第53話 告白

「おれ、もし糸子さんが元の姿に戻っても、好きでいられる自信がある。あなたとなら、一生笑って暮らせそうだから」


 電話の向こうで沈黙が混じる。おれは、固まり始めていた足をモゾモゾさせた。ヤベ。足がしびれてきた。


『ごめんなさいっ』

「え?」


 ふられたー!! と思った瞬間、電話が切られた。不通になったスマートフォンをしげしげと眺めるおれ。


 ふられた。秒でふられた。きっとみんな、この話を知ったら笑い転げることだろう。


「うぇっ」


 足が完全にしびれていた。おれはおろおろと足をくずすと、子供の頃、父さんが天井にしかけてくれたお手製の光る星を眺めるために、部屋の電気を消した。


 頰を、涙が流れる。くそぅ、星がきれいだ。


「足、痛ってぇー」


 足、痛いな。


 心も、痛いかも。


 鼻をかんでいたら、メールがきた。誰だろうと思ったら、糸子さんだった。


『ごめんなさいと言ったのは、あやまりでした。本当に言いたかったのは、もう少し時間をください、という意味だったのです。まぎらわしいことを言ってしまって申し訳ありません。おやすみなさい』


 ふ、ふられてなかったー!! まだ。


 というわけで、すぐにメールの返信を書いては消して、消しては書く。


 結局、おやすみなさい、また明日会いましょうねとしか書けなかった。


 ふがいない。


 しかも、さっき母さんに弁護士になりたいと相談したら、あなたはウソがつけないから弁護士は無理よ、と簡単に却下されていたのだった。


 おおう。進路、振り出しに戻ってしまった。


 ……電気を消している場合じゃなかった。おれ、盗賊団の紙芝居を描かなくちゃならないんだよ。枚数が少ないからって、手は抜けない。そんなの簡単に、糸子さんに見破られてしまう。


 将来なにになるにせよ、今しかできない今を生きよう。それしかできないのだから。背伸びしたって、不満を言ってもかまわない。それでも、やることはやらなきゃな。


 おれは改めて画用紙と向き合う。絵の具はこの前、薫たちにプレゼントされたばかりだった。


『努のことだから、どうせたまにしか使わない絵の具が固まったりとかしていたんだろう?』


 なぜわかるのだろう? おれってそこまでわかりやすいやつだったっけか?


 まぁ、とにかく、人相の悪い男たちを鉛筆で下書きする。


 ……泥棒団ってどうして泥棒ヒゲ描くんだろう? いや、その方が見ている人がわかりやすいからかもしれないが。


 おれは、ちょっとずつ違った感じのヒゲを泥棒団の顔に描き足して、鼻をすすった。


 つづく

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