第十幕 鶴と恩返し

第59話 何者にでもなれるから大丈夫

 将来か。おれ、なにになれるんだろう? 特別になにかがすぐれているわけでもないし、存在自体がモブだし。


 でも、それでも人からよろこばれるとうれしいし、きっとそういう仕事が向いているような気もする。けど、そういう仕事って、ブラックな企業が多くて、それこそこき使われても残業代すら出してくれなかったり、そんな予感すらしている。


 だから、過酷なのはなしにしたい。


 じゃあやっぱり公務員かって言われると、なれる気がしない。


「努はさぁ、そこそこ頭はいいんだよな。中途半端に」


 昼休み。劇場部のみんなと、糸子さんとで楽しくランチ中に、舜にそんなことを言われて戸惑ってしまった。


「そうなんだよねぇー。ぼくも前から気になってたんだけどぉー、変に気がきくというか?」

「努さぁ、教師とかはどう? 小学生の。きみ、人に対してものすごく真摯な対応しているし、向いていると思うんだけど」


 響のつづきみたいに薫が言って、あー、それだぁ、とおれ以外のみんなで決定づけた。


「でも、小学生教師って狭き門だし、おれなんかにできるのかなぁ?」

「ですが、弁護士にはなれると思われたのでしょう? その思い込みがあれば、成し遂げられないことはないのではないかと思います」

「糸子さんまでそんな。でも、そうだよな。おれ、昨日まで弁護士になるつもりでいたんだもんな。それからすれば、現実的なのかな?」


 だとしたら、教育学部だろうか? 父さんはなんて言うかなぁ? 一応公務員だけど、やめろって言われそう。


「じゃあ、まぁ、その方向で考えておくよ。みんなは? おれだけさらけ出すのはなんか嫌だ」

「ぼくは、実家を継ぐことにするから、世界一かわいいお坊さんをめざすんだぁー!!」


 響、いつの間に? っていうか、坊主頭のきみを見たくないなぁ。


「ひとりっ子だし、実はもう昔からそのことが決まっていて、すでに修行にはげんでたりもするよ」

「えらいえらい」


 そう言って、みんなで響の頭をなでた。どうか有髪僧でいてくれますようにっ!!


「舜は?」

「おれは銀行マン。ほら、おれってお金が大好きじゃん? 計算なんて一日中やったって飽きないし」


 待て待て待て待てっ!! ここに来て、変なキャラ付けするなぁー。さわやかな舜がだいなし。


「でも、結局みんなお金は好きだからな」


 そんな話の外で、糸子さんがさみしそうにうつむいていたから、おれはこっそり輪の中から抜けて、糸子さんに近寄った。


「おれが教師でも、結婚してくれるかなぁ?」

「努様。早まらないでくださいなっ」


 ……うん。それは、どっちの意味なんだろうと首を傾げたけれど、とりあえず残った弁当をありがたく平らげたのだった。


 つづく

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