人情劇 『鶴と恩返し』 その四
鶴に姿を変えられたお婆さんは、どこからか飛んで来て、湖に合流しました。
「ちょっと、お爺さんやっ!! まったく、どこにいるんだい!?」
「ここだよ、お婆さん。やっと合流できたね。これで仲良く旅をつづけられる」
「はぁ? 旅だって? 一体全体どうしてこのあたしが鶴なんかにされなきゃならないのさ。せっかくあの布を高値で買い取ってくれそうだったのに、突然生ゴミになっちまうし、あたしゃ鶴になっちまうし」
お婆さんは突然のことで混乱していました。無理もありません。お婆さんは普段からとてもわがままで、人の言うことなんてこれっぽっちも聞くつもりはありませんでしたから。
「実はな、お婆さん。わたくしめが鶴を助けたお礼に、夫婦して鶴にしてもらったのだよ。わたくしめがひとりで去ってしまったら、さぞかしお婆さんがさみしがるだろうと思ったんだ」
「まったく、たいした寝坊助爺さんだね。どこの世界に鶴にしてもらってよろこぶ人間がいるんだよ? 人間だからこそ、人間の楽しみってものがあるんじゃないのか。これじゃあ、お礼じゃなくて拷問だね。さあ、鶴の親分さん、さっさとあたしを人間の姿に戻しておくれよ」
お婆さんは偉そうに踏ん反り返って鶴の親分に命令します。
「本当にそれでよろしいのですか? お爺さんは、とても遠くまで行ってしまうのですよ? おひとりではさみしいのではありませんか?」
「さみしくなんかないね。邪魔者がいなくなれば、あたしゃ自由を謳歌できて万々歳さ」
しかたない、と鶴の親分はため息をつきました。
「それでは一度、陸に上がってください。湖の上で人間に戻れば、すぐにおぼれてしまいますし、なにより寒くて凍えてしまうでしょうから」
お婆さんは一刻も早く人間に戻りたいようでしたが、親分の物騒な物言いに、さすがのお婆さんも怖気付き、素直に陸に上がりました。
「さあ、上がったよ。早くしておくれ」
「わかりました」
そうしてお婆さんは人間の姿に戻りました。親分のやさしさにより、水滴ひとつとしてついていませんでした。
「ほれ、爺さん。もうあんたたちに用はないんだから、早くどこかへ行っておしまい!!」
お婆さんは、鶴たちの群れへ石を投げます。
鶴たちは、しかたなく、遠くに旅だつことになりました。
それでも、お爺さんの目には涙が流れてゆきます。
「さようなら、お婆さん。さようなら。達者で暮らしておくれ」
おじいさんのその言葉も、人間になってしまったお婆さんにはもう聞こえません。
こうして心優しいお爺さんは、ようやくお婆さんとわかれて、若い頃からの夢だった、色んな国に行くことができたのでした。
さて、ひとりになってしまったお婆さんはというと……、それはまたどこかでお話するかもしれません。
一応はめでたし、めでたし。
〈以上を持ちまして、人情劇『鶴と恩返し』は閉演となります。ご観覧ありがとうございました。また、お帰りの際はお忘れ物のなきよう、足元にお気をつけてお帰りください〉
※閉演ブザー
☆☆☆
つづく
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