第5話 病院は退屈

 結局、帰り際タクシーに押し込められて、そのまま薫に病院まで付き添ってもらう羽目となった。


「すまない、薫。この借りは必ず返すから」


 すっかり高熱に浮かされた状態でおれが言うと、ああ、きちんと覚えておけよ、と言い返されてしまった。


 なんとその後、肺炎をわずらって少し遠くの病院に入院することになってしまった。


 おっかしぃーなぁー。最初はただの風邪だって言われたのになぁ。


 ま、いっかぁー、と楽天的に考えて療養していたら、夏休みを丸々病院内で過ごす羽目になってしまった。


 当然、白百合家で芝居をする話も立ち消え、あのうつくしい方とももうお会いすることもないんだろうなとあきらめていたところで、薫がメールを送ってきた。


〈今日みんなでお見舞いに行くから、素直に病室で待っていること!!〉


 薫が念を押したのも無理はない。なにしろこのおれ、ちょっと具合が良くなったと思って売店まで足を伸ばしたら、また肺炎がぶり返してしまったからだ。


 ついてないというか、自分のなさけなさを痛感している。


 それ以来、大人しく病室にいるんだが、なにしろ大部屋なもんで、元気な爺さんの声が響く響く。


 今日も点滴を打たれた状態のおれを相手に、囲碁や将棋、はてはトランプまでどこからか持ち込んできた。


「オセロだったらわかるじゃろい」


 爺さん、おれ一応病人なんですけど?


 が、結果はあっさりおれの負け。全部ひっくり返されるなんてありえないっ!!


 それで、ちょっぴり味付けの薄い病院食をありがたーく食べさせてもらって。歯磨きやら午後の検温やらをすませたところで薫が顔をのぞかせた。


「すみません。おじゃまします。ああ、みなさんもよかったら食べてください」


 薫が持ってきてくれたのは、デパートで人気の手作りプリン。おれ、大好物なんだよねって喜んでいたのに、あっさり最期のプリンを爺さんに奪われてしまった。


「お前さんは病人じゃろう? こんなうまいプリン、孫に食わせてやったら喜ぶじゃろうて」


 そりゃ喜ぶだろうさ。おれのプリンを返せー!!


「まぁまぁ。努には、プリンなんかよりももっと喜ぶ人を連れて来たから」


 人? 今、人って言った? 薫くん、それ、誰なんですか?


 つづく

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