第64話 心からの愛をあなた様に
「仏様。わたくしは、長いこと仏様の親友でいるつもりでした。ですが仏様と言えども、努様の悪口をゆるすわけには参りません。なぜならわたくしは、自分の口から努様にお慕い申し上げておりますと伝えたかったですし、わたくしにとって特別で、とても大切な方を愚弄なさるのは聞き捨てならないからでございます」
ダメだ、糸子さん。あなたまで地獄に落とされてしまうじゃないか。
「関係ございません。努様、わたくしは努様をお慕い申し上げております。その実直さ、誠実さ、ひたむきさにひかれたのでございます。わたくしの言葉に嘘偽りはなく、また仏様であろうとも、わたくしたちを引き裂くことなどできるはずがございません」
「糸子さん。あなたまで俗物に染まってしまったとおっしゃるのですか? その者はあなた様の汚れなき高貴な心を地に落としてしまったのですよ? なぜあなた様ほどの方がそれに気づかないのですか?」
俗物、か。モブって頭良さげに例えると俗物になるんだな。
「仏様よぉ。俗物のなにが悪いんですか? おれたちは互いを思いやる心を認め合い、共に支え合いたいと願っただけです。だって、それが人間として生まれたことの意味ですもの」
「意味なんてないのです。それが仏の教えです」
「じゃあさぁ、仏様のために、おれたちが芝居を観せますよ。どんな演目が好みですか?」
仏様は、まんじりとも動かず、汗ひとつかいてはいなかった。ただ、そこにいる。それだけでこんなにもプレッシャーを与える存在なのだ。その仏様相手におれは、喧嘩を売っているんだ。
「みな様の芝居はいつも拝見していましたよ。どれも中途半端で尻切れとんぼ。あんなのはとても芝居とは言えないシロモノです」
「でも。観ていてくれたんですよね? おれたちの芝居を。人間の、俗物の俗物による、俗物のための芝居を。そうしてなにをお思いになりましたか? くだらないと一笑する前に、なにかを感じたんじゃないですか?」
おれは、本気で喧嘩を売りすぎたのかもしれない。なぜなら仏様が目を開けたからだ。
つづく
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