第7話 暴走体と人形狩り
ロイドバーミンが一直線にヒトヤ達のいる場所に走っている。
その後ろからそのロイドバーミンを人形狩りと思われる者達が五人、列を作って追跡している。
ロイドバーミンは人馬型と呼ばれる、上半身は人間同様の身体でありながら下半身は動物のように四本の足を持ち、人間型と比べて高速での移動が可能なタイプだった。
ロイドバーミンは全力疾走していると言うわけではない。草原を優雅に走る馬のように、ゆったりと走っているが、それでも人形狩り達との距離は少しずつ離れており、おそらく追跡している人形狩り達による討伐は期待できない。
マナミが双眼鏡で見たそのような光景を簡単に説明をしながら、護衛対象であるタマキを荷車に乗せ、避難を促した。
ヒトヤとマナミの仕事は迎撃だ。
護衛が仕事であり、ロイドバーミンの迎撃が仕事ではない。
タマキを追って、ヒトヤとマナミもロイドバーミンの進行方向から避難を始めた。
ロイドバーミンとの距離は充分ある。
荷車を捨てて急いで逃げる必要まではないとマナミは判断した。
行きと同じように荷車を引いてゆっくり歩くカバラスのペースに合わせた避難。
ロイドバーミンが湿地帯に到着するころ、確実に安全な避難距離を取れるかどうかはかなり微妙なところだった。
「大丈夫なのか?」
マナミの決断に疑問を持って訪ねるヒトヤに、マナミは判断理由を避難しながら説明した。
「おそらくあのロイドバーミンは暴走体だと思う」
「暴走体? ……ああ、そういえばイクサに教わったような……なんだっけ?」
「え? えーっとね……」
ロイドバーミンは人間を見ると襲いかかってくる。彼等のターゲットは常に人間であり、他の生物に対しては基本敵には何の反応もしない。とにかく人間を殺す。それだけの為に動く。
その意思は非常に明確だ。例え傷を負っても、腕が千切れてもロイドバーミンは人間が視界に入る限り襲ってくる。
言い換えれば人間から逃げるロイドバーミンというのは普通ではない。だがあり得ないものでもなかった。それが暴走と言われる現象だ。
ロイドバーミンは前世界で創られた人造生命体だ。
なぜ人間を襲うのかは不明だが、何らかのプログラムに従い人間を襲っていることは間違いない。
例えばこのプログラムに外的要因などによってエラーが生じた場合、ロイドバーミンは人間を見ても人間を襲う以外の行動を取り得る。
「だからあのロイドバーミンは暴走体だと思うのよ」
「なるほどな……でも暴走体でも襲ってくる可能性はあるんだろ?」
「確かにないとは言えないわね」
暴走体の厄介なところは、何をしてくるか解らないというところだ。
人間以外の生物に襲いかかるかもしれないし、ロイドバーミンを襲ったという事例もあるらしい。
だから間違いなく問題ないとは言えないのだが。
「まあ、ただまっすぐ走っているだけだから大丈夫でしょ。視界に移らなきゃ黙って通り過ぎるわよ」
暴走したロイドバーミンの行動が読めないといっても、いきなり超能力を発揮してヒトヤ達の場所を特定し、襲ってくることはない。
取得情報、つまりヒトヤ達の発する映像と音を暴走体が捉えない限り、襲われる可能性は低い。
「だからある程度の距離さえとれば安全よ」
「それもそうだな」
「でも、よく気付いたわね?」
「ん?」
「ロイドバーミン。ほら、ヒトヤが真っ先に気付いたじゃない?」
「ああ、足音が聞こえたんだ」
「へ-、随分耳が良いのね。私は全然気が付かなかったわ。それにヒトヤ、ロイドバーミンが見えてなかった?」
「ん……まあ」
マナミが双眼鏡を使って確認した直後、ロイドバーミンの姿を確かにヒトヤの目もまた捉えていた。
「目とか耳とかいい人は索敵能力が高いから、騎士とか人形狩りじゃ重宝されるっていうわよ。ヒトヤは将来有望かもね」
「だったらいいな」
マナミの称賛に喜びを示すヒトヤ。
索敵能力の高さ。それは当然暗殺においても有効な資質だ。
会話をしながら進むゆったりとした避難。
湿地帯がもう視界に映らなくなろうかというところで、その湿地帯に大きな陰が踏み込んだ。
初めて見る人間型以外のロイドバーミン。
ヒトヤは自分の目で、マナミは双眼鏡でその姿を足を止めて見た。
半分は警戒のため、半分は好奇心で。
人馬型のロイドバーミンは確かにマナミの予想通りまっすぐ走り抜けようとしていた。だが、ロイドバーミンの走る足場は湿地帯。
暴走していなければ姿勢制御し、そのような自体に陥ることはなかっただろう。
だがその人馬は湿地帯に足を取られ、転倒した。
「間抜けなロイドバーミンだな……」
「……ねえ」
「ああ。クソッ!」
立ち上がったロイドバーミンはまた走り始めた。まっすぐにヒトヤ達に向かって。
「何があったんだい?」
「タマキ、できる限り早く逃げろ! ロイドバーミンが来るぞ!」
「ええ!?」
ヒトヤは素早く現状を把握する。
タマキはどう見ても走るのは速くない。
カバラス達を荷車から解いている間にロイドバーミンはここまで来てしまうだろう。カバラスに乗せてタマキを避難させる時間もない。
つまり、ヒトヤ達があのロイドバーミンを倒す以外の方法でタマキの無事は保証できない。
ヒトヤは刀を抜き、タマキを巻き込まぬ為の距離をとろうと、自らロイドバーミンへと駆けだした。
「ヒトヤ!?」
二人で迎撃する。そう考えていたマナミの戸惑いを含んだ叫び声を置き去りにして、全神経をロイドバーミンに集中する。
ロイドバーミンがヒトヤを轢き殺さんと、まっすぐに突進してくる。
ヒトヤも負けじとロイドバーミンに突撃する。
そしてロイドバーミンが目前に迫った瞬間、ヒトヤは横へと跳びながら足をロイドバーミンの足を薙いだ。
突進による衝撃が刀からヒトヤに伝わる。
刀を持つ腕ごと引き千切られそうになるような衝撃だ。走る強烈な痛みに構わず、それでもヒトヤは刀を振り切った。
不安定な体勢から振るった刀は足を斬り裂くに至らなかったが効果はあった。
足を取られる形となったロイドバーミンは再度転倒する。
その隙を逃さず、ヒトヤは刀を人馬の頭に叩きつけた。
痙攣しながら倒れるロイドバーミン。
暫く待って動かなくなったことを確認し、ヒトヤは漸く緊張を解いた。
その時には腕の痛みも引いていた。
「……すご……」
その戦いを見ていたマナミが呆然とした表情を浮かべながら呟く。
人馬型のロイドバーミンは本来草原地帯にいるような個体ではない。
つまりランク1の人形狩りが本来相手に出来るものではない。
だがそのロイドバーミンをランク1のヒトヤが一人で倒して見せた。
マナミも何の勝算もなく、ゆっくりとした避難指示を出したわけではない。
最悪の場合の対処方法も考えてはいた。
今ロイドバーミンが倒れている事態は、ヒトヤがいなくても変わりはしなかっただろう。
だからマナミが驚いたのはその成果ではない。
ヒトヤの動きは早く、的確だった。
マナミに同じことはできない。
見るだけでそう判断できるほどに早かった。
故に驚いてただ立ち尽くすマナミを、我に返したのはタマキの声だ。
「おお! 凄い! 凄いねヒトヤ君!」
避難しながらもヒトヤの戦いを見ていたタマキは、ヒトヤがロイドバーミンを倒したのを見て引き返してきていた。
「暴走体じゃなきゃこう上手くもいかなけどな。結局走ってただけだし、コイツ」
「それでも凄いよ! 少なくともランク1の成果じゃないさ。やっぱり僕はついていたらしい。正直こっちにロイドバーミンが来たときはどうしようかと思ったけど」
「襲われた時点で運が良いとは言えない気もするけどな。で、どうする?」
「うん?」
「ロイドバーミンは倒して、避難する理由もなくなったんだ。薬草採取を続けるか?」
「あー。確かに……」
「おい! いたぞぉ!」
ヒトヤとタマキの会話を妨げる様に男の声が響いた。
ヒトヤ達が見ると、続々と男達が集まってくる。
「ああ、さっきの……」
忘れかけていたことをヒトヤは思い出した。あのロイドバーミンを追跡していた男達だ。
「おい、オッサンとガキ共。そいつは俺達の獲物だ。こっちに寄こしな。横取りは許さねえぜ」
「そいつ? ああ……」
男達の視線はロイドバーミンを示していた。
確かにこのロイドバーミンを追っていたのは男達だ。確かに横取りと言われればその通りかもしれない。ロイドバーミンの遺体は人形狩りにとって貴重な収入源。
そもそもヒトヤの仕事はタマキの護衛だ。
ロイドバーミンの売却金に未練はあったが、武装した人形狩り五人を敵に回してまでロイドバーミンの遺体に執着する気持ちもなかった。
(しかたないか……)
巻き込まれた自分達の運が悪かっただけ、そう考えてロイドバーミンの遺体を差し出そうとしたヒトヤの耳に男達の不穏な会話が聞こえて来た。
「なあ、ゲド……あいつ薬屋のタマキじゃね?」
「ん? おお、本当だ……」
「なあ、アイツここでやっちまえばさ……借金も消えるよな?」
「……確かに」
男達の会話にヒトヤが動きを止める。
男達は構わず会話を続ける。
「やるか?」
「ガキ共はどうする?」
「やるなら一緒にやるしかねえだろ」
「なあ、ならあの女の方貰っていいか? どうせやるなら、楽しんでもいいだろ?」
ニヤニヤと笑いながら殺意を増す男達。
廃棄地区には無法者も多い。アランのまとめる一帯は比較的平和だが、今日の食料を得る為に殺して奪う等というのは日常茶飯事だ。
人形狩りにもそういう者達はいる。そうイクサからは聞いていた。そしてもしそのような者達と出会うことがあったら、戦わねばならない事態に陥ったなら、どのような状況であれ決して刃を振るうことを躊躇うなと教わった。
ヒトヤはあの日を思い出した。
騎士達に全てを奪われたあの日。奪う者達への憎しみはイクサに言われるまでもなくヒトヤの中に渦巻いている。
男達が近づいてくる。
「お前達、何をするつもりだ!?」
怯えて声を上げるタマキの前に立ち、マナミは剣を抜いて交戦に備える。
マナミは男達の襲撃に対し防衛を選んだ。それが普通の対応だ。
だがヒトヤは違う。
屈み込み少し大きめの石を拾い上げると、それを全力で投擲した。
「グバッ!?」
「サシタ! テメエ!」
ヒトヤの投げた石は高速で男の一人の顔面を撃ち抜いた。
胸に湧いた怒りの吐き出し口を求めて、ヒトヤは男達を待つことなく自ら先制の攻撃を振るうことを選んだ。自分達がやる側だと、そう思っていた男達はヒトヤの先制攻撃に意表を突かれ、冷静さを失った。
「ヒトヤ!?」
またもマナミを置いて一人駆け出す。
「……あぁあああああ!」
猛る殺意を声にして、男達に刃を振り下ろす。
当然男達もヒトヤを迎撃するべく剣を抜く。しかし
(遅い)
ヒトヤは怒りにまかせて飛び込んだだけだ。
勝算があったわけではない。
だから勝利を確信したのは男達の動作を見てからだ。
ヒトヤはイクサに鍛え上げられた。
イクサの剣は早かった。今でもまるで勝てる気はしない。
だがそれでも強くなったヒトヤは、少しずつイクサの動きについていけるようにはなっていた。
ヒトヤはイクサの実力が如何なるものか知らない。
イクサ以外の人間と戦ったこともない。
他者と比較できたのは今日が初めてだ。
男達の振るう剣を躱しては、男達に刃を叩き込む。
一人また一人、男達は斬られた箇所から血を吹き出しながら倒れていく。
瞬く間の攻防だった。
倒れ伏し、命断たれた男達の返り血を浴びて、全身を真っ赤に染めたヒトヤが立ち尽くす。
「ヒトヤ……」
「ヒトヤ君……」
同時にヒトヤの名を呼んだマナミとタマキの視線には既に男達のことなど映っていない。二人はただヒトヤを見つめ、その表情に恐怖を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます