第68話 閻魔大王、あらわる
高い高い壁のようにそそり立つ赤。それが、閻魔大王様の第一印象だった。
よくお寺なんかで見かける真っ赤な顔をして常に怒りを蓄えているような、そんな雰囲気はかけらもなく、顔だけ拝んでいる分には、そこまで恐怖を感じることはない。
ただ、べらぼうに大きい。だからいつも椅子に座っているのか!!
観世音菩薩様はどこからか椅子を取り出すと、閻魔大王様を座らせた。
〈それで? わしを呼んだからには覚悟ができているのだろうな?〉
〈ええ。わたくしたちは人間界で生まれ変わります!!〉
あまりにも軽やかな口調で観世音菩薩様が言ったものだから、おれたちよりも、閻魔大王様の方が驚きがすごかった。
〈座ってください〉
ふいに立ち上がってしまった閻魔大王様に椅子をすすめる観世音菩薩様。お二方の力関係ってどうなっているのだろうか?
〈なにを言っているのかわかっているのか? 観世音。その者を仏に据えたかと思えば、今度は人間界に降りるとは。なんたることだ〉
〈わたくしはもう観世音菩薩ではありませんからね。それに、あなたもご一緒に参りましょう。閻魔大王〉
〈なんだとぉ!?〉
〈あなたは少し、人間を軽く見ているところがあります。こんなに無力で愛おしい存在ですのに、そこを理解していらっしゃらないのは、閻魔大王としてはどうかと思います〉
〈そんな戯言を。だいたい、わしがここから去ったら誰が閻魔大王の代わりとなるのだ!?〉
うーん? と観世音菩薩様がとてもかわいらしく首をお傾げになられた。
〈たしか先日、人間界から子どもの命を身を呈して救った少年がいたはずです。名前はたしか、山田くん?〉
観世音菩薩様と目があって、おれはしどろもどろになってしまう。
ちょっと、ちょっと待った。落ち着こう。たしかに山田は子どもの命を救った英雄だ。だが、あいつが閻魔大王だってぇー!?
〈めちゃくちゃな言い分だな。だが、そなたにはもう、そのような力は残っておらんのだろう? だとすれば、そんなのただの夢物語にすぎん。冗談も休み休み言え〉
〈えー? でもぉー、たしか彼らに与えたクリティカルヒットのポイントがまだまだたくさん残っているはずですし。それに、なんなら閻魔大王としての権力を行使なされば、そんなのお茶の子さいさいでございましょう?〉
あら? 観世音菩薩様、少しキャラ変してはおりませんか? でもなんだか、閻魔大王様のお顔が真っ赤に染まってきたような?
〈残念ですわー。人間界でなら、あなた様とのイチャラブ生活がおくれると思っておりましたのにぃー。閻魔大王に拒絶されたのでしたら、他の方をお誘いするしかありませんわねー?〉
〈わ、わかった。そなたの思い通りにしよう。ふん。人間界の生活には元々興味はあったのだ。だが、山田とはどんな男なのだ? 後任を任せるには充分なのだろうな?〉
ギロッと閻魔大王様ににらまれたおれは、あわあわとなさけなく口を開閉するのが精一杯で。そんなおれの代わりに、薫が一歩前に進み出る。
「それはそれは無欲で心根の優しい男でございます」
〈うむ。それではみなで人間界に参ろうぞ。ただしひとつだけ条件がある〉
閻魔大王様はごほんとひとつ咳をした。
〈ここであった記憶はすべて失われる。そなたたちの関係にも多少なりとも齟齬が発生するだろう。それでもよいのか?〉
すべてがリセットされてしまう。そうとわかっていても、おれたちは簡単明瞭に返事をした。
「はい。どんな運命でも受け入れます!!」
それからおれたちは、深い眠りについた。
つづく
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