第19話 チャリスは笑うんです
ぬいぐるみに刺さったピンク色の矢は光りを放ちながら蒸発していった……
一瞬かもしれないし、しばらくだったかもしれない。俺は目の前の状況をただボーッと見ることしかできていなかったと思う。
そ、そうだ! チャリスは――
振り返ってみると入り口のところにチャリスが転がっている。
チャリスは、制服を翻し、背中とパンツをあらわにしてうつ伏せに倒れていた。
「チャリ――」
「――ふぁにゃっ!」
チャリスは、勢いよく立ち上がるも、目を細めて少しヨタヨタしている。
「クピディ様は…… いましたか? クピディ様のような声も聞こえてきた気がしたので近づこうとしたんですが…… あぁ! ぬいぐるみさんが!」
チャリスは、ぬいぐるみの近くでぺたん座りをして拾い上げ、少し悲しそうな顔をして、矢が刺さっていたところを優しく撫でている。
ぬいぐるみからは、もう魔力を感じられない。
「……クピディは、いなかったみたいだ。お気に入りなのに……ごめんな」
確証もないことで悲しさを増幅させることはしたくない。
パラパラと木の屑が降り注いできて、煙の匂いが立ち込めてきた。
見上げると矢が抜けてきたところから、木が燃え始めている。
「そっか…… クピディ様はやっぱりいないんですね」
チャリスの言葉と共に、木も限界が近かったのか大きく崩れ始めてきた。
本や、家具のようなもの、使用意図のわからないものも落ちてきながら、炎も次第に速度を増して下へ下へと燃え広がってくる。
俺はチャリスと自分を結界で守りながら、チャリスの哀愁漂う背中を眺めていた。
燃え広がる炎にチャリスの背中は照り返され、揺れ動いている。その様は儚くも綺麗に強く見えた。
◇
炎が弱まるまで、2人でしばらくその場に座っていた。
俺は空を見上げていた。何もない快晴だ。
「リテラ様、私に回復魔法をかけてくれてましたよね? ありがとうございます!」
チャリスは、何かを飲み込んだような笑顔を見せてくれる。
チャリスはいろんなことを経験してきたはずだ。両親、差別、クピディ、と。そんなに強くならなくたっていいのに。
チャリスの回復をした後に、ぬいぐるみにも、蘇生魔法をかけてはみたが反応はなかった。
『殺された』という表現も正しくないのかもしれない。確からしいことはクピディであったはずのぬいぐるみには、何も残っていないということだけだ。
「傷だらけだったからな。お前はいつも全力すぎるから…… ん?」
クピディのいたあたりに1枚のプレートのようなものが残っている。
拾い上げると、紙に魔力をコーティングして強化したもののようだ。はぁ、こんな使い方もあるのか。
クピディはやっぱり面白いやつだ。
チャリスも覗きに近寄ってくる。
「これは、クピディ様の文字です。手記は書いてましたが、私も見たことなくて……」
「そうか、一部しか残ってなさそうだけど、少し読んでみようか」
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