第10話 アマゾンスイート

 ボンボ武装具店を出発したレミナは同じチームのミヤビとカレンを引き連れて草原地帯へとやってきた。

 ロイドバーミンを狩るためだ。


 人形狩りの収入源は依頼か遺物の売却だ。

 自分のランクにあった依頼が常にあるわけではないから、依頼の見つからないときは都市の外に出て、遺物を集めなければ収入を得られない。


 キュアヴィッセラの花のように群生地が見つかると、その情報源に高い値がつき都市が買い取る。代わりにその後都市の許可なしにその遺物は収集出来なくなる。

 乱獲されてなくなったりすれば都市側の不利益になるからだ。

 この規定を破った物は、厳しい罰則を受ける。


 だから人形狩り達は新しい遺物の群生地なり、はぐれのロイドバーミンを狙ったりと、こうしてロイドバーミンとの偶然の遭遇に期待し、草原地帯を歩いて探し回る。

 といっても、


「常に収穫があるわけじゃないのよね……」

「どうする? 森林地帯まで行ってみる?」

「んー……まだ預金がなくなったわけじゃないし、そこまでのリスクを負う必要はないわ」

「でもこうして収穫なしの日が続いたら、その内そうも言ってられなくなるわよ?」

「そうね……気持ちに余裕がある内に行った方が良いんじゃない?」


 ロイドバーミンとの遭遇確率は奥部に行くほど上昇する。

 余裕のある内に森林地帯へと入ろうと提言するミヤビとカレンの言葉に、レミナは二人の言うことも一理あると考え、折衷案をとった。


「ひとまず森林地帯の手前をグルッと見てみましょう。それでダメなら森林地帯へ入る。それでどう?」

「そうね」

「了解よ」


 レミナには、とある事情から優秀な索敵能力が備わっている。

 その能力を理由にこの女性三人の人形狩りチーム、アマゾンスイートのリーダーを務めている。

 リーダーの判断に従わないチームはいずれ破綻する。

 また、レミナの索敵能力のおかげでランク20を超えるまでに成長した経緯をミヤビとカレンは身をもって知っているから、その信頼もあって最終的にはレミナの判断に従っている。


(実際、周囲にロイドバーミンの気配はないのよね……これで遺物が見つからなければ今日も収穫なしになる。二人の言うことも分からなくはないんだけど)


 レミナの索敵能力は、今いる草原地帯の周囲には敵がいないという事実を把握していた。それでもレミナが草原地帯の散策を提案するのは、単純に視界を妨げられる森林地帯はレミナの索敵能力をもってしてもリスクがあることの他に、金に余裕がある内にしか安全地帯で遺物の発見はできないと考えていたからだ。


 キュアヴィッセラの花の群生地のような前世界の遺物は地下にも存在することがある。その入り口の情報は非常に高い値段をつけられ、さらにランクの上昇にも貢献する。


 すでに粗方探索された草原地帯。

 そのような遺物は宝クジの様なもので早々見つかることはないが、見つかった事例がなかった訳でもない。


 特に森林地帯のすぐ手前、草原地帯といえど、いつロイドバーミンが襲ってくるか分からないような場所は探索が甘い。加えて森林地帯は視界を遮られる故に、遺物も発見しにくい。


 金に余裕がなくなれば、どうせ森林地帯でロイドバーミンを狩って売らなければならない。ならば金がある今は安全な場所で高い収入源を狙っても良いだろう。


 そもそもレミナ達には高額の金を稼がねばならない理由があった。

 だからどうしてもレミナは遺物を発見したかった。


 そういった事情からレミナはあくまで草原地帯の探索を推していたのだが、収入なしの日々が続けば金はただ減っていくだけだ。

 二人の不満が高まることを恐れ、レミナは今日は草原地帯の奥をある程度探索し、何もなければ森林地帯に入ろうと決断した。




 草原地帯は開拓されたとはいえ、前時代の建物が奥の方には瓦礫と化して残っている。森林地帯からロイドバーミンが飛びだしてくるかもしれない。そんな場所で綺麗に瓦礫の撤去などしていられない。


 遺物を見つけるなら森林地帯の近くで。それが人形狩りの常識だった。


「あの当たりから探してみましょうか」

「分かったわ」

「了解よ」


 残念ながらレミナの索敵能力はロイドバーミン、動く敵にしか有効に機能しない。

 だからこの指示は当てずっぽうなのだが、ミヤビとカレンに遺物を発見する能力があるわけでもない。あまり当てにならないレミナの勘だと二人は分かってはいたが、レミナに指示された場所へと踏み込んだ。


「うわ……」

「どうする? これ」


 レミナの指示した建物の中は、天井が崩れて出来た瓦礫で埋まっていた。

 瓦礫の周囲に蔦が生え、早々退かすことは出来なそうだ。


「んー……ミヤビ、動かせる?」

「できなくはないとは思うけど……ちょっと待って。試してみる」


 人の手でなんとか鳴るわけでもなさそうなものだが、ミヤビはそういうと絡みついた手前の蔦をドヴェルグがヒートパルチザンと呼んだ大きな斧で切り、瓦礫に手をかけた。


「ん、ぬぅうううう!」


 ミヤビがかけ声と共に瓦礫を持ち上げると、瓦礫が僅かに動いた。

 グラマラスではあるが決して筋肉隆々とはいえない女性が、大きな瓦礫を動かす光景は驚くべきものではあるが、レミナとカレンはその光景を表情を変えることなく見ていた。


「んー、ダメね。ちゃんと蔦を全部切り払えば動かせるかもしれないけど」

「そう。じゃあやってみましょう」


 瓦礫にはミヤビが切り払った手前以外にも蔦がこれでもかと絡んでいる。

 それが原因で瓦礫を退かせないというミヤビの言葉に、レミナとカレンは蔦を全て排除すべく建物の中へと踏み込む。そしてカレンが瓦礫を乗り越え建物の奥へと入った時、足下で何かが切れる音と共に天井から細かな粒子状の何かが降り注いだ。


「何?」

「これ……マズイ! すぐにここから……」


 出て! とは言えなかった。粒子状の何かを吸い込んだと同時に体中から力が抜けていく。アマゾンスイートの三人はその場で力の抜ける身体を支えきれずに倒れ込んだ。


(麻痺薬……誰が……)


 身体に力は入らないが、意識はある。

 そんな状態で、レミナはすぐに状況把握に努めた。そしてすぐにこれは人為的な何者かの罠であると判断した。


 ロイドバーミンは中身が機械だ。麻痺薬は効果がない。

 だから対ロイドバーミンに麻痺薬は使われるものではない。つまりこれは人間を狙った罠だ。


 人間を麻痺させるものについてレミナには心当たりがあった。

 毒茸センスパラライズ。

 その粉末が入った袋を建物の天井に隠して取り付けておき、糸か何かを踏むと振りまくように設置されていたのだろう。


 狙いは何か? おそらくここを訪れた物の装備品。

 人形狩りを狙った犯行だとレミナは分析した。


 つまり、この罠を設置した者がこの後ここに訪れるはずだ。

 そして、レミナの索敵能力を支える器官、常人の三倍以上とも言われる聴覚がその者達の足音を捉えた。


 センスパラライズの効果は回復までに数時間を要する。レミナ達に抵抗する術はなかった。


 そして足音が近づき、男達の下卑た声が聞こえてきた。


「お、引っかかってるぜ!」

「マジか! やってみるもんだな!」

「全員女じゃねえか! しかも上玉だ」

「どうする?」

「当然ヤるに決まってんだろ」

「見ろ、装備品もそれなりだぜ。機械斧と機械杖、あと機械弓もだ。行くぞ!」

「待て、ダスク! マスクをつけろ。お前も麻痺するぞ!」

「おっと、そうだった」





 レミナの推測通り、ダスク達の狙いは人形狩りの装備品だった。

 騎士達には自主的な草原地帯のパトロールが推奨されていて、そこで見つけた遺物や人形狩りの遺体が持っている装備品の売却は自分のものにして良いとされている。

 これは都市が草原地帯の安全性を確保するための政策だった。


 とはいえ草原地帯で死んでくれるような人形狩りは中々おらず、ロイドバーミン以外の遺物が見つかることなど前述の通りそうそうない。草原のパトロールで収穫がある日というのはロイドバーミンと遭遇した日ということになる。


 好んで休みに危険を冒す者は少ない。

 その為この自主的なパトロールを実行する騎士は少ない。邪な考えを持つ者達を抜きにすれば。


 草原地帯に罠を仕掛け、かかった人形狩りの殺害し、装備を剥ぎ取って売却する。

 その為にダスク達は草原地帯の奥部の瓦礫の幾つかに罠を仕掛けていた。


「おお、見れば見るほどいい女だな」


 レミナに近づいた騎士がダスクがレミナに覆い被さり、抵抗できないのを良いことにレミナの身体をまさぐる。


「見ろ、こいつ。すんげえもん持ってんぞ」


 ミヤビの上に跨がった騎士が、ミヤビの大きな胸に手をかける。


「いいね。その強気な目。ゾクゾクする」


 カレンに睨め付けられた男は、カレンに屈辱を与えてやろうとカレンの足を開き、その股ぐらに顔を突っ込んだ。


 力の入らぬ身体でそれでも歯を食いしばりながら、レミナはこの後に待つ絶望をただ受け入れるしかなかった。

 自分達はこの男達に嬲られ、殺されるのだろう。


 ふとレミナから流れた涙を見て、さらにダスクは興奮していく。


「待ってろよ。気持ちよくしてやるからな」


 征服欲から顔を歪めるレミナ達の顔を更に歪めてやろうと、挑発的に言いながらダスクはレミナの装備を脱がせ始めた。


「どうした? 助けなんか来ねえぞ。この時間の騎士の警備ルートからここは外れてるんだ」

「人形狩りもこんな中途半端なところにわざわざ来やしねえしな」


 他の二人も負けじとミヤビとカレンの装備に手をかけた。


「なあ、おい。こいつ、肩にコードがあるぞ」

「こいつもだ」

「こいつら、もしかしてニューコードか?」


 服を脱がせながらダスクはレミナの肩にある二次元バーコードのような入れ墨を目にして一瞬表情に恐れを滲ませた。

 他の男達も気づき、同様の反応を示した。


「ビビるこたねえ。動けやしねえんだ」

「そ、そうだな」

「へへっ。確かに。はっ……ビビらせやがって……」


 僅かな逡巡はあったものの、すぐにダスク達はレミナ達の装備を再度剥ぎ取り始めた。そしてレミナ達の裸体があらわになると今度は自分達も装備を外し始めた。


 男達は目の前の獲物に夢中で気付かなかった。


 その光景を気配を殺し、見つめるもう一つの視線に。

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