第九幕 ロックンロール・ブレーメン
第49話 ハンディーファン
糸子さんが期間限定で劇場部の特別顧問になってからと言うものの、なにかとギャラリーが増えた。
おのれぃ、おれの糸子さんが減ってしまうじゃないかぁ!!
「ですから、わたくしは減りませんと毎回申し上げております」
そんな日常会話でさえ、ギャラリーからざわめきが起こる。
「おおおっ、しゃべっておられる!!」
「なんと神々しい!!」
「ありがたやー」
「だー、もう、うざいから拝むなっ!!」
仕方がないので資料室のドアを閉めれば、やれ傲慢だの、あやしいだのと不満の声が聞こえる。
だが、劇場部だって無傷じゃない。梅雨明け直前くらいのエアコンのない資料室はやたらに蒸していて、かといって窓を開ければしつこく降りつづく霧雨がさしこんでくるし。
まったく、と言いながら、薫がカバンの中からピンク色のかわいらしいハンディーファンを取り出して糸子さんに渡した。
「ありがとうございます、薫様」
「どういたしまして。いずれ、もっと大きな扇風機を購入予定ですので、しばらくの間はこれでがまんしてください」
なんとなく持ち歩くようになってしまったドキュメントケースに、真新しい画用紙が載せられる。薫だ。
「次はブレーメンの音楽隊をやろう。なんか昔にそういう約束をしたような気がするんだ」
その約束はおれも覚えている。劇場部というより、ブレーメンの音楽隊だなって、誰かが言ったんだ。
「と、いうことで。努は強盗団の絵を描いて来てくれ」
「うん? 動物はおれたちがやるの?」
「そう。なんか、ブレーメンの音楽隊って、不憫なんだかよくわからないところがあるんだよな。最終的に強盗団の家を横取りしちゃうわけだし、結果的にブレーメンに行った記載もないし」
「え? ブレーメンに行ってないだって?」
それじゃあ、タイトル詐欺じゃないか。しかも強盗団、ちょっと気の毒かな。
「そんなわけでこれ。台本書いてきた。糸子さんも、どうぞ」
「ありがとうございます」
糸子さんはうれしそうにに台本を開くと、なにやら書き込みをしている。どうしたのかな?
パタンと台本を閉ざした糸子さんは、おれの前までよってきた。え? 顔赤いですよ? どうしたんです?
「あのっ。台本、努様のと交換していただけませんか?」
「え? ああ、いいですよ。はい」
どこか、汚れたり、破れたりしていたのかな?
糸子さんが席に戻ると、おれは彼女のぬくもりが残っていそうな台本を開いた。パッと目に飛び込んできたのは、携帯電話の番号とメールアドレス。
すぐに糸子さんを見るも、彼女は耳まで真っ赤になって、台本に目を落としている。
『絶対に、ほかの方には教えないでくださいね』
達筆だけど読みやすい字が、おれをあわてさせた。いかん、平常心、平常心!!
だが、このままだと、本を覚えられないー!!!
つづく
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