第53話 アクリスも飲みたくないの

「ん? なんでお前ここにいるんだ?」


 部屋に戻るとなぜかチャリスは、俺の部屋の窓側の壁に寄りかかり座って寝ていた。

 食後の飲み物でも運ばれていたのだろうか? テーブルにはコップが置かれている。空っぽだが。

 俺は、チャリスに毛布をかけながら、隣に座った。

 窓からの星空は、山奥なのもあっていつもより綺麗に見える。


   ◇


「デッウスルト様っ、デッウスルト様っ♪」


 遠足みたいなノリでチャリスは村長のビスキスさんの後ろについてスキップしている。

 今日、俺たちは、デウスルト様にお目通りをさせてもらうことになっている。

 館から、森の中を川沿いに少し歩いていくと、泉が広がっていた。

 泥川が続いていく中、泉が近づくにつれ水の透明度が上がってきている。

 その泉の中央付近にデウスルト様が、象の倍以上はあろうその体を白く湾曲した椅子に乗せ座っていた。

 その周りには白い柱があり、その頂上には小便小僧が中心に向けて立っており、デウスルト様に噴水している。


「デウスルト様…… このものたちが祝福の儀を彩ってくれる旅の魔法使いでございます」


 ビスキスさんが頭を下げながら俺らを紹介してくれる。


「よ、よろしくお願いいたします。私がリテラ、他2人がチャリス、キュリオ、共に魔法を扱えます。この度は誠におめでとうございます」


 俺たちも、ビスキスさんに習い、ぬかるむ地面に片膝をつきお辞儀をして挨拶をした。

 デウスルト様は、やはり、魔族だろう。モフモフしている姿は、明らかにメルヘン化の影響を受けているように見える。

 しかし、その姿は、メルヘンとは程遠い。肥えた蛇のような体は、たるみのラインが幾重にも歪に刻まれている。時々開ける口からは、焦げた紫、腐食しているような歯が見え隠れし、臭気のような紫色のガスも噴き出ている。切長の目の中には、紫色に血走る瞳が蠢いている。

 モフモフさせりゃなんでも可愛くなると思ったら大間違いだ。そのモフモフも水気を含み、搾り尽くした雑巾のようになっているし。

 デウスルト様の魔力みなぎるその体が、水を綺麗にしているのだろうか。水の汚さを全て吸収してこんな姿になっているのか、それなら村のため、守り神とも言えるのだろう。


「…………」

「それでは失礼致します」

「え? せっかくですし、何か希望とか……」

「リテラ様、デウスルト様はそんな暇じゃないんですよ」

「え……」


「…… よいよい、ビスキス。だがそうじゃ、なぜ、わしが声を発しなければいけないのかを、リテラというたか、考えるべきじゃ。なんて面倒でかったるくしんどいことか。お主がわしの思いを汲みとるべきじゃろう。わしが口を開く必要のないようにな」

「ンファーーー!」


 ビスキスさんは、デウスルト様の声に感銘を受けたのだろうか、何やら叫んで平伏している。

 しかし初対面で一体何を汲み取れというのか。


「…… ん。うむ、待て。3人組か。そこの娘たち、お主たちは見どころがあるのぉ」


 デウスルト様は、そう言うと小便小僧からの水をゴブレットで受け取り、そのゴブレットを体や顔で覆いながら何やら蠢いている。顔をあげゴブレット2杯を浮かべながら、チャリスとキュリオの前にフワフワと着地させる。


「特別な水じゃ。とてもありがたいな…… そこの2人飲み干すがいいぞ」

「な、なんて光栄…… デウスルト様から、のお水を…… ン、ンファーーー!」


 ビスキスさんがうるさい。

 デウスルト様は、お化け屋敷での練習でもしているかのように口を広げ、ドス黒い紫の歯を剥き出している。

 キュリオの視線が痛い。マジ? ガチ? 冗談っすよね? という顔で俯きながら俺のことを凝視してきている、気がする。

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