第4話 人形狩りと訓練
「どうした? 限界か?」
「はぁ、はぁ……まだ……まだだ……」
「ふん。ならかかってこい」
「ああ……はぁ、はぁ……おぉおお!」
木の枝を削った手作りの木刀でヒトヤはイクサと打ち合っていた。
これはイクサが提案したヒトヤの戦闘訓練だ。
ガラクタを集め、売れそうな物があれば売却し、その後イクサと打ち合う。
ヒトヤが人形狩りになることを受け入れてから、それが日課となった。
もう日暮れが近い。
長く続くヒトヤとイクサの打ち合いは、四時間ほどの長時間に及ぶ。
といってもヒトヤはイクサに全く歯が立たず、ヒトヤがひたすらに打ちのめされてう光景が続いている状況ではある。
それでもこれだけの時間訓練を続けられるのは、イクサの絶妙な力加減と、ヒトヤの異常とも言える回復力によるものだった。
何十回目かのヒトヤのダウン。
少し暗くなってきた空を見ながら、イクサは訓練の切り上げを宣言する。
「今日はここまでだ」
「……まだ……まだだ」
「気概があるのは結構だが、ダメだ。言ったろ? 人形狩りには勉強も必要なんだ。お前、文字も計算も大分怪しいだろう? 他にも覚えておくべき常識もあるしな」
「……」
「帰ったら飯。その後はすぐに勉強だ。いいな?」
「……解った」
やられっぱなしの悔しさに項垂れながらもヒトヤは渋々従った。
イクサに従うことが自分の目標に今は一番早く辿り着くための近道だと理解しているから。
人形狩り。
これを理解するためには現在の世界の状況を知る必要がある。
現在大地にはロイドバーミン、つまり暴走した殺戮アンドロイドが蔓延っている。
ロイドバーミン達は今尚数を増やし、都市の外に出る人間達を見つけては襲い、殺害する。
だから人間は壁の内に閉じこもり、そこで生活しているわけだが、そのまま放っておけば数を増やしたロイドバーミンによって防壁外が満ちあふれ、いずれは防壁も突破されることになるかもしれない。
そこでロイドバーミンの討伐が必要になる。またロイドバーミンは回収すれば資材の宝庫でもあるのだから、その意味でも都市はロイドバーミンの討伐を推奨していた。
そしてその為に生まれた団体が二つある。
一つは騎士団だ。
都市直属のロイドバーミン討伐部隊にして都市防衛部隊。
そしてクデタマ村を襲った部隊でもある。
もう一つが人形狩り。
フリーのロイドバーミン討伐者だ。
騎士団に入る伝や力のないもの、或いは他者からの束縛を嫌う者たちが属する。
ヒトヤはこの人形狩りとなるべく、イクサに戦闘訓練を受けている。
人と物の廃棄場所、廃棄地区。
そこに生きる人を都市は人と見なしていない。
廃棄地区で都市内部の者を誰かが害すれば、都市は手段を問わず犯人を捕まえ、或いは殺害する。
人権なき者に証拠は要らない。
犯人が解らないのなら全員殺害すれば良い。
極論、都市にとって廃棄地区に生きる者達はそういう扱いだった。
だがそれでも廃棄地区の人間がロイドバーミンを討伐したときに都市側がなぜ無理矢理奪ったりせずに、買い上げをするのかと言えば次に期待する為だ。
危険なロイドバーミンの相手をするなら死んで困る者より、死んでもいい者の方が都合が良い。
ロイドバーミンを倒す程の力がある者ならば、殺して奪うより僅かな金を与えて利用した方が得だ。
言わば都市にとって廃棄地区は餌だった。ロイドバーミンが防壁よりも手頃に襲える廃棄地区。ロイドバーミンを廃棄地区に引き寄せれば都市はより安全を確保出来る。さらに廃棄地区の者が討伐してくれれば都市としては尚旨い。逆に廃棄地区の住民が殺されたとて困らない。そんな猟師が獲物を獲る為に仕掛ける罠のような場所として都市は廃棄地区を扱っていた。
つまり益より害が、得より損が大きくなれば、都市はいつでも廃棄地区を切り捨てる。だから都市とは上手くやらなければならない。間違っても廃棄地区で騎士の命を奪うなどということを許容はできない。
そこでイクサはヒトヤに人形狩りになることを進めた。
ロイドバーミンには様々な種類がいる。
都市周辺にいるのは人間型が殆どだが、場所を移せばそのタイプは様々だ。羽根があって飛ぶことも可能な鳥人型や、木をなぎ倒して突き進むほどの巨大なパワーを持つ下半身が車の人車型なども確認されている。
当然素材としての価値も、脅威度としても、そちらの方が高いわけであるから、最前線を戦う騎士団や人形狩り程、奥地へとその仕事場を移すことになる。
つまりイクサの言い分はこうだ。
衝動的な殺意で自棄になって自滅覚悟の刃を振るい、周りを巻き込むな。
冷酷な殺意を秘めて、機を見て確実に一人一人殺害せよ。
騎士に復讐したいならば人形狩りになり、力を磨いて奥地へと向かい、そこで出会う騎士団を暗殺するのが最上策だ。
都市の目の届かぬところでの殺害であれば、廃棄地区に迷惑はかからない。
そしてイクサが言うには、この方法であれば仮に多少足がついても都市側はそうそう問題にはできないという。
廃棄地区で騎士が殺害されたとする。廃棄地区には多数の者が住んでいる。
騎士にとって強さは存在意義だ。状況がどうあれ騎士側は不意打ちの上、多勢に無勢だったと自分達の敗北原因を正当化するために都市に報告するだろう。
だが部隊で動いているはずの討伐先でやられたとなれば、騎士団の面子に関わる。
騎士団にとって面子というのは非常に大事な者であるらしいのだが、ヒトヤはその説明を聞いても、その時はいまいち理解が出来なかった。
ただ証拠は可能な限り残さない方がいいと言われたから、ならば結局全員殺せば良いだけし、それだけの力が必要なのだと割り切った。
ヒトヤが理解できなかったのは都市側の事情にそこまで興味がなかったというのもあるだろう。
何にせよ、復讐の手段が与えられた。
それだけではない。壁の向こうに行く力を身につければイヨナを探すことも出来るかもしれない。
そしてその為に必要な力をイクサは授けてくれている。
ならばそれで充分だった。
だからヒトヤは例え血反吐を吐こうとも、イクサの課す訓練に死に物狂いでついていった。
そうして月日は流れ……
「ほう……」
「へへ……一本取ったぞ……」
「ふむ。もう一度だ」
「おぉおお! ……グゲッ!? ……アブッ、グハッ」
「ふん」
「いっ
「いい気になられても困るからな。少しだけ本気を出しただけだ」
「……むぅ」
何度もボコボコにされながら、やっとヒトヤが叩き込んだ木刀はイクサの肩を捉えた。そしてまたイクサに殴り飛ばされた。
その日はヒトヤがイクサから訓練を受け始めてから、およそ一年後の事だった。
ヒトヤは自覚できていないが、ヒトヤの強さは格段の進歩を見せていた。
イクサがどうやって調達してくるのか、裕福とは言えなくとも、過不足のない食事にありついているおかげもあり、まだまだ子供ではあるが、一年前と比べれば背も伸び、体格もよくなり、力も速さも技術も知識も全て比べものにならない程に成長していた。
「拗ねるなよ。これから人形狩りになろうってんだ。教えている側として当然のことをしただけだ」
「ああそうかい……で、その人形狩りには、いつになればなれるんだよ?」
もう一年も同じことを続けている。流石にヒトヤも諸々と溜まってきたところだった。
「明日だ」
「へ?」
とはいえ、その返事は意外だったが。
「俺に一本入れたんだ。まだ不安はあるが及第点で良いだろう」
「……いいのか?」
「このまま一生訓練している訳にはいかん。実戦に勝る訓練もないし、どこかで次のステップに移らないとな。俺に一撃入れたんだ。丁度良いだろう」
「……そうか……やっとか」
(これで騎士団をこの手で……漸く奴らの命を……)
「あ、因みにまだ騎士団に喧嘩売るのは早いからな?」
「!? なんでだよ!?」
「言ったろ? 奴らの目の届かないところでやるために人形狩りになるんだって。人形狩りになったからって最初から奥地に行けるわけじゃない。というか最初はセンターの監視とか諸々つくからな。暗殺どころじゃない」
「……」
「だからこれから人形狩りになってランクを上げていく必要がある」
「ランク……ああ、そういえばそんなのがあったって聞いたような?」
「勉強の成果があったようで何よりだ」
ランクって何だっけ? と言わんばかりのヒトヤに、皮肉の混じった笑みを浮かべながらもイクサはもう一度説明した。
「人形狩りはランクに応じて購入できる装備が変わる。ランクが上がる程、上位の武器を購入できる。弱いヤツが高級品を買って奥地にいって死ねば、貴重な武器が無駄になるからな。だから、奥地に行く為にはランクを上げて装備の質を上げなきゃならない。思い出したか?」
「……ああ……そう言えば教わった」
「思い出したようで何より。で、お前が奴らを狙う場所は奥地だ」
「……」
「返事は?」
「……ああ、思い出した。大丈夫だ」
「結構。さて、じゃあ俺からのプレゼントだ」
そう言って、イクサは古びた袋を放り投げた。
「プレゼント?」
なんだろう? と思いながらヒトヤは袋を開けた。
そこには片刃の直刀と胸当ての様な防具が入っていた。
「イクサ……これ……」
「その木の棒で人形狩りもあるまい。やるよ。おそらく切断機か何かに使われていた合金の廃材を研いだものと、拾ったボロの防護ベストを加工した防具だ。刀の方は切れ味はともかく、丈夫で重いからダメージとしては充分役目を果たすだろう。胸当ては……まあ、ないよりマシって程度だな」
「……ありがとう! イクサ!」
「拾いものでそんなに喜ばれても複雑だが、どう致しまして。それを持って明日から人形狩りデビューと行こう。初日だ。センターまでは連れていってやる」
「うん!」
負の感情混じる喜びの笑顔でヒトヤはイクサに礼を言いながら、手に取った刃を握りしめる。いつか、この刃を騎士達の血で濡らす日を妄想しながら。
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