発覚すれば報復されるかもしれないが、それは都市の目をかいくぐってのこと。

 間違っても都市内や廃棄地区と言った都市の目の届く場所で行われることはない。

 

「……なるほどな」


 納得の様子を見せたヒトヤに、レミナは最後の理由を言って聞かせた。


 ニューコード。

 この説明にはまず、紋章持ちと言われる者達のことを知らなければならない。

 アンドロイドがロイドバーミンと化し、人々を襲ったことで、防壁の中に立て籠もった人々はロイドバーミンに対抗し得る兵器の開発に踏み切った。

 とはいえ、兵器を造り出すために資源は欠かせない。

 だが、都市の外に出る力なき人々に資源の調達は不可能だった。


 当時の研究者達はその状況の中で唯一獲得可能な資源に目をつけた。

 それは人間だった。


 ロイドバーミンに打ち勝つ生物兵器の製造。そして生み出されたのが紋章持ちと呼ばれる者達だった。

 勇者の紋章、武者の紋章、賢者の紋章、隠者の紋章、そして覇者の紋章。

 現在五種の存在が確認されている紋章持ち達。彼等はそれぞれの異能をもって、開発者の想定通りロイドバーミンに対抗し得る強大な力を発揮した。

 しかし、その製造開発技術は何故か突如として失われ、現状新たな紋章持ちの出現は、かつての紋章持ち達の血を引く者から偶発的に生まれるのを期待するしかない状況にある。


 都市としては都市外の開拓の為、更なる戦力を求めているところ。時々生まれる、などという不確かな確率にかけるより、新たな兵器を製造しようとするのは当然のことだろう。


 そして現在の研究者達によって新たに生み出された者達こそがニューコードだった。人間の能力の増幅という施術を受けたニューコード達は、異能を持つ紋章持ち程ではないにせよ、確かにロイドバーミンに対抗しうる戦力となるはずだった。


 しかし、何らかの事故か事件か明るみにされていないが、ニューコードの開発施設は閉鎖され、ニューコード達は施設から追放された。

 約十三年前の事である。


 都市から見ればニューコードは都市に恨みを持っていてもおかしくはない存在。そんなニューコードが何を言ったところで都市には信じて貰えない。最悪、騎士を人形狩りが殺したなどと報告すれば、殺したのは自分達ではないのかと疑われ、冤罪すらかけられ得る。


「へー、そうなんだ」

「……そうだけど、それだけ?」


 関心があるように見えない態度に説明したレミナは不満を示したが、大事なのはヒトヤがこの説明で納得し、自分達を解放する事だと思い直した。


「それで……納得したなら、解放して欲しいのだけれど? さっきの連中が騎士の警備ルートからこの時間は外れているとは言っていたけど、もう結構時間が経ったわ。この状況を騎士達に見られたら、流石に話も変わってくるの。できればさっさとこの場を離れたいのだけど」

「ああ、いいぞ」


 ヒトヤとしては二番目の説明時点で納得していた。イクサから聞いていた事前情報があったからだ。ヒトヤにとってニューコードの事は新たに得られた知識の一つ程度のものでしかない。


「あ、ところでアンタら、そのニューコード? だったら人に出来ないようなことも出来るのか? 例えばその拘束を引き千切るとか」

「……出来るわよ」

「やってみてくれ」


 ヒトヤの指示の意味は分からないが、ヒトヤが拘束を解くのをやめて要求してきた状況下、早く解放されたいレミナとしてはこの指示を受けるしかなかった。


「ミヤビ」

「ちょっと待ってて……ふぅんっ!」


 ミヤビが気合のかけ声と共に腕に力を入れると丈夫な騎士の防護服が千切れ飛んだ。


「……凄いな」

「満足?」

「ああ。だったら俺が解く必要はなさそうだ」


 レミナはヒトヤの要求の意味を理解し苦笑した。


「騎士を襲ったことが都市に報告されないってことに納得はしたが、アンタらを信用したわけじゃない。武器を持ったアンタらに三対一で対峙する気はないからな。俺はアンタらが苦労して拘束を解いている間にトンズラさせて貰う」

「……なるほどね。それでいいわ」

「悪いな」

「いいえ。お気遣いなく」


 僅かな笑みを交わすと、立ち去ろうと背を向けるヒトヤにレミナが声をかける。


「帰る前にそれ、持って行ったら? 使えるわよ」


 レミナが目線で指し示す場所には騎士達の所持していた三つの放電玉が落ちていた。


「?」

「使い方は知っている人にでも聞きなさい」

「……そうする」


 そうして今度こそ立ち去ろうとするヒトヤの背に、またもレミナが呼びかける。


「あ、それと」

「まだあるのか?」

「礼をいってなかったわ。助けてくれてありがとう。この借りは必ず返す」

「助けたわけじゃないが、覚えてたら気が向いたときに返してくれ。じゃあな」

「ええ」


 振り返らず軽く手を振り去りゆくヒトヤの姿を見送った暫く後、レミナ達は漸く服を着てその場を去った。



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