復讐の愚者 ~殺人アンドロイドの蔓延る世界で少年は復讐のために成り上がる~

村人T

1巻 ~復讐の理由~

第1話 ヒトヤとクデタマ村

(ここは何処だろう?)


 その答えはいつも解らない。

 どこか薄暗い部屋の中、自身の周りだけが何かの液体で満たされている。

 液体の向こうには二人の白衣の男が立ち、こちらを見ている。

 そこに白衣の男がもう一人。慌てた様子で近寄ってきた。


「イドナ、来たぞ!」

「そうか……ジャイル。頼む」

「ああ」


 周囲を満ちる液体が引いていく。そして……




「ん……またか」


 少年は目を覚ました。

 既に見慣れた夢だ。

 少し時間が経つと忘れてしまう。思い出すのは次にまたその夢を見たときだけ。

 夢の内容を覚えている内に何の夢なのかを考えようとしたこともあったが、考えたところで解るわけもない。

 今では時々見る、特に意味のないいつもの夢。そう割り切っている。


 だから夢について深く考えることもなく、目を擦りながら少年は身を起こし、朝の支度を始めた。

 寝ている間に少し汗をかいたからか。かゆみを感じて胸をかく。

 ふと気になって服をめくる。

 少年の胸には、黒い幾何学的な紋様が刺青のように浮かんでいた。


(……んー)


 大人達からは特に病気の類いではないと聞いている。

 ただ、絶対に村の外の人には見せるなとも言われている。

 何なのかと聞いても、教えてくれる人はいない。大人になったら教えると皆がそう答えた。

 実際、その紋様が生活に害になった事もない。

 だから今は気にしても仕方がないと普段はこれも割り切っているが、ふと気になることもある。

 少年が自分の胸をじっと見ていると、ドアのノックの音が響いた。


「ヒトヤ……あら、今日は寝坊しなかったのね」

「いつもしてるみたいに言わないでよ。イヨナさん」

「それは失礼しました。ほら、折角早く起きたんだったら支度しちゃいなさい。ヤソジが待っているわよ?」

「はいはい」


 少年の名を呼んだ女性の言葉に少しふて腐れた表情をしながら、ヒトヤは紋様のことなど忘れ、支度を済ませて自分の部屋を出た。

 血は繋がっていなくとも、育ててくれた母親のような女性の笑顔に見送られ、今日もいつも通りの生活が始まることを疑いもせずに……




「ヤソジさん。薪を集めて来たよ」

「おー、助かる」


 緑生い茂るヒトヤの住む集落、クデタマ村。

 周囲を丸太を加工して造り上げたバリケードで囲われた小さな村だ。

 規模が小さいこの村では村人全員が家族のように繋がり、互いに仕事を分担している。


 まだ子供であるヒトヤも雑用程度の仕事を任されていた。


「って……それ、ロイドバーミン?」


 集めた薪を届けたヒトヤはヤソジの足下に転がるものを見て顔をしかめる。

 一見何も知らずに見れば、それは人間の遺体だった。

 だが、ヤソジの手によるものか、切断されたその遺体の断面。人間同様赤い血が流れる腕の断面周囲に対し、断面中央から見えるのは。金属の骨と時折発生する微量の放電。それがその遺体を生物ではないと告げている。


 ロイドバーミン。

 かつてアンドロイドと呼ばれた、金属の骨格に人の皮を被った前世界の遺物。

 今は目に映る人間に襲い来る、人型のモンスター。人の形をしながらその身体能力は常人を遙かに超える。


 ヒトヤような子供が襲われればひとたまりもないだろう。

 遺体とはいえ、そう考えるとヒトヤは背中にゾッと寒気が走るのを感じた。


「ん? ああ。村の周囲を彷徨いてたからな。念の為狩っておいた。大丈夫だ。もう死んでる」

「……そう」


 ヒトヤを安心させようとヤソジは笑みを浮かべながら、ロイドバーミンの遺体を蹴り飛ばして見せた。


「ほらな?」


 それを見て安心したヒトヤは、恐怖が消えた変わりに生じた好奇心でロイドバーミンの遺体に近づいた。

 手をのばせば触れられる。そんな距離で。


「ギギッ」


 死んだはずのロイドバーミンの目が光り、動き出した。


(え?)

「ヒトヤ!」


 ヤソジも気づき動き出したが、少し遅い。

 ヒトヤはロイドバーミンの残っていた手で肩を掴まれ組み伏せられた。


「ぐっ」


 ロイドバーミンの顔がヒトヤの首筋を噛み切ろうと口を開け、ヒトヤに近づいてくる。ヒトヤが一瞬死を覚悟した瞬間、ロイドバーミンの顔が横から殴られた様に跳ね飛んだ。


「クソッ! まだ生きてやがったか!」


 ロイドバーミンを蹴り飛ばしたヤソジが剣を抜き、ロイドバーミンを斬り裂く。

 ロイドバーミンが頽れ、今度こそ活動を停止したのを確認し、ヤソジはヒトヤの元へと駆けた。


「ヒトヤ! おい! 大丈夫か!?」

「い……っつ……」


 ロイドバーミンの強力な力で握りつぶされた肩は胸に至るまで赤黒く腫れ上がっている。

 骨が砕けたのだろう。普通なら重傷だ。


 痛みで脂汗をかきながら、ヒトヤは胸の紋章付近がドクンと脈打つのを感じた。

 すると不思議なことが起きた。


 ヒトヤの肩の腫れが少しずつ小さくなり、変色した肌が普段の肌色へと戻っていく。


「大丈夫だ。そのまま怪我が治るまで寝てろ」

「……ぐッ……わか……った」


 ヤソジに言われるがまま、ヒトヤは仰向けに五分ほど寝転がっていると、もはや怪我をしたことなど解らない状態にまでヒトヤの怪我は回復した。

 それを見たヤソジが差し出した手を取り、ヒトヤは起き上がった。


「相変わらず大した回復力だな。大丈夫か?」

「うん……だからって怪我をしたくはないよ? 痛いし」

「そりゃそうだ。すまん」


 頭をなでてヒトヤを宥めつつ謝罪したヤソジは、先ほど斬り伏せたロイドバーミンを抱え上げた。


「さて、俺はコイツを処分してくる。ヒトヤは今日は家に戻って寝てろ。一応怪我人だしな」

「もう治ったけど?」

「いいんだよ。怪我させたのに働かせたとかイヨナにバレたら俺が怒られる」

「はは。そうか。じゃあ今日は戻るよ」

「おう、お疲れ」


 言われた通り家に帰る途中、村の門近くが騒がしくなったことにヒトヤは気付く。

 狭い村だ。家の外に出ればどこからでも村の門が見える。


 その門から一人の男が慌てた様子でヤソジの方に走りながら、大声で叫んだ。


「ヤソジ! 来てくれ! 都市の騎士団が来た!」

「なに!?」


 ロイドバーミンを放り捨て、村の門へと駆け出すヤソジ。

 他の村人も門へと集まっている。

 何事かとヒトヤが事態を呆然と見ていると、村の門に見慣れぬ集団が近寄ってきた。


(なんだ? アイツら……)


 その集団は皆が鎧を着込んでいた。

 そして皆が何かしらの武器を手にしていた。


 村人達が門の前に集まり、彼等の前に立ち塞がる。

 ヤソジもその一団に加わった。


 鎧の者達と村人達は何かを話しているようだ。

 風の音がうるさくて、ヒトヤには彼等が何を言ってるのかまではよく聞こえない。

 ヒトヤは不安を抱えながらも村の門へそろそろと近づきながら耳を澄ませた。


 距離が近づいたからか、声が聞こえるようになったとき、それは起きた。


「待て! 話を聞け! 俺達は違う!」

「黙れ! 貴様等と話すことなどない!」


 騎士の一人が剣を抜き、ヤソジを斬り伏せた。

 ヒトヤは動きを止めた。自分を育ててくれた父親のような人があっけなく斬られ、殺害される瞬間を目撃して。


(え……) 


 ヒトヤは動くことも声を上げることもできず出来ず、倒れるヤソジをただ見ていた。


 平和な村で生きてきたヒトヤは想像すらしたこともなかった。

 人が人を殺すという事実を。


 現実感のない状況に真っ白になった頭で立ち尽くすヒトヤ。

 村の入り口では更に村人達が鎧を着た男達に斬り伏せられていく。

 村の家に火が放たれ、鎧を着た者達が村に雪崩れ込むように踏み込んでくる。


 そのまま立っていたら、いずれヒトヤも彼等の刃に斬り裂かれるのだろう。

 そう解っていながらもヒトヤは動くことが出来なかった。


「ヒトヤ!」


 後ろからイヨナに抱きすくめられるまでは。


「こっちに! 早く!」


 真面な思考も出来ないまま、ヒトヤはイヨナに手を引かれ、言われるがままその場を後にした。




 その後どうなったのか詳しくヒトヤは覚えていない。

 薄暗い道をひたすら歩かされたのは覚えている。


 途中で漸く父と呼べる人の死を理解し、ただひたすらに泣いた。

 泣いてもイヨナはヒトヤの手を引き、ただ歩き続けた。


 何日歩き続けたのだろうか。


 足が棒の様に固まり、痛みを通り越して感覚も無くなった。

 疲労はとっくに限界を向かえ、身体も瞼も鉛のように重い。

 もう無理だと倒れれば、イヨナはヒトヤを担ぎ、それでも進み続ける。

 襲いくる飢えと乾きから目の前が霞み、ヒトヤが死すら幻視したころ、イヨナが足を止めた。


 イヨナの前にはいつの間にか帯刀した男性が立っていた。

 イヨナはその男性にヒトヤを差し出す。


「この子が……」

「はい」

「……これからどうする?」

「私は戻ります。あの場所を離れるわけにはいきませんから」

「そうか……」

「ヒトヤを、お願いします」

「……いいだろう」


 ヒトヤに会話の意味は分からなかった。

 そもそも会話を理解できる状態でもなかった。

 だからただ、本能の命じるままに目を閉じた。


 倒れた身体を抱き支えるイヨナの暖かさに包まれて、意識を落としたヒトヤにイヨナは慈愛に満ちた表情で語りかけた。


「さよなら……ヒトヤ」


 そのイヨナの声はヒトヤにはもう聞こえなかった。

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