第67話 救い
それは、とても深い慈愛に満ち溢れたうつくしい女性だった。ただの女性じゃない。背中に後光がさしている。
〈ようやく見つけられたようですね。あなたの生きるべき世界を〉
「あなたは――」
仏様は、その人を知っているようだった。
〈わたくしはかつて、観世音菩薩と呼ばれていた者です。今は、あなたの胸の中に溶け込み、あなたが希望するべき世界が見つかるまで見守りつづけるつもりでおりました〉
なんとぉ!? 観世音菩薩様のご登場とはっ、さっすが仏様だぜっ!!
おれがくだらない感心の仕方をしているうちに、それまで糸子さんにすがりついていた仏様が新しい涙を流して観世音菩薩様へと手を伸ばす。
「あなたは、わたしと共にいたのですね? てっきり消えてしまったものだとばかり思っておりました」
〈あなたは記憶を改ざんされたのですね〉
観世音菩薩様は、慈しむように仏様の頬を両手で包み込むと、やさしく微笑んだ。
〈あなたがエリザベートのお芝居を拒んだ理由は、自分がルドルフの姿と重なるからなのでしょう?〉
ちょっと待ってくれ。いくら観世音菩薩様とはいえ、エリザベートをご鑑賞になっておられたとはいかにっ!?
〈糸子さんが、ここでいつもあなたとお芝居のビデオを観ていたでしょう? あなたと共にいたということはすなわち、わたくしも共に観ていたということになりますから、どうか驚かないでくださいませね?〉
あ。脳内ダダ漏れ案件。やっちまった。
〈ですが、人間はそれでいいのです。おろかであさましく、強欲で暴力的。それらすべての反対側もかねそろっての人間。だからこそ、愛おしく、見守りたくなるのです〉
「菩薩様!! ぼくは、ぼくはぁ」
仏様はついに、観世音菩薩様の胸に飛び込み泣き喚いた。
〈驚いたでしょう? でも彼は、ずっとこうして泣くこともなく、たった一人でその悲しみに耐えてきたのです。ですからわたくしは彼を愛し、見守ることに決めたのです〉
今、はじめて自分の感情をさらけ出すことのできた仏様は、生まれたばかりの赤ん坊のように泣きじゃくった。
それを見て、糸子さんももらい泣きをしている。
〈さぁ、もういいでしょう? 閻魔大王。余興はここまで。出ていらっしゃいな〉
もうもう、閻魔大王様だってぇー!? いよいよおれたちも、年貢の納め時が来てしまったようだっ。
つづく
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