第3話 復讐の対象
いつもの夢。
液体の中で白衣の男達を何も出来ずただ見ている。
そこに白衣の男が慌てた様子で駆け込んでくる。
「イクサか。呼び立ててすまない」
「構わんさ」
駆け込んできた男はイクサだった。そしていつも目の前にいる白衣の男はアランだった。
気が付けば周囲はいつもの水の中から、アランの部屋に変わっていた。
「お前は知っていたのか?」
「何をだ?」
「解るだろう? ……愚者の紋章だ」
「……ああ。一緒に住んでいるんだ。嫌でも目に入るさ。まあ……予めイヨナからも聞いていたがな」
「イヨナ!? ……そうか……どうして黙っていた?」
「知るものが少ないほど知られる確率が減る。単純にリスクを減らしただけだ。何か問題か?」
「いや……確かにお前ならそう考えるだろうな……違うな。私でもそうする」
「……他に知った者は?」
「いや、私だけだ。運ばれている内に顔色が少しずつ良くなっていたからな。まさかと思って人払いしたんだ」
「大した勘だな」
「どちらかと言えば人生経験だ……それで、これからどうする?」
「こいつ次第さ。そういう力だろう?」
「……そうだな……いや、それでいい……イクサ……ならばお前に任せても良いか?」
「……そっちがそれでいいならな」
ヒトヤが目が覚ます。そこはアランの部屋だった。
起き上がろうとすると身体が硬く感じて、自分の身体を見下ろせば胸に包帯が巻かれていた。
(……ああ。俺ロイドバーミンに殺されかけたんだっけ)
包帯を見て漸く自分がどうしてこうなったのかを察する。
「起きたか」
「大丈夫か? 痛みは?」
「んー、大丈夫みたい」
特に痛みも感じず、強がることもなくヒトヤはそう答えた。実際にヒトヤの身体は既にすっかりと回復していた。
「……ってイクサ、来てたのか」
「ああ」
ふとさっきまで見ていた夢がいつもと違ったのは、アランとイクサの会話を聞こえたからかとヒトヤは考えたが、夢で二人が何を語っていたのかはもう覚えていなかった。
「随分無茶をしたようだな。アカヤシが慌てて呼びに来たから何事かと思ったよ」
「一人でロイドバーミンに向かっていく、なんて無茶を教えたつもりはないんだがな……」
「イクサに似たんじゃないのか?」
「よしてくれ」
アランとイクサは二人で言い合いながらも、目線はヒトヤに向けていた。
「あの……ごめん、なさい?」
その視線がなんとなくヒトヤを責めている気がして、ヒトヤはなんとなく謝罪の言葉を口にした。
「謝ることなどない。おかげで皆無事だったのだからな。むしろ私達はヒトヤに感謝しなければならんな」
「え……あ、いや……」
勝手に感情的に突っ走った自分に礼を言われるのも何か違う気がする。
ヒトヤはそう考え、何と応えて良いか解らなくなってしまった。
「フッ。それじゃ日が暮れる前に帰るか」
そんなヒトヤを笑いながらも、じっと見ている時間はない。
廃棄地区では照明とて貴重だ。日のある内にやるべき事がある。
「そうか。ああ、イノリとアカヤシが心配している。帰る前にヒトヤの顔ぐらい見せていってやってくれ」
「ああ。解った。じゃあ、帰るぞ、ヒトヤ」
「え、ああ。あの……それじゃ」
「うむ。また買い取りに来てくれ。元気な顔でな」
ヒトヤとイクサはアランに見送られながらアランの部屋を出た。
(イノリは……流石にいないか)
別にいて欲しかったわけじゃない。が、いつもいる者がいないというのは何か違和感がある。イノリはいつもヒトヤが来ると入り口から部屋まで行きも帰りも案内してくれた。
(ま、いいや)
イクサがいるから遠慮したのかもしれない。
さっさと割り切り、建物の出口に向かうと人が集まっていた。
誰も彼も顔見知りだ。皆、アランの住むこの建物で過ごす者達だ。
そこにイノリもアカヤシもいた。
「おお、無事だったか。もう身体は大丈夫なのか?」
「ああ。問題ない」
「そうか、良かった……無理はするなよ?」
「あ、ああ」
満面の笑みを浮かべ、放っておいたら抱きついてくるんじゃないかと思えるアカヤシの態度に苦笑しつつ、ヒトヤはイノリの方を見た。
「イノリ……」
「ん……」
イノリは目に涙を浮かべていた。
「あー……その……心配かけた……」
「……うん」
涙を袖で拭いながら答えるイノリに何と言って良いか解らず、ヒトヤはアカヤシに視線を戻した。
「それで、皆で何やっているんだ?」
「ん? ああ……」
特に興味もなかったが、場を誤魔化すためにヒトヤは問いかける。アカヤシはそれを感じ取り、苦笑しながらもヒトヤに答えた。
「ロイドバーミンの遺体の引き渡しがあるんだ」
「引き渡し?」
「ああ。ロイドバーミンの遺体ってのは前時代の技術の塊だからね。素材としても優秀だ。だから都市に売れば結構な金になるんだよ」
「へぇー」
「安心して。勿論後で君達にも分配するから。なんたってロイドバーミン討伐の立役者だ」
「え? あ、えっと……ありがとう?」
「はは。礼はいらないよ」
思わぬ臨時収入があることを知って、少し機嫌をよくしつつ、イノリの方をヒトヤがチラ見する。まだイノリは涙ぐみながらヒトヤをじっと見ていた。
居たたまれない気持ちになって、ヒトヤはその場から逃げる事にした。
「じゃあ。そろそろ帰らないと言えないから俺達はこれで。また買い取りをお願いしに来るから」
「そっか。それじゃね」
「……また……ね……」
次来たときは流石に泣き止んでいるだろう。
ヒトヤはそう思いながらイクサと帰途につく。
「しかし、ロイドバーミンの遺体か……いくらになるんだろうな?」
「さあ……まあ、余り期待はするな。貰ったとき少ないとショックが大きいぞ?」
「……そうする」
イクサの言うことももっともだ。そう思いつつも期待していたヒトヤは気になって後ろを振り返った。
そこに丁度引き取り手と思われる都市の人間がやってきた。
(え……!?)
中央にいる立派な服を着た男。そして、その左右を守る様に固める鎧を纏った兵士。その鎧はあの日クデタマ村を襲った者達によく似ていた。
「…………」
「ん? どうした? ヒトヤ……」
「…………ハッ……ハッ……ハァッ、ハアッ」
「ヒトヤ?」
ヒトヤの頭の中にあの日の記憶が蘇る。
家族を、村を、自分の全てを奪った者達がそこにいる。
「アァアッ--」「ヒトヤッ!」
激高し、理性を失い、漏れ出る感情を抑えきれず叫びながら、兵士達に向かおうとするヒトヤを、しかしイクサが抱き止めた。
「離せっ!」
「ヒトヤ、帰るぞ!」
「嫌だ! 離せよっ」
胸の辺りが脈打つ。イクサの腕を抜け出し、あの鎧を来た奴らをヤソジのように切り刻めと脳が叫ぶ。
「チッ、ヒトヤ。いい加減にしろ!」
「ガァッ!」
ヒトヤはイクサに強引に担ぎ上げられ、自宅まで力尽くで連れて行かれた。
「アイツらなんだ……俺の村を焼いたのは……ヤソジさんを殺したのは……」
「そうか……」
イクサの家でヒトヤはあの日のことを打ち明けた。
イクサはクデタマ村が侵略されたことについて、イヨナから聞いて知っていた。だが、そのときのヒトヤの詳しい状況までは知らなかった。
ここで生きることに必死な普段の生活を見ている限り、或いはヒトヤは家族と別れた悲しみはあれど、そこまで強い負の感情を持っているようには見えなかった。
或いは兵士達の姿を見てあの日を思い出し、その感情が漸く今湧き出たのかもしれない。
「それでヒトヤ……お前は奴らをどうしたい?」
「……殺したい。アイツらを村の皆と同じ目に遭わせてやりたい」
「ヤソジやイヨナがそれを望んでいないとしてもか?」
「だとしてもだ……俺の気が済まない」
「そうか……」
それがヒトヤの本音だ。
たとえイヨナがい今ここにいて、ヒトヤを止めたとしても、ヒトヤはあの兵士達を許さない。許せない。どうにかして兵士達を殺そうとするだろう。
その確信があった。
人が人を殺す。あの日に受けた衝撃がヒトヤに人を殺すことを、仇を討つなどという正義の言葉に変えてごまかすこと拒否させた。
人殺しは悪だ。それを知った上でやる。自分の為に。
「先に言っておく。お前がこの廃棄地区で騎士団に手を出そうとするなら、俺はお前を止めなきゃならない。たとえ殺してもな」
「……」
「そもそもお前みたいな子供が騎士を殺せるとも思えないが、仮にお前がここで都市の人間に手を出せば、都市はお前を捕まえる為にあらゆる手を尽くすだろう。その結果、もしかしたらアランやイノリもその巻き添えを食うかもな」
イクサの言うことをヒトヤは理解は出来た。出来たがもう止まれない。
廃棄地区から見上げる防壁の先、自分の憎むべき敵がいると知ってしまったのだから。
「……そうか……だったら……出てくよ」
俯きながら、ヒトヤはそれでも自分の覚悟を語った。
「あ?」
「俺はここを出て行く。そうすれば迷惑もかけないだろう?」
「あほう。かかるわ。廃棄地区の人間など都市にとってどうでもいい存在だ。さっきアランやイノリと言ったが、廃棄地区に住む全ての人間が被害を受ける」
「……だから……だからやめろって言うのか?……イクサ?」
ヒトヤにはイクサがヒトヤを止める為に説得しているようにしか聞こえなかった。
だから顔を上げ、イクサの顔を見て、そこに笑みがあったことに驚いた。
「いや、全くそんなことを言うつもりはない」
「は?」
「皆に迷惑をかけずにやれって言っているだけだ」
「いや……どうやって……」
「そうだな……ところでお前さ、“人形狩り”になる気はあるか?」
「え?」
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