幕間 生まれる前の記憶

かつて仏だった者の神秘

 ……あたたかい。ふしぎな水の中にいる。


 なんだかずっと、長い眠りについていたみたいだ。


 ここはとても安心する。


 やさしくて、うれしい。


 時々、声が聞こえて。みんながぼくを待っていてくれている。


 早く会いたいな。


 でも、ここから出るのは少しこわいかもしれない。


「だいじょぶよ。わたくしはあなたのお母さんよ。なにもこわくないわ。わたくしたちがあなたを守るから、なにも心配しないで」


 お母さん。心地いい声が聞こえた。うれしい。ぼくは、守られているんだ。だいじょぶ。この人がいれば、ぼくは心配いらないんだ。


「あー、わしだ」

「あなた。そんなこわい声で話しかけたらいけないわ」

「うむ。そなたの父親だ。がんばって出てこい」

「あなた。この子はまだお腹の中にいなくちゃいけないのよ?」

「そうだった」


 おとこのひとの声は少しこわかったけれど、父親なんだって。だから、きっとだいじょぶだね。


「こんにちは。あたしは糸子と申すものです。あなたのお姉さんよ。たくさん本を読んであげるから、仲良くしてね」


 お姉さん。糸子さん。お母さんにお父さん。ぼくは、あいされているんだ。生まれてもいいんだ。


 ぼくは、だいじょうぶ。


 つづく

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