第60話 立ち向かい、話し合う。
将来のことなんて、なにもわからない。希望があるのかもしれないし、失望するようなことが待ち受けているかもしれない。
つまらないことでいちゃもんつけられて、出世コースから外れる者もいる。
実の所、父さんがそのうちのひとりだ。
だからなのだろう。おれには無難に就職して欲しいと思っているみたいだけれど、おれの人生はおれのもの。そろそろきちんと父さんとも向き合わなくちゃいけない。
もう、なにもできない小さな子供ではないのだから。
「父さん、聞いて欲しい話があるんだけど」
「どうしたんだ? 努。めずらしく真剣な顔をして」
母さんは黙って、おれと父さんの前にお茶を差し出す。この察しの良さを、おれも少しは見習わなくちゃならない。
「進路のことなんだけど」
一度大きく深呼吸した。
「教育学部に行きたい」
「それは、教師になるということか? また誰かにそそのかされたのだろう? お前にはそういった派手な職業は向かないと、あれほど言っただろう?」
「うん。でもおれ、子供たち相手に嘘をつかないし、ちゃんと勉強を教えることもできる。騒いでいる子がいたら話を聞いてあげたいし、困っている子がいれば力になってあげたい。総じておれに向いている職業だと思う。からです」
おれの口からすらすらと正論が出てきたことで、父さんはちょっと驚いて、ちょっと困っているように見えた。ああ、おれずっと、父さんに守られて生きてきたんだな。そのことを実感して、胸が熱くなった。
「大変な仕事だってわかっているつもりだよ。きれいごとだけですまないことや、きっといろんな派閥があったりして、のけものにされたり、のけものに話しかけてはいけないとかいう理不尽なことを言われるだろうことも。あと、誰かにおとしいれられるかもしれない職業だということも」
「お前は、なにもわかってないじゃないか」
「うん。それほどおれは、父さんや母さんに守られていたんだ。今までありがとう。でもおれ、もう子供じゃないから。自分の道は、自分で決めたいんだ」
父さんは弱り果てた顔をして、母さんを見た。
「あたしは、努は教師に向いてると思うけど? 子供好きだし、高卒のあたしに勉強教えてくれたりして、とてもわかりやすいし」
「そんなことをしていたのか?」
これは、父さんにはずっと秘密だった。母さんの意地とプライドだけで、勉強をしたがっていたのだから。
「ただ、採用があるかどうかの心配は残るわね。あたしの気がかりはそれだけ。あなたは? それでも反対するの? 父親として、努の成長を喜ぶべきなんじゃないかしら?」
うむ、と言って、父さんは湯のみに手を伸ばした。その手は震えている。いつか、そのたくましい腕もしわくちゃになって、おれの助けを必要になる日が来るのかもしれない。
そんなことが頭に浮かんだ。
「やれるのか?」
「え?」
「ぼんやりするな。自分以外を敵と思え。足元をすくわれたらすぐ立ち直ればいいんだ」
つまり、と父さんはつづける。
「がんばって勉強しろよ。それから、テレビドラマなんかの教師を参考にしたらダメだぞ?」
「うん!! おれ、頑張る。おれ、教師になるから」
だから、心配しないで。
「だが、二十歳まではおれたちの子供だ。そう思っていてくれ」
照れ屋で恥ずかしがり屋で不器用な父さん。おれは、ちゃんとあなたのひとり息子です。あなたがおとしいれられた時のことは知らないけれど、おれは、すぐに立ち直ってみせる。それだけの鈍感力はあるつもりだから。
「がんばるよ!!」
もう一度、強く念を押した。
つづく
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