第11話 血で血を洗う

 ヒトヤはボンボ武装店を出た後直ぐに、雑貨屋へと足を向けた。

 集水スキットルと呼ばれるアイテムを購入するためだ。


 人形狩りにとって水分補給を安全に実行する手段は必要不可欠だが、一見綺麗な水源もキュアヴィッセラの花の湿地帯のようにどこからか湧いた何かが混じり込んでいる可能性は低くない。

 川や湖を見つけたからとて口をつけるのは軽い自殺行為だし、そもそも水源自体がどこでも都合良くあるわけでもない。


 そこで騎士や人形狩りの間で当然の如く携行されているのがこの集水スキットルだった。

 空気中の水分を集め、濾過して飲める水へと変える、前時代に災害用として開発された金属製の平たい水筒。製造技術は都市内でも生き残っており、ある程度安値で手に入ることから、騎士団では入団する者にまず支給される品物だ。

 

 廃棄地区に生きるヒトヤは乾きや飢えにある程度耐性がある上、一般的な安値というのは廃棄地区の住民にとっては決して安いものではない。

 マナミやタマキが時折使うのを見て、金に余裕ができたときに買えればいい程度に考えていたところで早速、依頼の報酬とロイドバーミンの合計が装備を買っても余ったことで、ヒトヤはこのアイテムの購入に踏み切った。


 少し迷ったせいで時間を食ったものの無事に購入することが出来た。

 その為財布は空っぽになった。

 ならばもう都市に用はないと、ヒトヤは都市の門へと引き返すと騎士達が門から都市の外へと出て行くのが見えた。


「身分証を」

「ん? ああ」


 門の騎士に呼び止められ、ヒトヤは登録証を提示する。


「通ってよし」


 ヒトヤが来たときに対応した騎士とその騎士は違った。

 そしてヒトヤを足蹴にした騎士の声は、門を出て行く騎士達から聞こえた。


「ボウズばっかりじゃ嫌になっちまう。偶には獲物がかかっててくれりゃ良いんだけどな」

「おい、声がでけえって……聞こえたらどうすんだ」

「ワリィ、ワリィ」


 騎士達の声は都市まで聞こえる程の大きさではなかったが、ヒトヤの人より優れた聴覚は彼等の声をしっかりと補足していた。


 目の前の騎士も騎士ではあるが、ダスクと違いヒトヤを侮蔑するような様子もなかった。また。ここで騎士と斬り合う訳にはいかない。

 自然とヒトヤの殺意の目線は都市を出る騎士達へと向かった。


 騎士達はゆっくりと草原地帯をゆっくりと歩いていた。

 イクサからは装備を揃えられるランクに上げ、暗殺のしやすい森林地帯に行けるようになるまで騎士達に手を出すなと言われている。

 実際今の装備で森林地帯へと入り、ロイドバーミンに奇襲され先手を撃たれればヒトヤは一溜まりもない。

 まだ騎士達に手はだせない。草原地帯では誰かに見つかる恐れがあるし、騎士達が森林地帯に入るのならば結局ヒトヤは引き返すしかないのだ。

 そう理解しながらも、ヒトヤは騎士達の後を尾行した。


 先の依頼で八つ当たりで斬ってしまった人形狩り達。彼等の血で汚れた手を、一刻も早く本当に自分が殺すべき騎士達の血で洗い流すことをヒトヤは望んでいたのだ。


 草原地帯はその名の通り開拓され、背の低い草木しか生えていない。

 その為身を隠す場所も少ない。


 見つかったときせめて顔を見られないようレインコートを着て、フードを深く被る。多少ある起伏や、大きくて退かすのが手間だったのか、放置された瓦礫に身を隠しつつ、ヒトヤは無駄だと分かっていながらも、騎士達の後を追うことをやめられなかった。

 そして男達は酒を飲み、気が大きくなっていたのか警戒心に欠けており、ヒトヤの尾行に気が付かなかった。


 そして騎士達は目的の場所に辿り着く。


「お、引っかかってるぜ!」

「マジか! やってみるもんだな!」

「しかも全員女じゃねえか! しかも上玉だ」


 歓声を上げる騎士達は口元に何かを撒いて朽ちた元建築物であろう大きな瓦礫の中に入っていった。

 ヒトヤは男達を追った。

 そして瓦礫の壁を背に、内部を盗み見る。


 ふとヒトヤの身体を倦怠感が襲った。


(なんだ……?)


 力が抜ける。

 慌てて体勢を立て直そうと足に力を入れるも上手くいかない。

 脱力し座り込んだヒトヤの胸が脈打つ。ズクン、ズクン、ズクンと。


 胸の音が収まったところで足に力を入れるといつも通り感覚が戻っていた。


(なんだったんだ?)


 自問するも答えはない。そして今はそれどころでもなかった。

 再度建物の中を盗み見ようとするヒトヤの耳に騎士達の声が聞こえた。


「どうした? 助けなんか来ねえぞ。この時間の騎士の警備ルートからここは外れてるんだ」

「人形狩りもこんな中途半端なところにわざわざ来やしねえしな」


 ここには誰も来ない。

 その事実が騎士達の口から発せられたことで、ヒトヤは決意した。


(チャンスだ……)


 誰もいないとはいえ、既に騎士達に組み伏せられている女性達がいるのだが、最悪一緒にってしまえばいいとヒトヤは割り切った。

 既に自分の手は人の血で汚れているのだ。


 ならばもっと汚れれば良い。汚れる度に騎士を斬り、その血で洗えば良い。


 暗い負の感情を胸にヒトヤは装備を脱いだ騎士達へと飛び掛かった。




「あ!? なん!?--」


 突如現われたヒトヤの一撃は完全に騎士達の意表をついた。

 ミヤビに跨がっていた騎士の頭を一撃でかち割り、慌てて武器を拾いに行ったカレンに跨がっていた騎士の背中を後ろから叩き斬った。


「テメ、グブッ!?」


 二人目の男は一撃で仕留められなかったが、戦闘を許すような傷ではない。

 すぐに追加の一撃で首に刀を叩き込み、トドメを刺した。


「何してくれてんだ、テメェッ!?」


 二人を殺害している間にダスクに武器を持つことを許してしまった。

 ヒトヤは舌打ちしつつも、刀を構える。もう後には退けない。


「何モンだ!? 答えろっ!」

「……」

「こんなことしてタダで済むと思うなよ? 斬り刻んで廃棄地区のクソどもの餌にしてやる」


 服を脱いで剣だけ持つという間の抜けた格好で凄むダスクの言葉を全て聞き流し、ヒトヤはただダスクの動きに集中する。


 ダスクは騎士だ。人形狩りとは違い、しっかりとした訓練を受けている。装備も騎士団で支給された武器だ。末端の騎士にまで機械剣は支給されていないが、かといってその剣はナマクラではない。

 先に斬ったまだランクの低い、数の多さで粋がっていただけの人形狩りとは違う。

 お互い万全の状態で戦っていれば、イクサに鍛え上げられたヒトヤでも苦戦は必至だっただろう。


 だが、瓦礫という最悪の足場でダスクは酒がまだ身体に残っていた。


 防具のない今、先手を取らせては自身が不利。そう考えたダスクは自ら踏み込み、袈裟斬りに剣を振る。その際、踏み込んだ足が悪い足場と僅かな酔いの為に流れた。

 剣を振る上で踏み込んだ足はそのまま軸となって斬撃のキレを増す。

 だが、足の流れたダスクの剣は、ふらつくようにダスクの思い描いた起動から大きく外れた。


 騎士の剣と呼ぶにはお粗末過ぎる一撃。その攻撃をヒトヤは見逃さなかった。


 剣を躱し、振り切った勢いで体勢を崩したダスクに横薙ぎの一撃を叩き付ける。

 その思い閃きは、剣を持つつダスクの右腕を斬り飛ばした。


「ガァアアアアア!?」


 腕を斬られた痛みにダスクは絶叫を上げ、大きな隙を晒す。

 間髪を容れずにダスクの剣を蹴り飛ばし、更にヒトヤは自身の刀をダスクの首の根元に袈裟斬りに叩き込んだ。


「テ、テメ……あの廃棄地区の……ガキ」


 ヒトヤにしがみつくようにもたれ掛かったダスクは、フードの下からヒトヤの顔を見て、今日門で蹴り飛ばした少年の顔を思い出す。


 あの時殺しておけば……そう後悔する時間もなく、ダスクの意識は闇に飲まれた。




「ふぅ。さて……」


 ヒトヤの仕事は終わってはいない。

 騎士の殺害現場を見た女性が三人横たわっている。


 ヒトヤは何故彼女達が倒れたままでいるのか一瞬分からなかったが、ここに来たとき自分も力が抜けたのを思い出した。

 自分の回復力を自覚しているヒトヤは、おそらくあれは何かしらの毒のようなものだったのだだろうと推測した。


 ではなぜこの女性達はその毒にやられ倒れているのだろう?

 彼女達は騎士の被害者なのだろうか?

 そう考えはしたが推測でしかなく、なにより倒れた女性達の目線はヒトヤをしっかり捉えているから、殺害現場を見られなかったことに期待は出来ない。

 ヒトヤにとって、レミナ達の事情などどうでもいい。

 まず何より、証拠は消さねばならない。


 普通の男性ならば息を呑むような裸体を晒す三人を前にして、ヒトヤは微塵も表情を変えることなく自信の刀を振りかぶった。


「待……って……はな……し……聞いて」


 その刀はそのままであれば最初に振り下ろされたであろう、レミナの口から絞り出された。


「わた……し……たちは……ちがう」


 レミナは或いは目の前の少年は自分達のことをダスク達の仲間と考えているのかもしれない、という考えから発せられたものだ。


 少年が騎士達を殺害したことから、少年が自分達を助けてくれたものだとレミナは考えていた。

 そう考えるにはできすぎているとも考えた。

 勿論偶然通りがかっただけかもしれない。しかし、もし少年がこのタイミングを狙っていたとしたらどうだろう?


 もしかしたらさっきの騎士達は他の人形狩りにも同様のことを行っており、その犠牲となった人形狩りの仲間か何かが仇討ちに来たのかもしれない。

 ヒトヤとダスク達の斬り合う中、レミナはそう考えていた。


 何にせよ助かった。そうレミナが安堵する中、しかし少年は刀を振りかぶり、今度はレミナ達にその凶刃を向けようとしている。


 何か思い違いをしていることは分かったが、そうなると少年の目的が解らない。


 麻痺して動けないレミナは慌てていたこともあり、或いは少年は自分たちを騎士達の仲間と考えたのではないかと推測した。

 罠にかかった仲間を下衆な男達がもののついでに襲ったと勘違いしたのではないか?

 冷静に考え直せばおかしな話であり、見当外れの推測ではあったのだが、レミナの発した言葉は結果的に彼女達の命を救った。


 レミナの言葉はヒトヤにヤソジの言葉を思い出させた。


「待て! 話を聞け! 俺達は違う!」


 本来斬りたかった騎士は既にその手にかけ終えている。

 ヒトヤの殺意は薄まっていた。


 そんな中であの時のヤソジと倒れた女性達を重ねてしまったヒトヤに、もう刀を振り下ろす気力は残っていなかった。

 振り上げた刀を振り下ろすことが出来ず固まる、ヒトヤ。


 暫くそうした後ヒトヤは刀を力なく下ろし、鞘へと収めた。


 そしてレミナ達の武器と装備を一箇所にまとめ、レミナ達を騎士達が脱ぎ捨てた防護服で縛り上げ、彼女達が動き出すのを待った。

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