トモくん、やさぐれる[一]

 人間にとって、出産とは命をかけた戦いだ。それは、母親だけではなくて、家族一団となって立ち向かわなければ叶わない。


 おれたち劇場部もなるべく白百合家のサポートにまわり、糸子さんとトモくんと一緒に食材の買い出しをしたり、この地域では昔から大人気のお豆腐屋さんに行って、お豆腐やさつま揚げ、おまけに油揚げなんかを買い込み、食事の方もできるだけ手伝っている。


 今回白百合家のサポートをさせていただいたおかげで、母さんが普段からどんなに頑張ってくれているかを再認識し、家に帰れば母さんの手伝いもするようになった。


 もちろん、勉強も忘れない。


 そんなおれへと、父さんがふいにやさしく微笑んだ。父さんが、笑った……。


「努は急に男らしくなったな。外科医を目指すと言われた時には反対したが、白百合さんのサポートまでして。えらいな。頑張れよ」


 頭の上に置かれた手のひらは、久しぶりすぎてうれしくて。うっかり泣きそうになったところに、電話が鳴り響いた。直感的に糸子さんからだと思ったから、すぐに出た。


「もしもし? 山口ですけど?」

『努様!! そちらにうちのトモがおうかがいしてはおりませんか?』

「あれ? 来ておりませんが、行方不明?」

『ああもう、どうしましょう!?』

「落ち着いて。多分、海だと思う。最初に会った時に海にいたから。これから自転車で探してみるから」

『わたくしも参ります!!』

「うん。気をつけてくださいね」


 早々に電話を切ると、両親に早口で理由を話して、ママチャリを借りる許可を得た。母さんはビニール袋にぎっしりとつまった地元限定のグレープジュースを持って行くようにと渡された。発作的にそれを受け取り、懐中電気を持つと、母さんのママチャリをまたいで走り出す。


 どうして海なのか? おれにもまったくわからなかったが、妹が生まれようとしている今、もしかしたらトモくんは、誰にも言えない不安に押しつぶされそうになっているはずなんだ。だから、おれが助けなくちゃ。


 だって、今やトモくんだって、劇場部の一員なんだぜ。実際には部員でなくとも、心の中ではつながっている。劇場部って、そういうものなんだ。


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る