第9話 装備の購入
休暇の日。持て余した時間。
ヒトヤはイクサの勧めで都市へと行くことにした。
ロイドバーミンの売却金と依頼達成報酬で手元に入った十二万ゼラ以上の金で、装備を手に入れる為だ。
本来廃棄地区の人間は都市にそう簡単に出入りすることはできないが、人形狩りの登録証があれば時間帯を限定されるものの入場は可能となる。
都市の門を守る騎士。
湧き出る憎しみを無理矢理押さえ込み、ヒトヤは登録証を騎士に提示した。
「チッ。廃棄地区のガキか……都市内で問題起こしたら分かってんだろうな?」
「ああ」
廃棄地区の人間に対する差別感情を隠すつもりもなく対応する騎士。
ヒトヤも相手が騎士となれば営業スマイルを浮かべるなんて事はできない。
感情を隠しきれず、睨め付けるようなヒトヤの表情は、騎士には自分の言葉にヒトヤが反感を持った様に見えた。
立場は圧倒的に自分が上。ヒトヤの態度はそう思っていた騎士の癇に障ったようだ。
「あ? 何だその目は?」
「……」
「文句があるなら言えよ、汚えガキが。対応して貰ってるだけむしろ感謝すんのが筋ってもんだろ? 別に構わねえぜ? 嫌なら通らなくてもよ。それとも俺とやり合うか? おい」
騎士はそういいながらヒトヤを蹴り飛ばした。
騎士はヒトヤが剣を抜くのを期待していた。
廃棄地区の子供と騎士の自分。力も装備も自分が上。相手は人形狩りとはいえ、なったばかりの弱者。負ける道理はない。
勿論普通の通行人を殺害すれば問題にはなる。
だが相手は廃棄地区の人間だ。
何があったか聞かれれば、信用されるのは騎士である自分の方だ。ここで殺しても廃棄地区のガキが突如襲いかかって来たとでもいえば問題にはなるまい。
弱者を見て強い自分の力を振るってみたくなる。虫を捕まえ、無意味に殺す子供のような感覚で騎士はヒトヤを見ていた。
「……それで……入っていいのか?」
「あぁ?」
ここで暴れればイクサやアラン達に迷惑がかかる。騎士をやるなら誰にも目につかない場所で。怒りの感情をイクサの指示を思い出して押さえ込み、ヒトヤは蹴られて地面に座り込んだ体勢のままそう言った。
「……チッ。生意気なガキだ」
ヒトヤの態度に気勢を削がれたのか、騎士は登録証をヒトヤに投げつけた。
ヒトヤは登録証を拾い、騎士の方を見ることなく都市へと入って行った。
ボンボ武装具店。
武器と防具を扱う、平民街の決して大きくはない店だ。
店の入り口には剣と鎧を描いた看板が下がっていて、都市の門からもそう遠くない場所にあったおかげで、ヒトヤもすぐに見つけることが出来た。
「ねえ、もうちょっと軽いのはないの?」
「あるぞ。お前達のランクじゃ買えねえけどな」
「そこ、なんとかならない?」
「ならねえよ。お、いらっしゃい」
ヒトヤが扉を開けると、カウンターに奥に立つ年配の男性が声で迎える。
そのカウンターの手前には三人の女性が立って、来店したヒトヤに振り返った。
「どんなご用件で?」
「え……あの装備を揃えに来たんだけど……あの、いいのか? その人達」
「あ? ああ、気にしなくて良い。こいつらの買い物は終わってるよ」
「ねえ、ドヴェルグ。ちょっと私達の扱いが酷くない?」
「やかましい。文句ばっかで買いもしねえ客の相手なんぞしてらんねえんだよ。ランク上げてから出直してこい」
「あらそう。ケチなオジサンは嫌われるわよ?」
「嫌われて結構だ」
先ほどまでドヴェルグと呼ばれた店員と言い合っていたであろう女性が肩をすくめながら店の出口へと歩き始めると、他の二人も苦笑しながらその後についていった。
「それで……どうした? さっきの三人に見惚れたか?」
少し惚けた様子のヒトヤにドヴェルグがからかうように言うと
「へ? いや?」
と素っ気ないヒトヤの声が帰ってきた。
確かに見目のいい三人ではあったのだが、ヒトヤからすれば得体の知れない三人でしかない。いきなり始まった口論に戸惑っていただけだった。
「そうか。それでお前さん、人形狩りか?」
「ああ」
「ランクは?」
「3だ」
「3か……」
人馬型のロイドバーミンを持ち込んだことでヒトヤのランクは飛び級で上がったが、まだまだ低ランクと言われる域は出ていない。
ランクの低い人形狩りに売れる装備は少ない上、どれもが低価格帯だ。
更にどう見ても身に着けている者は廃棄地区出のボロばかりだ。考えてみれば高い買い物をしてくれる客なわけがない。少しガッカリしながらも、これも仕事だとドヴェルグは気を取り直し、店主として接客を始めた。
「となると……あー、予算は?」
「十二万ゼラ」
「お? ランクの割には随分持ってるな」
意外な高額の予算に売り上げへの期待を取り戻し、ならばと態度を真剣なものへと変えた。
「それで、どんなのが欲しいんだ?」
「んー、買えるものが分からないから、何か薦めてくれると助かる」
「そうか……お前さん、その剣は?」
「ん? ああ、もらい物だ」
「ふん。見せてみろ」
「ああ」
信用第一、良心的な接客をモットーとするドヴェルグは、客の持つものより良いものを売ることを信条としている。そうして信用を得た人形狩りが次に来たとき、ランクを上げていれば更に高額のものを買っていってくれる。
ドヴェルグはヒトヤを見て防具は大したものではなさそうだと一瞬で見抜いた。武器も持ち手をぼろ布で撒いただけの代物だ。大したものではないだろうと思いつつも念の為ヒトヤの剣の確認を求めた。
「……なんだこりゃ?」
「? どうかしたのか?」
「いや……これどうやって手に入れたか分かるか?」
「え? 廃材を研いだって聞いたけど……」
「……そうか」
余り分かっていなそうなヒトヤの顔を見て、ドヴェルグはそれ以上聞くのを諦めた。
ヒトヤの持つ刀はヒトヤの言うとおり、廃材を加工したものだ。金属の裁断に使われる超硬合金を無理矢理刀のように研いだ一品。人間が振り回すことなど考えられておらず、それはひたすらに硬く、そして重い。
ヒトヤは簡単にこの刀を抜いて見せた。その重さを感じさせぬほどに。そのことにもドヴェルグは驚いたが、それ以上に
(こんな材料……廃棄地区でどうやって加工したってんだ……?)
そんな武器が存在する意味が分からなかった。
「まあ、いいや。あー、売れる武器はランクによって変わるのは知っているよな?」
「ああ。知ってる」
「その刀が重くて使えねえってんなら軽い者は用意できるが、そうじゃないならランク3の人形狩りに売れる武器はその刀以上のもんはねえよ」
「そうなのか?」
「おう」
物を買って欲しい店がそう言うのだから、嘘ではないのだろう。イクサから貰った剣が高い評価を受けたことにヒトヤは僅かに喜びを覚えた。
「ランク30にでもなれば機械剣なんかも買えるようになるが、それまではそいつを大事に使った方がいい」
「……機械剣?」
「ん? 知らねえか。ただ叩き付けるだけじゃなく、そうだな……例えばさっきいた奴らの一人がデカい斧を持ってただろ?」
「ああ」
「あれも機械斧……まあ剣じゃねえんだけど、そういう武器だ。ありゃヒートハルバートって言ってな、刃を加熱させる機構があって、相手を斬ると同時に焼けるから敵へのダメージがデカくなるんだ」
「へー」
「まあ、機械剣はエネルギーチャージも必要になって維持費もかかるから、稼げない奴が持って良い武器じゃねえけどな」
ドヴェルグの言葉にふとヒトヤはイクサが時々家にある唯一のエネルギーチャージャーに自分の刀を繋いでいるのを見たのを思いだした。
「まあ、それはともかく。と言うわけでお前さんは防具を充実させた方が良いだろう」
「そうか。じゃあ、そうする」
ドヴェルグに言われるがまま、ヒトヤは防具を揃えていく。
ヒトヤには少し大きい大人用の防護服。膝と肘、臑のプロテクター。鉄板を仕込んだブーツ。ナックルガードと滑り止めのついたグローブ。
折角だからとその場で全て装備し、元の服はバックパックに詰め込んだ。
「化けるもんだな。一端の人形狩りに見えなくもねえ。あともうちょっと背が高けりゃな」
「いずれ伸びる。多分だけど」
「そうかい。あ、そうだ。これも買っておいた方が良いだろう」
「なんだこれ?」
黒い布のような塊を手渡されヒトヤは首を傾げた。
「レインコートだ。小さく折り畳めば荷物にもならないからな。雨ってやつは以外と装備を劣化させるもんなんだ」
「そうか、じゃあ買う」
レインコートは今着なくても良いかと、元の服と一緒にバックパックに詰め込んだ。
「こんなところかな。端数はまけてやる。合計十一万ゼラだ」
「おー、ありがとう」
「次のご来店に期待してってやつだ。用件は以上か?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、またのご来店を」
門を通る者達の身分証を確認する。問題がなければ通す。
問題のある者と発覚しているのならば、そもそも身分証を取れるわけもなく、隠れて問題を持っていたとしても身分証と見た目で分かるはずもない。
先にヒトヤを足蹴にした騎士、ダスクは退屈そうにただ門の前で立ち、ただ形式的にときどき来る通行人の身分証を確認した。
「つまんねー仕事……」
つい漏れ出た独り言。上司に聞かれていないかと周りをキョロキョロと見回すと、騎士が一人こっちに向かってくるのが見えた。
まだ距離は遠い。聞こえてはいないだろう。
「ダスク、交代の時間だ」
実際なにも気付いた様子もなく、そう言ってきた別の騎士に役目を引き継ぎ、ダスクはそのまま酒場に足を運んだ。
酒場には二人の騎士らしきもの達が先に座っていた。
「よう、お疲れ」
「おう」
手を挙げて迎える友人達のところに歩み寄り、空いた席にダスクも座る。
「姉ちゃん、ビールを一つだ」
借用品の鎧も脱がず、酒を飲み出す騎士達。ウェイトレスは慣れているのか眉一つ動かさず、接客用の愛想の良い返事をしながら店の奥へと消えた。
「あー、ダリぃ」
「門兵の仕事なんぞそんなもんだろう?」
「まあな」
他の二人も似たような立場らしい。
ダスクの愚痴に同意しながら、椅子にだらしなく腰掛けて、チビチビ酒を飲んでいる。
「たまにゃ発散しねえとやってらんねよ」
「発散っていってもな……女とか?」
「そういえば最近南通に出来た店。聞いたか? かなり上玉が揃ってるらしいぜ?」
「聞いた。でも高いらしいぞ? 一晩五万ゼラっつったかな?」
「うへぇ」
「門兵の給料じゃ手が出ねえな……はぁあ」
酒場での仕事の愚痴の言い合い。よくある光景だ。
だが、ダスク達の様子はここから少し変わる。
「なあ、今日はどうする?」
「……今日もどうぜボウズだろ?」
「別に期待して行くわけじゃねえって。釣れれば儲けもんってだけだ」
「あ、そりゃそうなんだけどな。あんなところに仕掛けた罠に嵌る奴いんのかね」
「なら、やめとくか?」
「いや……行く」
「夢を持つのは自由ってな。じゃあ、行くか」
「待てよ、まだ頼んだビールが来てねえんだ。飲むまで待てって」
「わかったよ」
そこに先ほどのウェイトレスがビールを持ってやってきた。
「ほら、来たぞ。さっさと飲め」
「うるせえな」
「もしかしたら今人形狩りが罠に嵌ってるかもしれねえじゃねえか。逃したらお前のせいだぞ」
「わかった。わかったよ」
ダスクはビールを一気にあおり、席を立つ。
「じゃ、臨時ボーナスを願っていくとするかね」
「罠にかかってるといいな。出来れば高い装備を持ってる奴」
嫌らしい笑みを浮かべつつ、ダスク達は都市の外へと出て行った。
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