第6話 薬草採取の護衛

「随分気合が入っているな」

「ああ」

「意気込むのはいいが、冷静さを欠くなよ」

「解ってる。じゃあ行ってくる」

「おう」


 依頼を受領した二日後の、まだ日も昇りきらぬ早朝の時間。

 初の仕事ということで若干緊張しているのか、僅かに呼吸の荒いヒトヤをイクサが少し気がかりに思いながら忠告と共に見送る。

 依頼書の指示通り、ヒトヤは薬草採取の待ち合わせ場所に向かった。

 

 向かった先は都市の防壁に四箇所ある巨大な門の内の北側。

 ここヒガシヤマトは東と南が海に近く、といってもどちらも歩けば一週間程かかるが、海に突き当たる。


 よって人形狩りを生業にする者達の進む先は大抵北か西だ。

 海は食料の宝庫だ。故にかつて重点的に開拓されたこともあり、東と南は比較的安全な方角とされる一方、遺物の収穫に関しては成果を見込むことが難しい。


 また都市は騎士や高ランクの人形狩りに西側の攻略を強く推進していた。

 ヒトヤはイクサから都市内にある教会なる組織と、その本部がある西の都市の影響が大きいと教えられたが、教会とは何かも知らないヒトヤにとっては、何のことやら、という情報でしかなかった。


 ともかくも西側の地は騎士や人形狩りに踏み荒らされており、よって薬草採取の待ち合わせ場所が北方面になるのは当然事だった。


 ロイドバーミンに対する囮としての意味も持つ廃棄地区は都市の北西にある。

 だから北門は遠くはなく、また時間に余裕をもって出たこともあり、ヒトヤは門の前で暫し一人待っていた。


 固く大きな門は重量も大きく、閉じるのも一苦労だ。

 故に都市は普段は門を開け、騎士を見張りに立てる。


 またも負の感情にとらわれそうになる感情を今は抑え込み、待ち合わせの相手が来るのをヒトヤは待った。


 日の傾きからそろそろ待ち合わせの時間かとヒトヤが思ったころ、一台の荷車が門から出て来た。荷車はポニーの様な大きさの獣二頭に引かせ、自身も荷台の戦闘にある座席に座り、手綱を持つ少し小太りの男性がきょろきょろと見回す。


 依頼者だろうか、とヒトヤは男に近づいた。


「お、君が僕の依頼の受注者かな?」


 ヒトヤに気付き声をかけてきた男に、依頼書を見せながらヒトヤも確認を返す。


「薬草採取護衛依頼者のタマキ・ジョウ……さん、で間違いありませんか?」

「うん。君は?」

「ヒトヤです。よろしくお願いします」

「よろしく……えー」


 タマキはヒトヤを上から下まで視線を往復させ、言い難そうな表情を浮かべながら話を続けた。


「子供か……ランクは?」


 初めて会ったときの礼儀としてイクサに教わった敬語、丁寧語を相手が使わないことに首を傾げながら、じゃあ良いかとヒトヤは口調を戻して答える。


「1だ」

「……だよねぇ……まあ、ランク不問の格安依頼だから当然か……」


 残念そうな顔を浮かべるタマキ。

 とはいえタマキの言う通り、本来なら受注者がいなくて当然といえるような依頼だ。タマキもすぐに表情を切り替え、最悪のケースに関してヒトヤに念押しをする。


「まあ、ないと思うけど、ロイドバーミンが出て来たときは頼むよ? 間違っても真っ先に逃げ出さないようにね」

「解っている。契約した以上仕事は果たす」

「っていいながら、逃げ出す人形狩りは多いんだよ。得にランク1じゃそもそもロイドバーミンに会ったこともないだろうからね。そう言いながらいざってなるとさ」

「? ロイドバーミンなら会った事はある」

「え? 本当に?」

「ああ。と言っても人形狩りになる前だけど」

「それでそのロイドバーミンは?」

「倒した」


 ヒトヤの言葉に少し驚きを示しながらも、タマキはヒトヤの顔をじっと見る。


「何見てるんだ?」


 初対面の人間に見つめられることに居心地が悪くなり、ヒトヤが訪ねるとタマキは笑みを浮かべた。


「嘘はないみたいだね。へえ……たいしたもんだ。僕はツいてるな」

「?」

「はは。商売柄、人の嘘を見抜くのは得意なんだ」

「どんな商売なんだ?」

「平民街のしがない薬屋さ」

「薬屋なのに外に出るのか?」


 ヒトヤはイクサから防壁の外に出るのは大抵騎士か人形狩りと聞いていた。

 だからヒトヤはタマキの返答が少し意外に感じて聞いただけなのだが、タマキはヒトヤの質問を少し異なる解釈、商売人なら稼いでいるんだからもっと高ランクの人形狩りを雇えたんじゃないのか? という風に捉えた。


「大手ならお金出して高ランクの人形狩りを雇ったりするんだけどね。貧乏商売だからさ。だから薬草を代わりに採取する人も、高ランクの人形狩りも雇えないってわけ。だから今回正直護衛の腕には期待出来ないと思っていたからね。よかった。君なら一体ぐらいならロイドバーミンが出て来ても大丈夫かな?」

「絶対大丈夫なんて言えないけど、アンタを逃がすぐらいの時間は稼ぐよ」

「そうか。ありがとう。期待してるよ」


 そう良いながらタマキは懐から懐中時計を取り出し、また周りを見回した。


「さて、そろそろ時間なんだけど……」

「? どうかしたのか?」

「ん、ああ。もう一人護衛が来るはずなんだ」

「ふーん」


 すると門から一人の武装した少女が走って出て来た。

 軽装ではあるが、それでもヒトヤの装備よりは遙かに立派だ。


「すいませーん。……はぁ、はぁ……遅れましたか?」

「いや、時間通りだよ」

「よかった……あ、タマキ・ジョウさんでよろしいですか?」

「ああ。君は?」

「マナミ。マナミ・ハナサキと言います。よろしくお願いします」

「よろしく……」


 タマキはマナミにもランクや経歴を聞こうとしたが、時間が勿体なく、また護衛が二人いて、一人はランク1でも実戦経験があるから問題ないだろうと割り切った。


「そっちの君は……人形狩り?」

「ああ。護衛依頼を受けた。ヒトヤだ」

「そう。よろしくね」

「ああ。よろしく」


 やっぱり初対面で丁寧語が必要というのはイクサの間違いなんじゃないかと、ヒトヤが首を傾げているところで、二人の挨拶を見届けたタマキが出発の号令をかけた。


「さて、出発の時間だ。それじゃ行こうか」

「ああ」「はい」


 タマキが手綱を揺らすと荷台を引く獣達がゆっくりと歩き出す。

 ヒトヤとマナミも荷台の前方の両脇を固めるように立ち、荷台に合わせて歩き出した。




 草原地帯と呼ばれる都市の周囲は、その名の通り短い草が生える大地が広がっている。障害物となる樹木もなく、ロイドバーミンが襲ってきてもすぐに対処が出来る、護衛任務には適した場所だ。


 それでも油断はすべきではない。人の視界は三百六十度をカバーできるわけではない。ヒトヤは視界だけに頼らず、襲撃の探知に備えようと耳を澄ませる。


「……フゴ……ブルルゥ……ッゴ」


 気の抜ける音に、思わず発生元の荷馬車を引く獣達を見る。

 ヒトヤの視線に気付いたのか、獣は少しヒトヤの方を見た後、視界を前方に逸らし、また少し間の抜けた鳴き声を上げた。


「ふぅ」


 ぶつけ先の解らない僅かな不満を抱えて獣を見ていると、荷台の上からタマキの声が聞こえてきた。


「カバラスを見たのは初めてかい?」

「ん? ああ」

「まあ、確かに都市の外で見ることはないだろうからね」


 タマキの言葉にうなずきながら、獣を見ている場合じゃないと視線を戻す。

 するとカバラスがまた鳴き声を上げ、ついついヒトヤが視線をカバラスに移す。


「ぷっ」


 タマキが吹き出す音が聞こえた。マナミも口元を抑えている。

 少し気恥ずかしさを感じ、ヒトヤは恨みがましい目でカバラスを睨み付けた。


 たてがみを持つ一見ポニーの様なカバラス。足の先に行くほどの深くなる毛から覗く足からは、鹿の様に尖った爪が二本見えている。

 身体に対して頭が大きく、人によっては愛らしいと思えるのかもしれない。


「あんまりソイツらを睨まないでくれ。怯えちゃうよ」


 ヒトヤは少しふて腐れながら視界を戻した。


(獣に気をとられている場合じゃない。仕事に集中だ)




 ヒトヤがカバラスの鳴き声が気にならなくまで時間を要しつつも、歩き続けると足下が少し泥濘ぬかるみ始めたことに気付いた。


 泥濘みの先に今まで見なかった白い小さな花が群生している地帯が見える。


「ここだ。止まって」


 どうやら目的の場所に着いたらしい。


「この白いのがそうか?」

「うん、そうだよ。キュアヴィッセラの花だ」

「……随分生えているんだな」


 わざわざ都市の外に採取しに行くのだから希少なものなのだろうと思いこんでいたヒトヤにとって、一面に咲き誇る薬草の群生地帯は意外な風景だった。


「ああ。前時代の薬の研究所か何かが稼働していて、そこからの排水管から薬液が漏れて、出来た湿地帯だからって噂だよ。今のところここにしか生えているのを確認されていないんだ」

「へー。じゃあその研究所にはもっと沢山生えているのか?」

「そうかもね。或いはもっと希少で貴重な物も見つかるかも。見つけられれば大金持ちさ。挑戦してみるかい?」

「いや、いい。そんな簡単に見つかるなら今頃誰かが見つけてるよ」

「ははは。そうだね」


 ヒトヤとの雑談している間にタマキは荷台から降りて、ヒトヤとマナミに指示を出す。


「さて、僕は薬草を採取してるから。二人はその間、周囲の警戒をしてて。頼むよ」


 タマキの指示に従い、ヒトヤとマナミは周囲に視線を送る。

 周囲はとても静かだった。




 ずっと集中し続けるというのは難しい。

 タマキは薬草を抜いては荷台の袋に詰める作業を繰り返している。

 まだ空の袋を見る限り作業は暫く続くらしい。


 何事もなく時間が過ぎる内、二人とも少しずつ気が抜けてくる。

 マナミが持て余した時間つぶしに、ヒトヤに話し掛けてきた。


「ねえ。ヒトヤ君」

「ん?」

「ヒトヤ君はいつから人形狩りになったの?」

「二日前だ」

「そうなんだ。私は三日前なんだ。あはは、似た者同士だね」

「そうだな」


 苦笑を浮かべるマナミはお互いド素人だね、という感情が顔に出ていた。

 他人の機敏にヒトヤは疎い方であるが、それでもその表情からマナミの心情を性格に理解した。

 いざとなったら頼れる相手はいない。平和な依頼で良かったと。


「それで、どうして人形狩りになったの?」

「え? ……あー」


 騎士団を殺すため、などと本当の事は言えない。


「廃棄地区の生まれなんだ。金を稼ぐのに一番手っ取り早い仕事だって聞いて……」

「そっか……廃棄地区の……」


 ヒトヤは少しだけ哀れみを含んだマナミの視線を感じた。

 イクサから都市の人間に廃棄地区の人間は疎まれるか哀れまれるかだと聞いていて、そういうものかと考えていた。だから、ヒトヤはマナミの視線から特に生じた感情もない。

 ただ、その後に訪れた沈黙にはなんとなくいたたまれず、ヒトヤはマナミに聞き返すことにした。


「マナミはなんで人形狩りになったんだ?」

「え? 私は--」「シッ。静かに」


 聞いておきながら声を出すなというヒトヤに一瞬怪訝な表情を浮かべるも、ヒトヤの視線が険しくなり、遠くを見つめている事にマナミは気が付いた。


 ヒトヤの耳はマナミと話しながらも、一瞬この平和な草原地帯に相応しくない音を聞き取っていた。


(なんだ?)


 もう一度音を聞き取ろうと耳を澄ます。


「フゴ?」

「お前じゃない」


 カバラスの鳴き声でまたも抜けそうになる気を踏ん張り、ヒトヤは神経を聴覚に集中させる。


「足音? ……誰か来る」


 ヒトヤの言葉に、マナミが双眼鏡を取り出し、ヒトヤの見る先に向けた。


「あれは……タマキさん! 避難して下さい! ロイドバーミンです!」

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