愛と喪失と運命と出会いと その四

 わたしは毎日はざまにおります。


 そうして、三途の川を渡らない人間のことを説得するのが役目でありました。


 今ではすべての煩悩も消えてしまい、すっぱりと過去の記憶も忘れ、ここにこうしている経緯も忘れてしまいました。


 時々、思い出したように閻魔大王様から呼び出されます。わたしがきちんと仕事をしているかを知るためです。


 どうやらわたしは、閻魔大王様のご機嫌を損ねるようなことはしていないようで安心しました。


 ある日のことです。まだ生きている少女がはざまに迷い込んで来てしまいました。


 その少女こそが、川崎 糸子さんです。


 わたしは糸子さんに声をかけて、ここは死者の来るべきところですから、元の世界にお帰りなさいと伝えました。


 糸子さんは、木から落ちて、生死をさまよっていたのです。


「でもあなた様はとてもさみしそうに見えます。わたくしが友だちになってもよろしいでしょうか?」


 くったくなく笑う糸子さんの提案を断ることは、なぜだかできませんでした。


 そうして、毎週一度だけ、ここへ来ることをゆるしてしまったのです。


「ですが、決して、緑色の壁に触れてはなりませんよ? もし触れてしまったら、元の世界に帰ることができなくなってしまいます」


 わたしの言葉に、糸子さんは元気よく頷いてくださいました。


 やがて、糸子さんは白百合家のお嬢様のお世話をするようになりました。


 そうして、わたしの仕事についても理解を示してくれるようになりました。


「あなた様は、とても偉いお方なのですね」

「そんなことはありませんよ」


 事実、わたしのしている仕事はただの下働きです。仏様という名前をつけてはいただいたものの、特別になにかをしているわけではありません。


 そのことを正直に告げると、糸子さんはくすくすと笑い始めました。


「いつか、わたくしのお友だちが、あなた様のお仕事をお手伝いしてくれる日が来るかもしれませんよ?」

「それは、はざまにほかの人間を連れて来る、ということですか? 少し待ってください。そういったことは、事前に閻魔大王様に聞いてみなければなりませんから」


 ですが、案外あっさりと、閻魔大王様の許可を取ることができました。


 はざまで三途の川を渡らない者をお芝居で説得する、という特殊な役割を受け持ってくださった糸子さんは、本当にお友だちを連れて、ここに来てくださるようになりました。


 つづく

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