第66話 彼の求める永遠

「そんな年老いたシシィなんて観たくもないっ!!」


 仏様は、自分が糸子さんを元の姿に戻したくせに、とんでもないことを言い放った。


「ですが、芝居とは元来そういうものなのです」


 糸子さんは仏様をさとすようにやさしく話しかけた。その姿を見て、ようやく仏様と糸子さんの関係が見えてくる。


 仏様が求めているのは、変わらない愛情だったんだ。ずっと孤独だった仏様に、糸子さんは無性の愛を注いでいたんだ。おれは、別の意味での嫉妬をしていたんだ。


「やめろっ!! わたしを哀れむな!! 人間の分際で」

「仏様さぁ、ひょっとしてずっとひとりぼっちだった?」


 おれはおそれをも忘れて、仏様の前に座り込んだ。


「言ってくれれば、芝居の仲間に入れてあげたのに」

「そんな哀れみはいらないっ!! わたしは仏なのだぞ!? ここで人間の魂を三途の川に送り込むことが仕事なのだ」

「でもさぁ、あなた今、とても悲しそうな顔をしているよ?」


 おれが言うと、気を利かせてくれた響が、ポケットから鏡を取り出す。そこに映る己の姿にびくりと体をすくめた仏様は、やめろぉー、と叫びつづける。


「仏様は先ほどぼくの脚本を尻切れとんぼだとおっしゃりましたね?」


 薫が、この時を待っていたかのように口を開いた。


「実はぼくが書いた脚本にはちょっとしたしかけがあるのです」

「そんなものはどうでもいい。もうどこかよそへ行ってくれ!!」

「いいえ。ちゃんと聞いてください。ぼくは、本を読むのは好きです。が、作家ではない。その才能もない。だからこそ、すべての作品の最後にめでたし、めでたしという余韻を残した。それは、芝居を観てくれた人に、その後の物語をたくしたからです」

「死者に物語をたくすなんて、ばかげている」

「わかっております。それでも、たくした。なぜなら彼らは生きていたから。人間とは、そういう余韻で生きているものなのですよ」


 おおー。さすがは薫。おれにはよくわからないが、そういうことだったのか。


「人間の人生は短い。いつどこで断ち切られるかもわからないことさえあります。ですが、だからこそ、余韻の残る物語が必要なのです」

「もういいか? 気はすんだか? わたしの前から消えてくれるな?」


 その時。糸子さんが仏様を抱きしめた。


「な、なにをする!? わたしに触れたら、元の世界に戻れなくなるのだぞっ!?」

「だって。あなた様は小さな子供のように震えているじゃあありませんか?」


 それはおそらく、仏様がずっと求めていたものだったのだろう。細い指は、おそるおそる糸子さんを抱き返した。それこそ、母親にすがる子供のように。


 その時、仏様の胸のあたりが激しく輝き始めた。そして、おれたちは、その人を目の当たりにするのだった。


 つづく

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