第49話 アクリスは小さい時は獣みたいだったの

「アクリスは、守られなきゃいけない存在なんでしょうか?」

「この村で生涯を過ごすのであれ、外に出るのであれ、アクリスには理解者がいないといけない。私だってそう長くはない、そうするのがいいんだよ」

「デウスルト様が、理解者になれると……」

「ふぅ、お前さんは、不器用だねぇ。まぁ。少し、アクリスの話をしておこうか」


 そう言いながら、ミニヴァンさんはアクリスの話をしてくれた。


 アクリスの家は、2歳くらいの時に、大きな火事にあって、アクリスはなんとか助かったらしいが、目と耳が不自由になっていたらしい。原因も不明、身寄りもいなくなってしまった。

 そういった不自由を抱える人たちは、ここみたいなチンケな村じゃ生活を支えてあげるようなことはできない。都合のいいように利用されるか、家畜みたいな生活を強いられることが常だ、それがこの村でのなんだよ。

 

 私にも、昔一人娘がいてね。その子は、心臓が弱くて運動ができなくて、村からは厄介者扱いだった。まぁ、手のひら返しもあったんだが、結局私より先に逝っちまったよ。

 だからかね、必死に生にしがみつくアクリスを見かねた時。1人野原を這って手当たり次第口に入れては吐いている、そこら中にぶつかったりしては奇声を発している、そんな小娘と出会った時は同情して力になりたいなんて思っちまったもんさ。村のみんなからは、変人扱いされたがね。


 今じゃ想像できないかもしれんが、その頃のアクリスは凶暴だったよ。触れるもの全てに手を上げていた。食べ物は手も使わずに鼻で確認しながら獣のように食べていた。トイレだってね、場所も人目も関係ない、したくなった時と場所がトイレだ。

 私はね、そんなアクリスを家に招いたんだ。その時は私も独り身だったしね。それから10年くらいかけてコミュニケーションや魔法、一般教養を教えてきたよ。言葉より先に、魔法を覚えた時には、あれは笑ったね。この子は、元々素質があったんだろう。いろんなものを疲れて眠るまで飛ばしたり、変化させたりするから、村から追放されそうになったよ。


 この辺りでは、少し前から、『灰死病はいしびょう』という疫病が流行り出していてね。発熱の後、皮膚がボロボロになり、苦悶の表情を浮かべながら灰のように舞って死んでいく病気さ。ここでできるような回復魔法じゃ、意味をなさなかった。だから、村は、アクリスたち、不自由なものたちに看病をさせたのさ。

 看病をした多くの人は皆、同じく灰死病になっていった。だがね、アクリスは平気だったんだ。それよりも、生き残った人の話では、アクリスが看病していた人は皆笑顔で苦しまずに逝ったって言うとった。

 その話が一人歩きしていき、魔力の高さ、元から顔は良かったしね。デウスルト様の花嫁候補に名があがっていったってワケさ。それに目が見えないって言うのも、花嫁候補としては都合が良かったからね。


 これがアクリスの幸せかなんてわからないよ。ただね、あの子は初めて必要とされている、頼られているんだ。これを逃したらこの子はどうするんだい? 生きていけるなら、幸せなんて後からでもついてくるもんだろう。死んじまうよりいいさね。


 ミニヴァンさんは、話している間、ずっとアクリスの頭を撫でていた。

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