第2話 廃棄地区

「これは……金になるかな……まあイクサに選別して貰えば良いか」


 イヨナに連れられ、辿り着いた場所。そこは緑豊かなクデタマ村とはまるで対称的な場所だった。雑草一つ見つけるのも苦心するような土と瓦礫が視界を覆う、まるで荒野のような廃れた場所。

 そこでヒトヤは積み重なる瓦礫を漁っていた。


 ヒトヤが拾ったのは何に使われていたのかも不明な鉄の塊だ。

 それを持って来た古びたバックッパックに放り込むと背負って歩き出す。

 バックパックには他にも様々な拾いものガラクタが入っている。

 子供が背負うには重すぎる荷物を無理矢理背負い、何とか足を踏み出してヒトヤは新たな住処へと帰っていった。




「どう?」

「なかなかの収穫だ。今日は半分くらいは換金できそうだな」

「半分か……」

「拗ねるなよ。むしろ売れるものがあったんだ。喜べ」

「……」


 やはり瓦礫の積み重なる場所で、その瓦礫を積み上げて無理矢理建てた家と呼ぶにはおこがましい建物の中。

 ヒトヤが渡したバックパックの中身を男が一つ一つ見ながら選別する。

 そしてその選別したガラクタをバックパックに詰め直し、ヒトヤに差し出した。


「さて、じゃあコイツをアランのところに持って行ってくれ。俺は今日の飯を確保してくる」

「ああ、解ったよ。イクサ」


 ヒトヤがイクサと呼んだ男はイヨナとヒトヤが村を出て辿り着いた先にいた、帯刀した男だ。

 あれから一月。

 ヒトヤはイクサのことを殆ど知らない。

 なぜこんなところに住んでいるのか、イヨナとはどんな関係だったのか。


 聞いても教えてくれない。

 多少の不信感はありつつも、だが、育てて貰っているのは確かなので、ヒトヤはイクサの言うことに従っていた。

 生きていける力もないのに逆らうことなど出来はしない。

 クデタマ村での生活と比べれば、いや、比べるべくもない貧しい生活。

 風呂もなく、食事も不味く、寝床は固い。それでもヒトヤは文句を言わず、いや言えずにただ生きる為に日々を過ごしている。




 ガラクタを背負って悪い足場を暫く歩き、ヒトヤはまだ倒壊していないだけのボロボロの廃墟のような建物に辿り着く。

 元はビルだったのか大きさだけは立派な建物。

 修理されたのか不自然にそこだけ新しい扉を叩いて、少し待つと扉が開いた。


「ヒトヤ。いらっしゃい」


 扉を開けたのはヒトヤと同世代と思われる少女だ。

 美少女といって差し支えない容姿の筈だが、着ているものはみすぼらしく、肌も薄汚れていて、髪も手入れがなっておらず、折角の容姿も台無しだ。

 もっともヒトヤも他人のことを言えた義理ではないが。


「イノリ、アランはいる?」

「うん。買い取り?」

「ああ」

「じゃあ、着いて来て」

「場所なら解るけど」

「いいの。これが私の仕事なんだから」


 少女……笑顔で案内役を務めるイノリに何が楽しいのかと、少し呆れて息を吐きつつも、後をついていく。

 この建物の見た目とは不似合いな照明に照らされ、ヒトヤには見ても何なのか不明な機械が稼働する綺麗な部屋まで案内される。そこに座っていた白髪交じりの初老の男がいるのを見て、ヒトヤは声をかけた。


「アラン」

「おお、ヒトヤ。今日も来てくれたか」


 イクサに引き取られてから、アランにガラクタを持ち込むのが午前の日課になっている。もう馴染みの顔だ。要件も解っている。

 早速ヒトヤは背負っていたガラクタを初老の男に渡した。


「有り難いことだ。この廃棄地区で使えるものをこうして持って来てくれるのだからな」

「買い取って貰ってるんだ。礼はいらない」

「そうか。ところでイクサは達者か?」

「ああ。特に変わったこともないよ」

「それは結構」


 ルーペでバックパックからガラクタを取り出し一つ一つ検査を始めた。

 検査が終わるまで、ヒトヤにはやることがない。

 部屋にある椅子に腰をかけていると、自然とあの日のことを思い出してしまう。

 殺されたヤソジ。殺害される村の皆。イヨナに連れられ逃げだしたあの日……


(廃棄地区、か……俺は捨てられたのかな……)


 十日も過ごせば多少の情報は身につく。

 廃棄地区。中央に巨大ビル群がそびえ立ち、周囲を防壁に囲まれた巨大城塞都市、ヒガシヤマトの防壁外にある捨てられた地域。都市内で使えなくなった人と物が集まる場所。


 そこにイヨナはなぜ連れてきたのか。

 そしてイヨナはなぜいなくなってしまったのか。


 あの村に戻れないことぐらいは解る。

 襲ってきた鎧の者達を憎めど、ここに連れてきたイヨナを恨む気持ちははない。

 ただ住む場所はどこでもいい。ずっとイヨナと過ごしたかった。


 何も知らされぬまま、姿を消したイヨナをヒトヤは想う。

 

(イヨナさん……)

「ふむ。千五十ゼラでどうかな」


 アランの言葉にヒトヤは我に返った。


「構わない。イクサもアランはぼったりしないって言ってたしな」

「そうかそうか」


 信頼されていることが嬉しいのか、笑顔を浮かべながらアランは机の引き出しから紙幣と硬貨を取り出す。


「また頼むぞ」

「あればな。ここは廃棄地区だ」

「もっともだな」


 金を受け取り、部屋の扉を開けるとイノリが立っていた。


「待ってたのか?」

「お客様のご案内が私の仕事ですから」


 肩をすくめて大人しくイノリに、今度は出口にまで案内される。


「今度はいつくる?」

「解らない。売れるものが見つかった時だな」

「そっか」

「ああ。じゃあな」

「あ、うん……じゃあね」


 廃棄地区で子供が生きていくのは難しい。大人は自分を守ることで精一杯だ。

 だから同世代の人間をヒトヤもイノリも他に知らない。

 少し寂しそうなイノリの表情にヒトヤも気づきはしたが、ここでゆっくりしている暇もない。


 イノリの視線から逃げるように顔を背け、帰ろうとしたとき、男が慌てた様子で走って来た。

 それを見て、ヒトヤはあの日のことを思い出した。


「アカヤシさん?」

「イノリちゃん! アランさんに連絡を頼む! ロイドバーミンが廃棄地区に紛れ込んだらしい!」

「え!?」

「おそらく侵入してから時間が経っている。ここも安全じゃないかもしれない」


 廃棄地区もガラクタを積み重ね、一応バリケードのようなものはある。

 だが、都市のような監視体制の行き届いた防壁ではない。

 時にこうしてロイドバーミンが紛れ込むことはあると、ヒトヤもイクサから聞いてはいた。


「この後アランさんに言って探索部隊を編成しなきゃ。ヒトヤ君、イクサさんは?」

「食料を調達するって言ってたから今は川の方に行ったと思う」

「そっか……じゃあすぐに来て貰うって訳にはいかないか。こういうとき一番頼りになる人なのに……って言ってても仕方ないな。とにかく僕はアランさんのところに行く。君達は事態が収まるまで建屋の奥に避難して--」


 そのときガランと瓦礫の崩れる音が聞こえた。

 三人の視線がその音の方に集まる。


「……ロイドバーミン」


 見た目は人間。だが光を放つその瞳がそうではないと示している。

 人を殺す。その為だけにあるようなその瞳に射すくめられて、イノリが恐怖に腰をぬかして座り込んだ。


「ギ……ギィイイ!」


 三人に向かって駆け出すロイドバーミン。


「逃げろ! 早く!」


 アカヤシが慌てて二人を建屋に押し込もうとするが、イノリが震え上がって動けない。一方、ヒトヤは確かに恐怖を感じていたが、強烈な怒りも感じていた。


(どうして……どいつも、こいつも……)


 俺から奪おうとするのか。

 さっきあの日をフラッシュバックした脳が問いかける。

 また逃げるのか? と。


「ここは僕が食い止める! ヒトヤ君はイノリちゃんをつれてアランさんのところに!」


 アカヤシがそう叫び、武装と呼ぶには心許ない鉄パイプを持ってロイドバーミンを迎撃すべく立ち向かう。

 飛び掛かるロイドバーミンを鉄パイプで受け止めるも、ロイドバーミンの勢いに耐えきれず組み伏せられる姿を見て、ヒトヤは走り出した。


「ヒトヤ!」


 悲鳴に似たイノリの呼び声を背に、走りながら瓦礫を拾い上げ、ロイドバーミンの元へ。


「ギガアァア!」

「くっ、くそ……!? ヒトヤ君!?」


 そして組み伏せたアカヤシを噛み殺そうとするロイドバーミンの顔面に瓦礫を叩き付けた。


「ギベッ!?」

「ヒトヤくん!? 何をしているんだ!? 早く戻れ!」


 アカヤシの指示にに構わず何度も瓦礫を叩き付ける。

 所詮子供の力だ。相手は金属の骨を持つモンスター。その攻撃は大したダメージにはなり得ない。


「あぁああああ!」


 それでもヒトヤは瓦礫を叩き付けた。

 ヒトヤの感情に応えるようにズクンと胸が脈打つ。


「いけない! ヒトヤくん!」


 効いていないとはいえ、瓦礫で殴られて、ターゲットをヒトヤに変えたロイドバーミンが振るった腕がヒトヤの胸にめり込んだ。


「げふぅっ」


 吹き飛ばされ地面に叩き付けられる。

 殴られた瞬間にメキリと聞こえた音と痛み、吐き出した血が内蔵までダメージが届いたことをヒトヤに解らせた。


 重傷だ。

 だがヒトヤは構わず立ち上がった。ふらつく足で、それでも気力だけで。


 ロイドバーミンは完全にヒトヤに意識を切り替えていた。

 アカヤシを放置し、立ち上がったヒトヤに飛び掛かる。


「やめろ!」


 行かせまいと延ばしたアカヤシの手をすり抜け、ロイドバーミンがヒトヤ飛び掛かる。ヒトヤの胸がまたも脈を打つ。


 そしてロイドバーミンが延ばした腕をかわし、ヒトヤはロイドバーミンの顔面に再度瓦礫を叩き付けた。


 完璧なカウンターとなった瓦礫の一撃はロイドバーミンの顔面を砕いた。


 膝から頽れたロイドバーミン。

 その姿を見て、ヒトヤは意識を閉じ、重力に身体を任せた。

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