人情劇 『鶴と恩返し』

〈キャスト〉


 ※お爺さん……山口 努


 ※鶴、および娘……空野 響


 ※お婆さん……川崎 糸子


 ※鶴の親分……陸田 舜


 ※語り部……海原 薫



〈ただいまより、人情劇『鶴と恩返し』を上演いたします。最後までごゆっくりご観覧ください〉


 ※開演ブザー


 ※語り部の話にあわせて、演者が芝居をする。


 ☆☆☆



 昔々、一風変わった老夫婦がおりました。


 お爺さんは一生懸命、老いた体で働いてきても、お婆さんはすぐにそのお金を使い込んでしまっていたのです。


 お婆さんの浪費癖に困っていたお爺さんは、いくつもの仕事をかけもちし、頑張って働いておりました。それでもまだまだお金は出て行くばかり。


 気の弱いお爺さんですから、離縁して欲しいと頼むことすらできません。


 ある日、お爺さんが仕掛けた罠に、それはそれはうつくしい鶴がかかっていました。


 かわいそうに思ったお爺さんは、罠を外して、鶴の足をハンカチで縛ってあげました。


「ケガをさせてしまってごめんよ。仲間のところにお戻り」


 鶴は何回も振り返りながら、飛び立って行きました。


「はぁー。今日は収穫なしだな。畑の野菜もこの雪ではすべて枯れてしまうだろう。なんとかしなければ、またお婆さんにどやされてしまう」


 気の弱いお爺さんは、なけなしのお金をはたいて、お婆さんのためにと猟師仲間に熊の肉と、ほんのわずかな野菜を分けてもらいました。


 ところが、家に帰り着くなり、いきなりお婆さんにどやされてしまいます。


「まったく、どこで油を売っていたんだい!? この老いぼれが。あたしゃ、腹が減って今にも死にそうだよ」

「ごめんごめん。今、熊鍋を作るから、少し待っていてくれないか?」


 熊鍋と聞くなり、お婆さんは眉を釣り上げて怒り始めます。


「また熊鍋か!? どうせその鉄砲には球も入ってないんだろう? おお、かわいそうなあたし。こんな男の元へなんぞ、嫁いで来なけりゃよかった」


 ここまで言われても、まだお爺さんは怒りません。全部自分のせいだと、思っていたからです。


「そう言わずに。今日は特別に、肝も分けてもらったんだ。精がついて、元気になるよ?」

「精なんかつけてどうしようってんだい。あたしゃ、あんたなんか真っ平ごめんだよ」

「そ、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど?」

「ふん。しれたことか。あーあ、だまされた。ちょーっとやさしいから珍しくて嫁いだものの、このありさまだ。今更どこへも行くあてもないし。まったく。それで? 熊鍋はどうしたんだい?」

「い、今、作ります」


 お爺さんは、お婆さんのために一生懸命熊鍋を作りました。お婆さんは、ほとんどひとりで鍋を平らげてしまいました。


「爺さんや、あたしゃ、ちょっと用事ができたから出かけてくるけど、浮気なんかするんじゃないよっ!?」


 ああ、熊の肝が効いてきたのだな、とお爺さんは思いましたが、はいと短く返事をしておきました。


 お婆さんが行きそうな場所なら心当たりがあるからです。きっとまた、どこかにため込んでいたお金を持って、ホストクラブ若い男の家にでも行くつもりなのでしょう。


 空腹と寒さに耐えしのぎながら、お爺さんはひとり、部屋の隅で震えていました。


 つづく

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