第56話 桃農家と桃泥棒

 資料室に着くと、すでに舜と響、それに糸子さんがそろっていた。


 また、海岸線を歩いて行くのかな? はざまに行くためのルートみたいな境界線って、海がキーワードになっているような気がする。


「あながち間違ってはおりませんが」


 昨日の今日で、ちょっと糸子さんがおれから視線を外した。


「本日はここからはざまに行けることとなりました」


 ああ、なるほど。窓の向こうは海が広がっているから。


 思えばここで、おれが寝ぼけていたところへ、白百合家のお嬢様が海に向かって歩いて行くのを助けに行ったことがきっかけだったっけ?


 海って、すげぇよな。


 のんきにそんなことを考えていたら、緑色の壁が見えてきた。ところが、今回はうまそうな桃が実った果樹園ではないかっ。この世界のものを食べてはいけないとわかっていながら、つい手に取りたくなってしまうほど、たわわに実っていた。


「みな様、どうか誘惑に負けないでくださいね」

「はーい!!」


 お気楽に返事をしたのもつかの間。眼前で繰り広げられているのは、老齢の男性同士が鎌で斬り合いをつづけている光景だった。


「首にひどい傷を負っていらっしゃるのが、桃農家のお方です。そしてもう一方は、桃泥棒です」


 この大惨事!! ひょっとして、農家のお爺さんが必死になって桃を助けようとした挙句、相打ちになってしまったのだろうか!?


「努様のご想像通りでございます。そうしてこのはざまでなお、戦いをつづけておられるのであります」


 おおう。これは、農家さんにはきちんと三途の川を渡って欲しいし、泥棒には地獄に落ちて欲しいな。


「努様。どうか、早まった考えは改めてください」


 うむ。どうやら泥棒にもそれなりの言い分があるってことかな?


 でも、こんな状況で芝居しても、観てくれるのかな?


「やるしかないさ。努、紙芝居たのむ」

「オーケー薫。いつでもいいですよ」


 そうして、芝居が始まるのだった。


 つづく

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