第2話 一目惚れ

 おれたちが海に向かうと、おれたちと同じ年くらいの女の子が波打ち際であわあわしている。


「助けて!! トモが」

「トモって名前なんだな。よしっ、まかせておけっ!!」


 腐ってもおれは初等部では水泳部だった。何を隠そう、それまでカナヅチだったからだ。


 だが、プールと海は違う。寄せては返す波に弾き返されて、おれより先に薫が子供の体を押さえた。だいぶぐったりしている。大変だっ!!


 浜辺に戻ったおれたちを待っていたのは、バスタオルを何枚も持っていた響とサーファーたちだった。


 さいわいなことに、サーファーの人に気道を確保された少年は、無事に水を吐き出し、姉の顔を見ると、安心したのかわっと泣き出して抱きついた。


「おねぇちゃーん!!」

「もう、トモくんはうっかりさんなんだから。あれほど海に入っちゃダメよって言ったのに。みな様、このたびはお騒がせをして誠に申し訳ございませんでした。弟の命を助けていただき、本当にどうもありがとうございます!! なんと感謝すればいいものか。本当に――」


 女の子の目から涙がまたたいた。うつくしい。おれはその涙に見とれて、一目惚れをしてしまったらしい。


 サーファーたちは、なにごともなかったかのようによかったねと手を振って、また海に戻って行った。


 残ったのは彼女とトモくん、そして劇場部の四人。うち、おれと薫は水浸しだ。


「はっ。みな様、もしよろしければうちにいらっしゃいませんか? まだ引越しの荷物が散らばったままですけれど、お着替えのご都合もありましょうし」


 彼女はとてもうつくしい涙を、レースのついたハンカチで綺麗な所作で拭き取ると、おれたちを自宅に誘ってくれた。だが、どうやら引っ越してきたばかりのようだ。おれは薫と顔を見合わせると、せっかくですが、とお断りをした。


「着替えならジャージもありますし、弟さんが大変でしょう? 早く休ませてあげた方がいいのではありませんか?」


 薫はまだ中等部なのにとても紳士的な言葉遣いをした。こいつ、子供の頃からおばさんの影響で難しい本をたくさん読んでるからな。まったく、かなわないや。


「うん、おれも。ジャージがあるし。あ、でも、もしよろしければお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 おれは、精一杯失礼のないように彼女の名前を聞いた。


「白百合です。白百合 糸子と申します。こちらは弟のトモ。友だちの友と書きます。わたくしたち、昨日このあたりに引っ越しをしてきたばかりで。弟がどうしても海を見たいと言ってきかなくて。まさか海に入るなんて……。助けてくださり、本当にありがとうございました」

「トモくん。お姉さんを泣かせたらダメだよ?」


 おれはそう言いながら、トモくんの頭をなでてあげた。


「さぁ、早く帰って体を温めてあげて。風邪を引いたら大変だ」


 おれが言うと、白百合さん、糸子さんはトモくんの手を引いて一度振り返り、頭を下げてから立ち去って行ってしまった。


 本当になにからなにまでうつくしい人だった。


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る