人情劇 『鶴と恩返し』 その二

 その時です。お爺さんの耳に、扉を叩く音がかすかに聞こえました。


 予定よりも早く、お婆さんが帰ってきたのだろう。そう思ったお爺さんは、扉を開けました。するとどうでしょう、そこには見たこともない若くてうつくしい女性が、吹雪の中で凍えているではありませんか。


「もし、わたくしは親戚の家に行きたくて参りましたがこの吹雪で歩くこともままなりません。よろしければ、一晩こちらにお泊めくださりませんでしょうか?」


 鈴のなるようなうつくしい声をしたその女性を、お爺さんはとてもかわいそうに思い、家の中に入れてあげました。


 ですが、振る舞えるものはすでになく、あるのは白湯だけです。


「こんな汚い家ですが、吹雪からは身を守ることはできましょう。白湯でよろしければ、どうか飲んでください。体があたたまりますよ」


 お爺さんはやさしくもてなします。女性は、右足を引きずり、足首にハンカチを巻いていました。


 一瞬、あの時逃した鶴ではなかろうかと思ったお爺さんでしたが、そんなはずはないと頭を振りました。


「おみ足をケガしてなさいますな。わたくしめでよければ、診てさしあげましょうか?」

「せっかくですが、ちょっとひねっただけなので大丈夫です。それより、よろしければおまんじゅうはいかがですか?」


 女性は着物のたもとからとてもおいしそうなおまんじゅうをひとつ取り出しました。お爺さんはすごくお腹が空いていましたが、自分が食べてしまったら、このお嬢さんがひもじい思いをするかもしれない、と、丁重にお断りしました。


「そうですか。ならば、わたくしがいただきます。ですがお爺さん、わたくしはとても食が細くて、とてもひとりでこのおまんじゅうを食べきることはできないでしょう。ですからお願いです。どうかおまんじゅうの半分を一緒に食べてはくれませんか?」

「それはかまわないけれど、わたくしめではお嬢さんの明日の朝ごはんの支度もしてやることはできません。ですから、おまんじゅうの半分は取っておいて、明日食べるとよいでしょう。わたくしめは、お嬢さんのお気持ちだけで、充分腹がふくれました。細やかなお気遣いをしてくださり、どうもありがとうございます」


 お爺さんはそう言って、かたくなにおまんじゅうを食べませんでした。


 外は猛吹雪です。お嬢さんにありったけの布団をかけてあげると、お爺さんは上がりかまちで藁をまとい、うつらうつらしていました。


 こんなところをお婆さんに見つかったら、きっと大騒ぎです。ですが、さいわいなことにこの吹雪では、きっと帰ってこられないでしょう。


 お爺さんは久し振りに安心して、深い眠りに落ちて行きました。


 つづく


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