第6話 お見舞い
だが、劇場部の三人以外姿は見えない。なに? もしかして、霊的な誰か?
おれが口を開こうとしたその瞬間。見覚えのある艶やかな黒いロングヘアーの美少女が、小柄なひまわりの花束を抱えて立っていた。
「努、少しでいいから出られる? ここ男部屋だから、彼女は入りにくいんだよ」
薫の声が、遠く感じた。
愛しい愛しい糸子さん。あなたはなぜ糸子さんなのですか? なぜ、おれなんかの目の前にあらわれたんですか?
どうしてこれで会うのは二回目なのに、こんなに胸が熱くなるのですか?
おれは、きっと真っ赤な顔をしているのだろう。遠慮がちに目を伏せた糸子さんから目を離し、ベッドの縁から立ち上がった。
「少し、なら」
「なら、行ってこい。おれたちはここで待ってるから」
え?
聞いちゃいない三人は、点滴棒ごとおれを突き飛ばして、部屋から追い出されてしまった。
すっごく近い場所に糸子さんが、いる。
「あのっ。白百合 糸子です。覚えていらっしゃるでしょうか?」
遠慮がちにつむがれた心地のいい声。その声をもっとたくさん聞きたくて、おれは冷やかされるのもかまわずに、広間まで黙って歩いた。
ベンチに腰掛けると、糸子さんがおれの点滴を見て、申し訳ありませんでした、と頭を下げた。
「弟のせいで肺炎になってしまったとお聞きしました。その、お加減はいかがでしょうか?」
「えっと、はい。糸子さん。ちゃんと覚えてますよ」
「はい?」
しまった。緊張しすぎてトンチンカンな答えになってしまった。
「あ、そのっ。元気なんですが、まだ肺に炎症が残っていて。でも、糸子さんのせいでも、弟くんのせいでもありませんので、どうかご心配なさらないでください」
時々息がつづかなくて、つっかえながら話しても、糸子さんは笑わずに、きちんと最後まで聞いてくれた。
「あの。どうか座ってください」
そこで、いつまでも糸子さんを立たせたままだったことに気がついて、ハンカチを取り出し、その上に座ってもらった。
「ありがとうございます。でも、少し安心しました。肺炎はおつらいかと思いますが、お大事になさってくださいね。それと、これをよろしければ受け取ってください」
おれは糸子さんからひまわりの花束を受け取った。
「おれの方こそ、ありがとうございます。うれしいです。こんなにかわいい花、見たことがありません」
うふふっ、と糸子さんはやさしく微笑んだ。
「弟くん、トモくんでしたっけ? あの後、風邪とかひいてませんか?」
「はい。もう山口様には無礼なほどの元気さです」
山口様、か。その呼ばれ方に、なんとなくさみしさを感じたおれは、自分だけが糸子さんを名前呼びしてしまっている無礼さに気づいた。
「あ、その。よかったら努って呼んでください。みんなもそう呼んでくれてるし、それに――」
糸子さんの顔を見ていたら、なんだか不思議な気持ちになった。以前から知っている人としゃべっているような、そんな感覚。
糸子さんも、首を傾げておれを見ている。
おれたち、どうしちゃったんだろう?
つづく
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