第46話 アクリスはみえざるきこえざるなの

 俺らは、ピスキスさんの紹介でメイドのミニヴァンさんに館内を案内してもらうことになった。

 ミニヴァンさんは、梅干しみたいでありながら可愛らしい婆さんで、フリフリした室内帽をかぶり、肩周りがくしゃっと広がっている長めのスカートワンピースにエプロンをして、危なげな足元を杖で支えながらも清楚な立ち振る舞いが垣間見える、そんな内側に内包されている母性が溢れ出しているような人だった。

 ミニヴァンさんは泊めてくれる部屋、客間、お風呂場などを案内してくれ、最後にアクリスのことも紹介してくれるということで、そこへ向かっていった。


 案内中の会話から、少しこの辺りの事情がわかってきた。

 この辺りでは、水関連の問題が常に続いており、デウスルト様がそれを救ってくれた。その対価として、デウスルト様は花嫁を毎年募集している。そのため、近隣の村からも、女の子は年頃になるとこの村に集まってくるようだ。

 デウスルト様、なんてうらや…… ふざけたシステムを構築してるんだろうか。

 ただ、少し昔までは花嫁候補としてだったが、今ではお世話がかりとして従事できそうなものが残り、選ばれなかったものが元の村へと戻るのが多いようだ。このお館での従事は給料も良く、親族の生活も保障されるらしい。

 今まで選ばれてきた花嫁は、みんなあまりモタなかったようで、今回新たな試みとして期待されているのがアクリスだということだ。


「あの奥で本を読んでいるのが、アクリスだよ」

「アフ、あふぇぇ」


 大層な扉を開けると、奥の大きめの窓から差し込んでくる光に包まれながら、黒い布で目を覆い、頭に大きめのゴーグルを被った女の子が、白い髪を落としながら本を広げ、ソファにちょこんと座っている。

 上半身は白地に花模様が散りばめられたシャツ、座っている腰から伸びるスカートは透き通るような青色で海の生物で彩られており、とても愛くるしい光景だ。


「ほら、お客さまだよ、アクリス!」


 ミニヴァンさんは、腰につけていた小さめの杖を取ると、魔力を女の子に飛ばしていった。

 黒い布で目を覆った女の子は、魔力の当たったおでこを抑えながら俺らの方に顔を向けてくる。

 だが、この子は俺らが入ってきたことには最初から気付いていただろう。

 扉を開ける前から魔力はダダ漏れだった。

 扉を開けた途端、引っ込んでしまったが。

 チャリスの残念そうな顔がそれを物語っている。


「すみませんね。アクリスは、目と耳…… 視覚と聴覚を失っていて。だから、喋ることもできなくて。ほれ、そこに積み上がっている本を片してやりなさい」


 目と耳が使えない? それなのに本を読んでいる? のか……

 ミニヴァンさんは、10冊ほど積み上がった本を指差して近くの若いメイドさんに指図している。

 おぉ、こちらのメイドさんは、スカート丈が婆さんと違って短い、本を持ち上げようとする仕草でその中身がこぼれ落ちそうではないか。世代によってブームとかあるんだろうか、俺の部屋のご担当になってもらえないか、ミニヴァンの婆さんに相談してみよう。

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