人情劇 『鶴と恩返し』 その三

 目がさめると、なにやらいい匂いがします。お爺さんは寝ぼけ眼をこすりながら、昨夜のことを思い出しました。


 はて? 狐にでも化かされたかな?


 そう思ったお爺さんでしたが、目の前にいるのは昨夜のお嬢さんです。年若きお嬢さんと一夜を共にしてしまったとなげいたお爺さんでしたが、お嬢さんはやましいことはなにもないのですから、どうかお気になさらないでください、と答えました。


「こんな上等な朝ごはん、一体どこで手に入れたんだい?」


 昨夜の熊鍋はお婆さんが食べ尽くしてしまいましたし、家の中にはたくわん一本ありません。かろうじてぬかにつけておいたキュウリが数本ありましたが、おそらくお婆さんに食べられてしまっているでしょう。


 お爺さんの質問をはぐらかしたお嬢さんは、たもとの中からそれはそれはうつくしい模様の布を一反取り出しました。


「これは、わたくしを一晩泊めてくださったお礼です。どうかお金に変えて、食べ物を買って食べてください」


 お嬢さんの手からお爺さんの手へと渡された布は、まるで絹のような心地です。


「お嬢さん、こんなに上等な布を簡単にくれるなんて言ってはいけないよ? この布をどうやって手に入れたのかはわからないけれど、こんなに上等なものを売り物にしようなんて考えてはいけない。お礼なら、その朝ごはんで充分だから」

「ですが、それでは、わたくしの気持ちがおさまりません」


 布が娘さんとお爺さんとの間で行ったり来たりしているうちに、お婆さんが帰ってきてしまいました。


「おお寒い。うん? 誰だい、あんた? この辺の娘じゃないねっ!? まさかお爺さんのお相手かい?」


 案の定、そんな話になってしまいました。


 お爺さんはつっかえながら一生懸命昨夜のことを説明しました。お嬢さんとは一晩泊めてあげただけで、なにもやましいことがないと、しつこいほど何回も説明させられた挙句、勝手にお嬢さんが作ってくれた朝食を平らげ、うつくしい布まで見つかってしまいました。


「へん。田舎娘にしちゃあ、上等な布じゃないか。そんなに言うんなら、さっさと布を売っておいでよ、お爺さん」


 お婆さんはそう言いましたが、お爺さんは首を横に振るばかりです。お婆さんも、最初は本気でこの布を売るつもりはありませんでしたが、お爺さんにここまで頑固に拒否されたことはこれまでなかったことなので、ますます頭に血が上ってしまいます。


「売るって言ったら売るんだよぅ!! いいさ、あたしが売ってくるから!!」


 そう言うと、お婆さんはなかなか布を手放さないお爺さんの手を叩いて、無理やり布を奪って行きました。


 お婆さんの姿が見えなくなった頃、お嬢さんは一羽の鶴へと姿を変えていました。


「おお、やはり昨日の鶴だったか。さぁ、もうここから出てお行き。ここはお嬢さんがいるような場所ではないよ。布は取られてしまってごめんね」


 お爺さんは涙を流して鶴にあやまりました。


「お爺さん、わたくしと一緒に参りませんか? ここは、お爺さんには少しばかり窮屈ではありませんか?」

「お嬢さん? なにを言っているんだい?」


 すると、開け放たれまままの扉の外に、たくさんの鶴がいました。


「大切な仲間を助けてくれたお礼に、あなたを鶴の姿にしてあげましょう。これからは、わたくしたちと共に、旅をするのです」


 一番偉そうな鶴がそう言いましたが、お爺さんは頭を縦に振りません。


「それでは、置いてきぼりにされたお婆さんがかわいそうだ」


 そう言うのです。困った鶴は、ある提案をしました。


「わかりました。それならお婆さんも鶴の姿に変えて、一緒に旅をすることにしましょう」

「いいのですか? それならば、承知いたしました」


 お爺さんはようやく首を縦に振りました。


 つづく

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