第5話 初めての受注

 翌日ヒトヤはイクサと共にセンターへと向かった。


「ここがセンターだ。これから一人で来るんだ。場所を覚えておけよ。ヒトヤ、聞いてるか?」

「ん……ああ……」


 見張りのためか、何人かいる騎士の姿を剣呑な目つきで睨むヒトヤをイクサは肩を揺さぶり我に返させる。

 ヒトヤもそれで落ち着きを取り戻した。

 その落ち着きの下地には、いずれはという思いがあるのだが。


 頭を振り、ヒトヤは今一度センターを見る。


 センター。正式な名称をレリックトレードセンターという。

 ロイドバーミンの遺体や使えそうな前世界の遺物を人形狩りから買い取り、都市や企業に売却する。その利益で着々と規模を広げ、遺物市場を牛耳る程に成長し、今や遺物の取りまとめ役と周知されている都市の四大企業の一社だ。

 その窓口は広く、都市の防壁外にも受付を設けている。

 その為廃棄地区の住民でもセンターに売却することは可能だ。


 センターの者と思われる男性が、一年前ロイドバーミンを回収しに来た男と同じ服を着ているのを見て、ヒトヤはあの時廃棄地区に来た男の一人がセンターの職員であったことを理解した。

 同時にもう一つの感想を持った。


「なんか……ショボいな」

「そりゃあ防壁内の人間が防壁外の施設に金かけるわけないだろう」

「まあ、それもそうか」


 一流企業の窓口とは言え、防壁外。ロイドバーミンが襲ってくる可能性はある。窓口を捨てて職員が防壁内に避難する事も想定されている。だから窓口はひどく簡素だ。大きなタープテントの下に長テーブル。表にあるものはそれだけ。

 廃棄地区での生活が長いヒトヤから見ても、決して立派には見えない。


 奥に前時代の遺物を思わせる装置を操作し、なにやら作業してる者が見えるのが都市の企業らしいところと言えばらしいところだろうか。

 それでも窓口に並ぶ、人形狩りと思われる武装した大きな荷物を抱える者達が何名か並んでいる様子を見れば、ここがセンターであることを疑う余地はない。


 別に受付が豪華だったところでヒトヤが得することもない。

 そう割り切って列に並ぼうとするヒトヤの襟首をイクサが捕まえた。


「ぐえっ!? 何?」

「そっちじゃない」

「え?」

「あの列は遺物を売る奴らの並ぶ列だ。お前が行くのはこっち」


 テントの横に大きな掲示板があり、何枚もの張り紙が貼ってある。

 その張り紙をやはり武装した者達が輪を作るように並んで眺めていた。

 その内の一人が張り紙を破り取り、荷物を持った者達が並ぶテーブルとは違うテーブルへと歩いて行く。


「センターは遺物を収集するのを推奨するため、ああやって人形狩りを繋いだり、都市内の依頼を人形狩りに紹介する役割も担っているんだ」

「へー」

「で、お前がやるべきは、まず依頼の受注だ」

「勝手にロイドバーミンを狩って売るんじゃダメなのか?」

「ダメじゃないが効率が悪いんだよ」


 都市周辺のロイドバーミンは殆ど狩り尽くされている。

 都市防衛のため騎士が尽力し、また自身の儲けのために人形狩りが日々ロイドバーミンを討伐した結果だ。

 勿論全てに手が届くわけではなく、生きたロイドバーミンは日々見つかるし、廃棄地区に紛れ込むこともある。

 だが自分の手で見つけ出そうとすると広大な土地から手掛かりもなくロイドバーミンを見つけ出すという恐ろしく運頼りな事をやらなければならない。


「お前の当面の課題は装備の強化だ。訓練はまあ、もう暫く俺が付き合ってやるから、当面お前は装備を手に入れる為に金を稼ぐことを重視しろ」

「……解った。って言ってもどうすればいいんだ?」

「そうだな……まずは受付で人形狩りに登録してこい。最初だからな。依頼は俺が選んでおいてやる」

「うん……」


 ヒトヤはイクサに言われるがまま、先ほど人形狩りが依頼書を持って行った受付に向かった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」

「あの……人形狩りに登録したいんですが」

「……」


 ヒトヤはまだ子供だ。誰もが一見して解る。

 そんな子供が危険な人形狩りになることを申請している。

 受付の女性は心配そうに、ヒトヤを見つめ黙った。


「君は廃棄地区の子?」

「え……うん。あ、はい。何か問題ですか?」

「いえ、問題というわけではないのだけれど……いえ、少し待ってね」


 廃棄地区での貧しい生活に耐えきれず、人形狩りになり、命を散らした子供達。

 そんな子供達を受付の女性は数多く知っていた。

 だからといって自分に何かできることがあるわけではない。


(きっとこの子も……)


 そう思い、少し悲しそうな表情を浮かべながらも、女性は気持ちの整理をつけ、ヒトヤの申請を受理した。


「お名前は?」

「えっとヒトヤって言う……じゃなくてヒトヤと申します。よろしくお願いします」

「ふふ。私はヒメノって言うの。よろしくね」


 ヒトヤは一応イクサに礼儀を教わっていた。

 ただ礼儀がどうして必要なのかはよく解っていない。クデタマ村でヒトヤの態度を気にするものなどいなかったからだ。また、廃棄地区でも礼儀など気にするものはいなかった。

 だから普段の言葉は乱暴になりがちだが、一応敬語というか丁寧語というものを知らないわけではない。


 ただ明らかに使い慣れていない、とってつけたような印象は聞けばすぐに感じ取れる。ガチガチの態度で精一杯習ったことをそのまま実行するヒトヤを見て、ヒメノは苦笑を浮かべながら少しからかうように自己紹介をした。


「あ……えっと……」


 相手から名前を返されると思っておらず戸惑うヒトヤを楽しげに眺めながら、ヒメノは受付としての仕事を続ける。


「それで……登録はヒトヤだけでいいの?」

「?」

「性は?」

「……ああ。ないです」

「……そう。解ったわ」


 ヒトヤは生みの親を知らない。そしてクデタマ村では皆性を名乗らなかった。

 だからヒトヤに性はない。


 廃棄地区の人間は捨てられた人間だ。

 性を知らないことも多い。ヒメノはそのことを少し哀れみながらも、ヒトヤの登録を進めた。




「イクサ、登録してきた」


 手を上げてヒトヤを待つイクサに、登録カードを掲げてヒトヤが駆け寄る。

 言いつけられたお使いを終えたようなヒトヤの姿を、まだまだ子供だとため息をついて眺めながら、イクサはヒトヤに依頼書を一枚差し出した。


「そうか。こっちも依頼を見つけておいた。これだ」

「ん? えっと……薬草収集に護衛としての同行……一万ゼラ!?」

「ああ」

「凄いな!」

「いや、依頼としてはむしろ安い」

「そうなのか?」


 ガラクタを集めて一日に稼げても千ゼラ、というような生活を送っていたヒトヤにとって一万ゼラは大金だ。

 護衛というのは命がけ。言わば依頼料は人形狩りの命の値段だ。

 それが一万ゼラ。十日分の食料代にもならない額。イクサの言う通り安すぎるとも言える。


 その程度の金額に鼻息を荒くするヒトヤに苦笑しながら、イクサはこれも勉強だとこの安い依頼を選んだ理由を説明した。


 都市周辺はロイドバーミンが討伐されていて、且つ視界の障害となる森のようなものもない。これは都市が時間をかけながら周辺の安全を確保する為に開拓した結果だ。

 とはいえ、草木は放っておけばどこからでも生えてくる。


 その為、都市の周辺には比較的安全な草原が広がっている。

 そして薬草採取はそこで行われる。それは依頼書にも書いてあった。


 前時代の機械文明は老朽化と風化によって、今やロイドバーミンのように自己を整備できるものしか値打ちのあるものは殆どない。だから遺物と言えばロイドバーミンのことを指すのが一般的だ。人形狩りが人形狩りと呼ばれる所以である。

 だが人形狩りの仕事、収入源はロイドバーミンの討伐に限ったものではない。前時代の遺物であれば何でもいい。そして手に入れた遺物の扱い方はセンターに売るばかりではない。

 例えば薬屋が副業として人形狩りに登録し、臨時パーティーという名目で護衛を集め、手に入れた薬草を薬に加工して自分の店で売る、などという者もいたりする。

 この依頼主のように。


 薬草もまた遺物だ。

 かつて前時代で遺伝子操作、改良によって効能を増した薬草は数多くの種類がある。都市内部でも栽培を実施しているが、全ての栽培技術を再現できてはいない。また、都市内で栽培所として使える土地の面積も限られている。

 よって一部の薬草は外に生えているものを防壁外に生えてくるものの収集に頼っている。


 植物や動物などの繁殖するものは、今も前時代の姿のまま残っているものが多い。

 そういったものもセンターは買い取り、得られるセンターの利益に応じて人形狩りのランクに反映させている。


 つまり薬草狩りはタマキの依頼が無くとも買い手のいる比較的安全な仕事なのだ。

 当然稼げる金額は微々たるものだが。


「まあ、簡単な分、ランク上昇率も低いがな。最初の依頼だ。まずは人形狩りの仕事がどういうものか体験するには丁度良いだろうし、何よりランク1で受けられる仕事なんて限られてるいるからな」


 どんな者でも良い人材を安く雇いたいものだ。

 そして良い人材を見極める材料は実績だ。


 当然ランク1の人形狩りに実績など存在しない。

 だから高ランクの人形狩りを雇いたいというのが依頼者の心情ではあるのだが、実績のあるランクが高い人形狩りは安い依頼など受けはしない。

 ランクを高める過程で充分稼いでいるからだ。


 草原が安全地帯とはいえ、ロイドバーミンが襲ってこない保証はない。だがそれでも安全地帯。そんな場所で希少とも言えぬ遺物に高値がつくわけもなく、故に高い護衛代は払えない。

 そもそもロイドバーミンに襲われる確率自体が小さい。


 そこで草原地帯に同行させる人形狩りをランク不問で安く雇う。

 どうせ襲ってきたとしても一体が精々。人形狩りを囮にして逃げられる時間さえ作ってくれれば依頼者としては構わない。


 ランク1の人形狩りにとって、その非道とも言える依頼は、しかし日々の糧を得る貴重で有り難い依頼だった。


「へー」

「というわけで行ってこい、新人。……おっと三箇条は忘れてないな?」

「え? ああ」

「言ってみろ」

「えっと……契約は守ること。手柄より安全を重視すること。あと、胸のアザは誰にも見せないこと」

「結構。それじゃこの紙持って、もう一回あの受付に行ってこい」


 ヒトヤはイクサの指示通りまたヒメノのところに向かった。


 貧しい廃棄地区の者には子供を自分の稼ぐ為の道具として扱う者も多い。

 イクサがヒトヤに比較的安全な依頼を持たせた姿を見ていたヒメノは、イクサは比較的悪い親というではないのかもしれないと、そう考えながらヒトヤの受注申請を受け付けた。

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