愛と喪失と運命と出会いと その三

〈よろしいですか? 今からあなた様を仏様にして差し上げます。その極意は、あなた様の心へと、直接送り込みます〉


 うつくしい女性はそう言って、さみしそうに笑った。


〈極意は、わたくしそのもの。ですから、わたくしは、あなた様にすべてを授けた後、消えてしまいますが、どうかお気になさらないでください〉

「消えるって、どういうこと? それも、ぼくのせいなの?」

〈いいえ〉


 うつくしい女性はぼくの左胸へと手を伸ばした。


〈わたくしは常に、あなた様と共に、ここにおります。ですから、悲しんだりなどなさらないでください〉


 そう言うと、うつくしい女性はあたたかい光へと変わり、ぼくの頭の中に入ってきた。


 たくさんの情報が、ぼくのものになる。そして左胸に、うつくしい女性の気配を感じた。


 ぼくはもう、ぼくではなくなってしまった。


 尊大な態度でいなければならないから。


 そうでなければ、仏様にはなれないから。


 仏様は、死者を三途の川に渡してやるのが仕事なんだ。


 でも、人間は不平不満ばかりでなかなか三途の川を渡ろうとしない。


 四十九日を過ぎたら地縛霊になってしまうのに。


 人間は、なんと愚かで面倒くさい生き物なのだろう。素直に三途の川を渡ればいいのに。


 ……あれ? わたしは、人間だったはずではなかっただろうか?


 わからない。


 もう忘れた。


 それでいい。


 つづく

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